第39話 避暑地の朝
ヴァイスヴァルトの離宮に入った日は荷解きをしただけで疲れてしまい、なにをするわけでもなく食事してお話して寝てしまった。その分翌朝は早くに目が覚めた。仲間たちはみんな寝ている。4つあるベッドで、珍しく全員別々に寝ていた。疲れ果てていて、ガールズトークする気力がなかったのだ。
閉めている窓を通してでも鳥のさえずりが聞こえてくる。窓を開けてベランダに出る。少し寒く感じる。部屋に戻って肩にかけるものをとってくる。改めてベランダに出ると、警護の騎士が巡回しているのが見える。ありがたいことである。ベランダに備えられた椅子は朝露で濡れているので、また部屋にもどって拭くものをとってくる。きれいな手ぬぐいしか無いので立ったままがまんする。
ベランダの下は小規模な庭園になっている。眼の前まで森が押し寄せていてもいいのだが、それはそれで警備上問題があるのだろう。庭園には見慣れぬ花が咲いていている。高山植物だろうか。いろいろな方向から鳥の声が聞こえるが、知っている鳴き声は少ない。たまに飛んでいくのが見える。やっぱり何の鳥だかわからない。
森に囲まれているので山は見えない。斜めに差し込む光が筋を作っていて美しい。
この美しい景色と私達を支えてくれる人々に感謝し、朝の祈りを捧げた。
さて、今日は何をしようか。しばらく仕事づけだったから勉強は遅れている。女子大グッズの見本ももっと作りたい。ステファンは星の観測装置をどれだけ作っただろうか。
「おはよ。早いね」
横にヘレンが立っていた。
「ごめん、おこしちゃった?」
「ううん、気持ちいい」
「今日の予定を立てなきゃね、グッズの見本かな、勉強かな」
「あんたさ、完全にワーカホリックだよ。まずはのんびりしな」
「はーい」
ヘレンは部屋に戻り、着替えをして出ていった。
「おはよ」
今度はフローラが来た。
「おはよ。なんだかヘレン、出てっちゃったよ」
「そっか」
フローラは景色を一瞥して、やっぱり着替えて部屋を出ていった。
「おはよ、ワシはちょっと出かけてくる」
すでに着替えたネリスが挨拶して、彼女も出ていった。
近くに気配を感じたので振り返ると、ネーナとマリカがベランダに出ていた。甲冑を着ている。
視線があったからかネーナは、
「こちら、お座りになりませんか」
とすすめてくれた。いつの間にか朝露が拭き取ってあった。
「ありがとうございます」
静かな足音がして、メイドがひとりやってきた。
「おはようございます。紅茶はいかがでしょう」
「おはようございます。気が利くのね。お名前は?」
「ネリーと申します。フローラ様に言われまして」
「これからお世話になります。よろしくね」
「こちらこそよろしくお願いいたします」
ネリーは部屋の隅で待機を始めた。
紅茶を楽しんでいたら、フローラが戻ってきて空いている椅子に座った。
「紅茶、ありがと。おいしいわ」
声を掛ける際目に入ったフローラは、普段着に見えて実は着剣している。
「あ、ネリスがランニングしてる」
フローラが教えてくれた。森の中に小道があるんだろう、確かにネリスがマルスとランニングしている。
「すごいデートだね」
フローラが笑いながら言う。
「あのさ、フローラ」
「何」
「さっき私、ヘレンにワーカホリックだって笑われた」
「ふーん」
「だけどさ、あんたらのほうがよっぽどワーカホリックだよ」
「なんで」
「ネリスはランニング、ヘレンはどうせ厨房行って料理習ってんでしょ」
「そうだね、だけど私は休憩中だよ」
「剣、見えたよ」
「バレたか」
目を瞑るともう一度寝そうになる。鳥のさえずりがここちよい。
「聖女様、起きてよ」
「うん?」
寝ていたらしい。ブランケットがかけられている。
「ああ、ごめん」
ネリーが話しかけてきた。
「朝食ですがどうなさいますか」
「男子はどうしていますか?」
「殿下も皆様も、もう起きていらっしゃいます」
「殿下はいつも、どうしていたのかしら」
「食堂をご利用です」
「では私も食堂でいただきます」
「では準備ができましたら、お呼びいたします」
「おねがいします」
ネリスが汗に濡れたままやってきた。
「ワシはひとっ風呂浴びようと思うが、聖女様どうする?」
これは危険な質問である。どうせネリスは私にイタズラしてくる。楽しくないわけではないが、水がはね散るためその後フローラに叱らられながら掃除するはめになる。
「ネリス、いたずらしないでよね」
「うむ、だいじょうぶだいじょうぶ」
ステファンにはなるべくきれいな私を見せたいので、危険を承知でネリスと入浴したのが間違いだった。背中の洗いっこをしたまでは良かったが、ネリスはいつもどおり、私の胸とか脇腹とか攻撃してきた。やられたらやりかえす、倍返ししていたら、フローラに踏み込まれた。
「あんたら時間無いよ。掃除しなさい!」
いつものように拭き掃除をすることになってしまった。
「あの、そのようなことは私が……」
ネリーが言うのが聞こえる。フローラは厳しい声でそれを遮った。
「駄目です。この人たちを甘やかすとキリがありません。いつものことですからやらせます!」
フローラの監視下裸のままの雑巾がけは、ネリーの視線が痛かった。