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第43話 天文台予定地

 工房から一旦戻り朝と同じ食堂で昼食をとったあとは、ステファンがつくりつつある天体観測施設の見学である。それは離宮の回廊に囲まれる中庭のど真ん中にあった。


 中庭のど真ん中だから、今日の午前、離宮の見学で移動する際に何回か目にしていた。中庭の真ん中だけ、植木類がなんにもないのだ。不自然極まりなかったが、天体観測のためだと言われれば頷けた。


「いやあ、全然進んでなくてさ。初めはさ、屋上を考えていたんだけど色々考えて、こっちにした」

 ステファンが申し訳無さそうに言う。

 確かに案内されたそこには、なんにもない。正確には、背の高さの半分くらいの段を上ると、大理石が敷き詰められている。まあきれいである。だってなんにも無いのだから。

「水平出しができてないんだよ」

 それでわかった。ステファンとしては、まず観測の土台部分をきちんと整備しておこうとしているのだ。ただ単に整地をしておいても、土が落ち着いてくるのに時間がかかるのだろう。

「いやあ、離宮の外で見晴らしのいいところを探す手もあったんだけど、警備上まずいと思ってね。中庭なら警備は全く問題ないけれど、今度は視界が狭くてさ。それを軽減するために土を盛ったのがまずかった」

 ステファンは安全を考慮したうえで、測定の基礎となる部分から手をつけたのだ。堅実である。

「もしかして、真北をちゃんと決めようとした?」

 私の質問に、ステファンは腕を組みながら答えた。

「うん、磁北は信用できないしね。だから太陽の運行から決めるしかないでしょう。あと、時計の精度も信頼できない」

「なるほど」

 地球でも磁石の指す北は、普通本当の北からズレている。さらに地下にあるものとか人工物とかでも影響が出る。あと、この世界に北極星は無い。

「まずさ、太陽の南中から真北を決めようとすると、南中高度の決定の困難さがあるんだよ」

「ああ、南中付近だと高度変化が少ないからね」

 太陽が真南に来たときを「南中」という。この南中した瞬間が太陽が一番高い。ただ、一番高くなるときが一番ゆっくりと高度変化してしまうため、太陽高度から南中を決定するのは困難なのだ。

「で、どうするの?」

「うん、午前と午後で同じ高度になる方位を測定して、そこから求めようかと思うんだ。そのためにも観測台の水平出しをちゃんとしたいんだよ」

「なるほどね」

「まあそうは言っても、太陽の大きさも問題なんだけどね」


 たとえば地球の場合、見かけの太陽の直径は角度にして0.5度くらいである。地球の日周運動(1日1回転の運動)は、1分あたり0.25度である。太陽の直径分の日周運動は2分かかる。要するに太陽は大きいので、正確に方角とかを測定するのが難しいのだ。

「せめて望遠鏡があればね」

とステファンが言うので私は、

「ピンホールカメラで望遠鏡の代わりにならないかな」

と言っておいた。

 ピンホールカメラとは、カメラのレンズのかわりに小さな穴を使うものだ。ふつうはレンズでないので光が弱まるという欠点があるが、太陽の光は強いから大丈夫かもしれない。


 ステファンの話を聞いていて、私はちょっと悲しくなった。ステファンは離宮に来てから昨日まで、たった一人で天文台建設のために必要な技術を探っていたのだ。たった一人で。

 私はいつだって仲間が近くにいる。困ったときは必ず仲間たちが助けてくれるし、騎士団とか病院とか協会とか方方に味方になってくれる人がいる。彼らが裏切ったり、私を利用しようとしたりはしない。だけどステファンは王室で、誰が味方で誰が裏切り者かわかりにくいところで、一人で生き抜いてきたのだ。数少ない味方のフィリップも、私が取り上げてしまっていたのかもしれない。


 私は今まで、自分の気持ちのためにステファンと会いたいと思ってきた。でもこれからは、ステファンのためにも一緒に過ごす時間を増やしていこうと思う。夏の間は国王陛下のおすすめでここヴァイスヴァルトで一緒にいれる。秋が来たら王都に戻り、ステファンはステファンの仕事、私は私の仕事をそれぞれの場所でやっていくつもりでいた。でもそれはだめだ。私はどうせ好き勝手にいろんな仕事をしてしまう。ステファンはまた、孤独な我慢の生活にもどる。ステファンは「アンの様子を聞いてると楽しいから大丈夫」とか言いそうだ。

 なんとしても同居とまではいかなくても、ステファンとごく近い距離で生活できるようにしたい。


 そんなことを考えていたら、ステファンはもう一度工房へ行こうという。

「?」

という顔をしていたのだろう、ステファンは説明した。

「さっきは職人のみんなとの顔合わせだったでしょ、今度は作っているものを見てもらおうと思う」

「うん、おねがい」


 中庭からの帰り道、仲間たちが全く発言していないことに気づいた。みんな私達に気を使っているのかと思って振り返ったら、なんか二人ずつデレデレしていて、まあそれもいいかと思った。


 再び工房にもどると、職人さんたちは作業をしていた。職人さんたちが挨拶しに来ようとするのを、ステファンは片手を上げて制した。

「まずはこれ」

 ただの定規である。ただ、長い。私の身長より長い。しかも分厚い。

「これはね、観測台の平面を出すために作った。木だから普通の定規みたいにうすくすると、たわみが馬鹿にならないんだ」

「こっちは水準器」

「これはね、測量用具だよ」

 まあ色々と作っていた。これだけ作っていれば、そりゃあ職人さんたちと仲良くなるわけだ。


 そのあとテラスで午後のティータイムになった。

 テラスから見えるヴァイスヴァルトの午後の景色は気持ちよかった。


「ステファン、天文台の準備全部おしつけちゃってごめんね」

「いやいや、結構楽しかったよ。これから観測して、アンが計算してって想像すると楽しみでね」

「そっか、とにかく夏の間は私も手伝えるから」

「うん、期待してる。みんなもよろしくね」



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