第36話 ヴェローニカ様の説得
ヴェローニカ様に一時第三騎士団団長から退いていただき、その間にミハエル殿下と結婚していただくためには、どうやら私が団長代理をやらなければいけないらしい。
「私がやったとしても、飾りにしかなりませんよ」
最後の抵抗としてそう言ったのだが、それも武官長様は笑い飛ばされた。
「なんとか長なんて、そんなものですよ。日頃は副官の言うことを聞いておけば大丈夫です。いざというときに決断すること、責任をとること、それができれば大丈夫です」
あんまり納得できなかったが、押し切られた。
いずれにせよ、ヴェローニカ様にははやいこと結婚してもらう方向で話を進めなければならない。
武官長様たちとの面会を終えると、フローラたちに聞かれた。
「なんの話だった?」
「うん、ちょっと複雑な話だから、後で話す。ま、一言で言えば、外堀を埋められた」
「ふーん、そっか。とにかくそろそろ準備しないと、王宮での会食間に合わないよ」
「うん、急ぐ」
会食は国王陛下ご夫妻、ミハエル殿下にヴェローニカ様、私達(女子4、男子3)で行われた。席に案内されるとき初めて、私だけパートナーがいないことに気づいた。ステファンはヴァイスヴァルトの離宮に先行しているためいない。こんなことなら男子たちに声をかけるんじゃなかった。悔しいので身分的に一番経験不足だろうマルスを観察することにしたのだが、腕にネリスを捕まらせ、目尻を下げている。つまらん。
どいつもこいつもパートナーにエスコートされて着席、私だけ一人で席に向かう。
ものごといい面と悪い面がかならずある。パートナー欠席の私はデレデレしないですむので、理性的に今日の話を陛下にすることができる。そう思うことにした。
会食は当然のことながら料理はこの世の最高級である。それを楽しみながら、戦地の様子や女子大グッズの制作状況などを陛下にご報告する。王妃殿下はさすが女性で、農民、市民の暮らし向きをご心配されていた。その意味で女子大グッズの制作が特に冬場の現金収入につながるので、王妃殿下はご満足のようすだ。
デザートに差し掛かる頃には報告事項はほぼ終わり、雑談に移行していた。私個人のメインの話題をいつ切り出すか機会をうかがっていたのだが、デザートを先に楽しむことにした。
だって難しい話は脳に糖分が潤沢に供給されている状態がいいでしょう。
甘いソースがかけられたフルーツ盛り合わせは美味しかった。日頃果物はそのまま食べるのが好きだ。だけど才能ある人というものは、それを更に美味しくすることができるのだ。それを難しい話で台無しにすることにならなくてよかった。
お茶が配られたところで運良く、話題が途切れた。タイミングは今しかない。
「陛下、ちょっとよろしいでしょうか」
「なにかね」
「とても優秀な30才近い女性が、結婚を遅らせて仕事に邁進していたとします。その場合、陛下はどうお考えでしょうか」
「うむ、女性であっても仕事に優秀であれば、仕事はぜひ一生懸命やってもらいたい。ただ、国家の将来を考えれば、そのような女性には一刻も早く結婚し、子をなすことを考えてもらいたいな」
私としては陛下から完璧な答えを引き出せたので満足である。
「ですが陛下、女性としては出産後、ブランクの開いてしまったキャリアについて、復帰できるか心配なものです」
「そうであろうな、まあ余の知る者であれば、復帰時のポジションについて、必要なら口添えをしよう」
「ありがとうございます陛下。世の働く女性にとって、陛下のお言葉は大変ありがたいものでしょう」
「うむ」
私は意図的に、陛下以外の出席者の方を見ないようにしていた。見ないでもわかる。何本もの視線が私に刺さる。私は心理的ダメージを受ける前に、強引に話をもっていく。私は勇気を振り絞ってヴェローニカ様の方を向いて、全力で笑顔を作った。
「そういうことです、ヴェローニカ様」
ヴェローニカ様は、なにか小声でつぶやいた。
「なにか、おっしゃいましたか」
「余計なお世話だと、申し上げました」
「そうですか、ではミハエル殿下、どうお考えでしょうか」
ミハエル殿下はにっこり笑って、おしゃった。
「私は、聖女様のご指示に従いたいと思います」
「今、第三騎士団から離れることはできません」
ヴェローニカ様は震える声で言った。私は言い返す。
「情勢が落ち着いている今なら、騎士団長は代理でもなんとかなります。実は先程それについて、武官長様たちにご相談申し上げました。武官長様には、当面私に代理をつとめるようご提案いただきました。幸い、第三騎士団は副官、参謀の人材にめぐまれております。それでも力の足りない私ですので、どうしても決断に迷うときは、ヴェローニカ様にご相談致します」
ヴェローニカ様は、勝手に話を進める私にお怒りのようだ。それはそうだろう。ヴェローニカ様は私のため、いや国のためにもっとも良いと思われることをご自分の感情を押し殺して努力してきたのだろう。それをこの場ですべてひっくり返そうというのだ。
ただ少なくとも私は善意の塊で動いている。私の考えは間違っているかもしれないが、ヴェローニカ様のために私が行動していることだけは伝わっているはずだ。いつものヴェローニカ様ならば明快な論理で私を言い負かす。今それができないだけに、炎のような怒りを身にまとうヴェローニカ様は美しかった。
美しいヴェローニカ様を見ながらどうしたもんかと作り笑顔の裏で考えていたら、国王陛下が助けてくれた。
「ヴェローニカ、そなたの負けだよ。ここは聖女アンの言う通りにしてもらえないか。ミハエルの父としても頼むよ、なあ、王妃もそう思うだろ」
「はい、どうかミハエルを幸せにしてもらいないかしら、ヴェローニカ」
「ハハッ」
食事の後退出の際、ヴェローニカ様はすっと私に後ろから近寄っておっしゃった。
「覚えてろよ」
表情はわからなかった。