第42話 職人さんたち
離宮の一部には工房がある。平常でも備品の修繕などに使われているとのことだ。この離宮は人里離れているので、細かい修理にいちいち職人を呼ぶわけにもいかないのだろう。その他戦時では離宮にたてこもることもありうる。だからステファンに案内された離宮の工房は、第三騎士団の工房よりもさらに大きかった。
入口を通ると、
「ステファン殿下」
と言って、何人もの職人さんたちがやってきた。ステファンは工房の職人さんたちといい関係が築けているらしく、笑みがこぼれる。これはぜひ紹介してもらおうとステファンの方を見ようとしたら、職人さんたちが跪いた。
「し、失礼いたしました。聖女様」
いかん。確かに私は国内No.2だから形式上、ステファンより前に挨拶すべきなのだが、私はそんな表面上のことはどうでもいい。私はしゃがんで言った。
「どうかそのようになさらないで。皆さん殿下にお力添えいただいてるのでしょう? 私にも親しくしていただきたいわ」
完全に本心である。だって私は工作は下手だし、こっちの世界でも実験できないかもしれない。
そう言えば以前、修二くんは言っていた。技官の人たちとうまくやっていかないといけない。修二くん自体、工作はかなりする。旋盤を回し、蝋付け(金属と金属を銀蝋というやつでくっつける)もするし、電子工作もしていた。しかし本職の技官さんたちにはかなわず、難しい工作で何回も手伝ってもらったそうだ。そもそも実験に不可欠な液体窒素とか液体ヘリウムとかを安定して供給してくれているのは彼らなのだ。だから技官の人たちは研究のパートナーなのだ。
そうかと言えば、こんなこともあった。私が修二くんの東海村の実験におしかけていたときである。おしかけたといっても私は実験室には入れない。夕食時になり私は車で修二くんを迎えに行った。すると施設からバラバラと修二くんと研究メンバーたちが出てきた。
私は修二くんと二人だけの夕食にこだわってはいなかった。というよりも私としては実験の様子を聞けるので、ウェルカムである。その中にかつて一緒にドライブしたアラン教授もいた。
「オー、カンザキサン、久しぶりです」
「ノン、マダムカラサワです」
「ああ、ごめんなさい。そうでしたね」
まだ出てこない研究メンバーをまちながら、アラン教授はつぶやいた。
「日本はすばらしい。こんなに遅い時間まで、テクニシャンたちが研究をサポートしてくれる」
アラン教授は、作業着を着て作業する若手のメンバーを見て言ったのだろう。私は当然、修二くんと色違いの作業着を着ていた。おそらくアラン教授は、勘違いしている。
「ちがいます。彼らは私と同じく、院生ですよ」
アラン教授は声を失った。
私は知っていた。ヨーロッパでは、テクニシャンたちは夕方5時には絶対に帰ってしまう。だから研究者たちは毎日4時台のうちにテクニシャンと夜の実験について相談しているとのことだ。このように洋の東西を問わず、研究職でない職員の人達と良好な関係を維持することが研究上大切だ。
それはこっちの世界だって変わらない。私なんか騎士団ではレギーナ、聖女室ではマリアンヌ様がいなければ何にもできない。ズボラな私の生活を支援してくれるメイドさんたち、美味しい料理を作ってくれる厨房の人たちもおんなじだ。でもこれは胸のうちに秘めておく。下手に口にすると、私生活ではフローラ、ヘレン、ネリスがいないと何もできないのを指摘されそうだ。
「殿下、ご紹介いただけないでしょうか」
私も職人のみなさんと良好な関係を築きたい。
「ああ、アン、こちらが職人頭のフランツ」
「アンです。フランツさん、どうかよろしく」
フランツさんがまた跪きそうになるのを、あわてて止める。
「あの、私、そういうの苦手ですから」
「そうはおっしゃっても」
私は困ってステファンの方を見ると、
「アンは本当に気さくな人だから。というより、物事の本質にしか興味がないんだよ」
「そ、そうですか。聖女様、よろしくお願いいたします」
「はい」
その他の職人さんは、アルバート、クルト、ヤニック、ラースといった。みな誠実そうな人たちである。こちらも仲間たちを紹介していく。
「ここにいるみんなはね、天体観測機器をつくるのを手伝ってくれているんだ。それでね、僕にもいろいろとおしえてくれるんだよ」
「そうか、私も教わりたいな」
するとクルトさんが反応した。クルトさんは見たところ最年長のようだ。
「そ、そんな、王族の方が工房に出入りされるのもステファン様が初めてです。それなのに聖女様までこちらにいらっしゃるなんて、恐れ多いことです」
私は畏まるクルトさんにうまいこと言える気がしなくて、正論でお話することにした。
「クルトさん、私はステファン殿下や仲間たちといっしょに星を観測することで、この世界の真理をみつけたいのです。そのためには観測機材が必要なのです。私がお手伝いをすることでその役に立つなら、工作だってなんだっていたします」
「は、はい」
私はダメ押しをすることにした。
「みなさんがそれに参加していただけているのであれば、みなさんも私達の仲間ですわ」
「恐れ多いことですが、ぜひ、ぜひ、やらせてください」
「よろしくお願いいたします」
ただ、ひとりだけあまり納得していないっぽい人がいた。
「ヤニックさんは、なにかおっしゃりたいのかしら」
「あ、いえ、まあ」
「どうか遠慮なさらず」
「はい、あの、殿下はお作りになる道具には装飾はいらないとおっしゃるのです」
私は何が問題なのか、大体見当がついた。おそらくヤニックさんは彫刻など、装飾を専門としているのだろう。ここ離宮では花形職人なのだろうが、ステファンの一言でプライドを傷つけられたにちがいない。まあ昔から彼には言葉が足りないところがある。ここは配偶者?としてフォローしておかねばならない。
「あのですね、装飾が必要ないということではないのです。今作っているものは、試作品なのです。試作品を使ってみて不具合を洗い出し、改良したうえで最終的なものにいたします。そのときはぜひ、この世の真理を表す素敵な装飾をお願いしたいです」
「この世の真理ですか」
「そうです、私達が見ようとしているこの世の真理、それと神話の神々とを結びつけられたら、なんて素晴らしいんでしょう」
「わかりました、私、神話を勉強し直します」
「お願いいたします。それと、時々でいいので、私達が機材を使うとき、ご参加ください」
「いいのですか」
「もちろんです。他の職人さんたちも。みなさんがお作りになったものがどう使われるか、お知りになりたいでしょう」
するとステファンが割り込んできた。
「アン、だめだよ。そうするとみんなが休む時間が無くなってしまうよ」
流石である。前の世界では徹夜の実験など日常茶飯事だっただけのことはあり、そんなハードワークを強いてはいけないということだ。だけどやっぱり彼の言葉は少し足りない。これでは平民の参加を理由をつけて拒否しているようにも聞こえかねない。
「そうですね、観測に参加していただくためには、きちんとスケジュールをたて、健康をそこなわないように考慮しないといけませんね」
「そうだよ、闇雲におねがいすると、みんな体壊すまでがんばってしまうよ。ま、一番危ないのはアンだろうけどね」
私とステファンのやり取りで、ヤニックをはじめ、みんな笑ってくれた。