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第38話 羞恥心

 ヴァイスヴァルトというのは、この森の名前だ。うっそうと広がる森は国境の森を思い出させる。ただ、国境の森は広葉樹が多かった。ヴァイスヴァルトの森は針葉樹で構成されている。この針葉樹林が冬になると、真っ白な森になるという話だ。夏も冬もこの森に迷い込むと、抜け出せないまま行方不明になることが多いとレギーナが言っていた。魔物の気配は少ないから、レギーナの話は本当のことなのか、それとも私に勝手に出歩くなといいたいのかよくわからない。


 時々鹿の姿が見える。多分小鳥の声も聞こえるはずだが、馬車の騒音でわからない。

 私達はあまり会話もせず、森の様子を眺め続けた。


 日が傾いてきた頃、馬車が停止した。馬車の外から、

「離宮に到着いたしました。今門をあけてもらってます」

と言われた。

 

 フローラが突然、水筒を出し、手ぬぐいを2枚も濡らした。1枚を私に手渡して言う。

「聖女様、これで顔拭いて」

「?」

「いいから早く、殿下にもうすぐ会うんだよ」

「あ、ありがと」

 フローラは残る一枚で私の首筋とか腕とか汚れたところを拭いてくれる。

 ヘレンは私の服の折れたところを直してくれる。

 ネリスはうちわみたいなので風を送って、汗が止まるようにしてくれる。

 つまり友達3人は、久しぶりにステファンに会う私を少しでもキレイにしようとしてくれているのだ。

 こんなふうにしてもらったのは初めてだし、打ち合わせしていた様子もない。

 感謝してうれしくて、泣きそうになる。

「コラ聖女様、泣かない!」

 泣かないように頑張っていると、再び馬車が動き出した。


 少し進んで馬車が止まり、外から扉が開けられた。

 私にはステファンしか見えず、急いで馬車から降りてステファンの方へ走ってしまった。

 そしてステファンの胸に思いっきり飛び込んだ。


 言葉なんて出なかった。馬車を降りるとき、ステファンの名を叫んだだけだった。殿下はつけ忘れた。

 とにかくステファンの匂いに包まれ、ステファンの腕に包まれているのが幸せだった。


 それでもしばらくすると、気持ちの昂ぶりは治まってきた。私の耳にはステファンの息遣い、小鳥のさえずりなどが聞こえだした。そして人々の声、歩く音、荷物を下ろす音なども聞こえる。

 情けないことにはじめに出てきた言葉は、

「ああ、私、手伝わなきゃ」

だった。ステファンは私を抱く手に更に力をこめ、

「今は放したくないな」

と言ってくれた。


 とりあえず充分にステファン成分を吸収できたので、やっぱり荷物運びを手伝うことにした。

「やっぱり私、手伝わなきゃ」

「もうないけど?」

 あわてて体を離して振り返ると、近衛騎士団の甲冑を身につけた騎士2名と第三騎士団からレベッカとカロリーナがいるだけだった。騎士たちに目で挨拶する。急に恥ずかしくなってきた。


「部屋に行こうか」

 ステファンが私の手をとって導いてくれる。前世とあわせれば精神年齢が40近い私は、頭の中が妄想でいっぱいになってしまう。ほんのすこし残った理性のおかげでシャンとすることができていたと信じたい。

 まあ現実は理性の告げる通りで、男子部屋と女子部屋が分かれていた。


 廊下からステファンに案内された部屋は、いわば応接室だった。応接セットだけでなく、机も3つほど無理やり入れてある。本とか紙とかが沢山つみあげられているので、勉強もできるように準備してくれたのだろう。


 応接室の奥のドアを通ると男子部屋だ。ステファンの部屋に強引にベッドを3つ追加したとのこと。本当は国王陛下が使うべき部屋なのだが、陛下がぜひ使えとお命じになったとステファンは言った。あまりゴテゴテとした装飾はなされていないが、調度品全てが超一流のものであるのはひと目でわかる。

 女子部屋は男子部屋に隣接している。要するに王妃殿下専用のお部屋なのだ。だから男子部屋とはドア一つで直接つながっている。廊下に出ずともドア一つを突破すればステファンのベッドに突撃できるわけだが、私は一瞬で陛下御夫妻のお考えが理解できた。男子4名・女子4名がもろに隣接していればお互い監視体制にあるわけで、抜け駆けなどできるはずがない。周りは当然警護の騎士たちが昼夜を問わず詰めているわけで、彼ら彼女らに気づかれずに脱出も不可能だ。ある意味超健全な部屋割りと言えた。


 まあいい。精神的にはアラフォーでも肉体はまだティーンエイジャーだ。精神的につながっていれば、それでいい。ステファンの子を産むのはさすがにまだ早すぎる。


 ただしだ。ステファンといっしょに過ごせる避暑の期間もやがては終わる。遠慮などしていたら、せっかくのチャンスを無駄にしてしまう。ついでに妄想するのは将来の私達夫婦の姿だ。ステファンは第二王子、私は聖女、どうせプライバシーなど無い。人目を気にしていたらイチャイチャなんてまるでできない。そんな人生は嫌だ。

 というわけで私は荷解きを手伝いながら仲間たちに宣言した。

「私、羞恥心というものを捨てるわ」

 仲間たちは皆、ため息をついた。


 別に応援してくれとまで言っているわけではないが、ちょっとひどくないか?

 その私の不満がわかったのだろう、ヘレンが言った。

「うん、わかってるって。ていうか、だれも期待してないよ」

 フローラも言う。

「ていうよりも、そもそも羞恥心なんて、あったの?」

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