第41話 ストライクゾーン
大広間に並ぶ歴代国王夫妻の肖像画を前によからぬ想像をしていると、ステファンが話しかけてきた。
「ここは謁見とかパーティーとかできるようになってるんだよ。奥に控室と専用の厨房もあるんだ」
なるほど。今はがらんとしているが、必要に応じて調度類を入れ替えるのだろう。掃除が行き届いていて、チリ一つ落ちていない。私は自分の靴の裏が気になった。
「さらに奥に行くと、事務室があるよ」
事務室は聖女室にも似て、事務机が押し込まれている。
「事務長のビョルンでございます」
初老の男性が挨拶してくれた。ステファンは私の耳元で、
「ビョルンに反対されたら、この離宮ではなんにもできないよ」
「聞こえてますよ殿下」
事務のトップだから、ステファンの言う通りだろう。聖女室ならマリアンヌ様だ。ステファンは彼と良い関係を築けているようで、私もそう有りたいと思う。私はフローラを呼んだ。
「ビョルン様、こちらネッセタールのフローラです。私関係の予算などでフローラがお世話になると思います」
「ビョルン様、若輩者ですので、どうかご指導いただけますと助かります」
「こちらこそよろしくお願いいたします」
私は男性騎士たちが、妙に姿勢を正しているのが気になった。こころなしか、ビョルン様の目つきも時々鋭くなる。
「もしかしてビョルン様、騎士でいらっしゃいますか?」
「さすがですね聖女様、十五年くらい前から足が悪くなりましてね」
「ちょっとお見せいただけますか」
「やめてください、ヴァレリウス様を治療されたの知ってますよ。私はここの勤務が気に入っているんです。騎士団には戻りたくありません」
「黙っておけばわかりませんわ」
私は問答無用でビョルン様の左膝を治しておいた。
その他メイド控室などで挨拶して回る。メイド控室の向こうは使用人居住区になっており、こちらを見せていただくのは遠慮した。
一度玄関ホールに戻り、反対側に行く。中広間、会議室、朝食を食べた食堂、さらに厨房もある。
「料理長のヨアヒムです」
「アンです。昨夜のごはんも今朝も、とても美味しかったです。ヘレンがお邪魔しておりませんか?」
するとヨアヒムさんは笑い出した。
「ヘレンさん、バレてますよ」
朝ヘレンは寝室を出て、厨房に行って手伝いをしていただろうと思っていた。
「あの、ヘレンは本当に料理が上手なんです。鍛えていただけますと、私も助かります」
「お任せください」
「あの、お願いがあるのですが」
「何でしょうか聖女様」
「私の好き嫌いはお聞き及びかと思います。ですがいいことではありませんので、私の好みを無視していろいろなお料理をお出しいただけないでしょうか」
「よいのですか」
「少しでも好き嫌いを直したいのです」
「承知いたしました」
「あの、残したりはしませんので、嫌いな食材は、最初は少なめにしてもらえれば……」
「ははははは、承知いたしました」
わざわざこんなことを話題にしたのは理由がある。どうせここのスタッフはウルトラ優秀だろうから、ほんの少しの兆候で私の好き嫌いは見抜かれ、いつの間にか食卓にのぼらなくなる。それだと将来、公的な会食とかでこまるだろうから、ヨアヒム料理長に頼んでみたのだ。
離宮の建物は回廊のようになっていて、意外に広い。次にやってきたのは警護の騎士たちのための区画だった。騎士用の会議室、控室、武具の手入れの工房などがある。簡単に言えばミニ騎士団である。そう思っていたらステファンに、
「アンには馴染み深い感じかな?」
「うん、今も第三騎士団で暮らしてるしね」
仕事していたり休憩していたりする騎士たちに会うが、何人かは紹介されるまでもなく顔見知りだったりする。そういう男性騎士たちに挨拶してると、
「なんか妬けるな」
といわれてしまった。
「それを言うなら、私だって妬けるときあるんだよ」
「そう?」
「そうだよ、メイドさんとか、メイドさんとか、可愛い子、いるんじゃない?」
「妬いてもらえるのはうれしいけど、実のところ乳母をしてもらったエレンとか、だいたいそれくらいの年齢だよ」
「ふーん」
しかしだ。私もそうだけれど精神年齢は40近い。ストライクゾーンが広い可能性だってある。
「あのさ、アンだってさ、近衛騎士団とかイケメンぞろいだろ。僕は正直心配だったんだよ」
その言葉に私はすっかり嬉しくなってしまった。
「あのね、私のストライクゾーンは、ひとりだけだから」
抱きしめられた。
「イチャイチャしていいのう」
後ろからネリスの小さな声が聞こえた。私は振り向いて言った。
「ネリスもイチャイチャしていいんだよ。私が許す」
「いや、遠慮する」
いつもは仲間たちのイチャイチャを苦々しく見ていたので、今日は優越感で気分がよかった。