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第34話 王都に戻る

 ヘルムスベルク滞在ではノイエフォルトなど守備部隊の視察と、いろいろなギルドを回って女子大グッズの発注をした。女子大グッズの中でも特に私が完成を楽しみにしているのはカトラリーセットだ。ルドルフの刺繍をあしらった布製のケースに、木でできたスプーンとフォーク、それに箸を入れる。私は2本の細い棒を使って小さなものを器用に扱うのを実演した。職人さんとか親衛隊のメンバーとかは目を丸くしていた。私の仲間たちも全員同様にできるのを見て、更に驚いていた。私は仕事柄移動が多く、ヘタをすると馬車での移動中に食事を摂ることも有る。そんなときこのカトラリーセットを使おうと、早くも楽しみになっている。


 守備隊視察の初期に気づいた火薬の静電気対策は、火薬庫の入口付近に金属棒を設置することにした。火薬庫の出入りの際、金属棒にふれて静電気を逃がすことを徹底した。火薬保管に適切な湿度については不明なままなので、将来の研究が必要だ。私達だけでは手が足りないし、そもそも爆発物なので私達に研究許可が出るとも思えない。女子大だけでなく科学的な素養を持つ人材の養成が急務であると認識させられた。やっぱり早く女子大を立ち上げたい。


 このようにヘルムスベルク滞在は新たな課題を明らかにしつつも成果の多いものとなった。


 ヘルムスベルクのあとはヴァイスヴァルトでのステファン王子と避暑の予定だ。一刻も早くヴァイスヴァルトに行きたい気持ちを抑え、王都に寄る。国王ご夫妻と夕食をご一緒する予定だ。ヘルムスベルクの報告を兼ねている。私は報告に付け加えて、もう一つ仕事がある。


 王都に帰る馬車の窓から見上げる夏空は、私の気持ちを盛り上げる。川崎にいたときはともかく、北海道時代は夏が大好きだった。気をつけないとあっという間に秋がやってきてしまうからか、皆夏を楽しむことに力を注ぐ。それはここノルトラントも同様だ。

「北国の夏って、いいよね」

 フローラが話しかけてきた。私達4人のなかでフローラだけ北海道生活をしていない。女学校の寮で一緒に生活しながら何回も北国の夏の良さを私は力説してきた。

「聖女様って夏大好きっていいながら、意外と夏を楽しまないよね」

 フローラが意外な事を言う。

「だってさ、結局勉強勉強だもん、季節感ないよ」

 心外である。どう言い返そうか考えているとヘレンも同調してきた。

「それはね、院でもそうだった。夏休み中帰省しないんだもん、つられて私もだよ」

「その通りじゃな。マルスも呆れておった」

 四面楚歌ならぬ三面楚歌である。一応反論しておく。

「あのね、窓を開けてね、夏の風を感じながら勉強するのが最高なんだよ。勉強が行き詰まったらさ、風についても考えるんだよ。例えばフェーン現象ってあるじゃん」

 フェーン現象とは、湿った空気が山を超えて吹いてくると気温が大きく上昇する現象である。

「あれってさ、風が山を超えるときに雨が降るじゃん。そのときの潜熱が空気の温度を上げてると思うんだよね。そうもろに書いてある解説って少ないんだよ」

 潜熱とは、物質が状態変化するときに出入りする熱のことだ。この場合、水蒸気が水になるときに熱が出る。逆に水が水蒸気になるときは熱を吸収する。沸騰する水の温度が100度を超えないのはこの潜熱のためだ。

 仲間たち3人の視線は冷たく、この話題はここまでだった。不満である。


 今日一番大事な仕事の宮殿での会食に行く前に、私達は聖女室に寄った。ジャンヌ様との打ち合わせである。


 聖女室に顔を出すと、ニコニコ顔のマリアンヌ様が出迎えてくれた。マリアンヌ様は聖女室筆頭として事務員の頂点に立っている。私に回ってくる書類はすべてマリアンヌ様を通ってくるし、私から出す指示もすべてマリアンヌ様を通る。聖女代理のジャンヌ様も同様で、私はジャンヌ様からくれぐれもマリアンヌ様の言う事をよく聞くように注意されていた。だから私は自分からの報告より先に、マリアンヌ様からの報告を聞くように心がけている。

「聖女様、おかえりなさいませ。ヘルムスベルクはいかがでしたか?」

 ここが危ない。ここで調子に乗って話しすぎると、マリアンヌ様からの話が後回しになる。さらに彼女は私の気持ちや考えを優先するから、事実だけを述べ、私の意思、希望、感想、想像を交えないようにしないといけない。

「おかげさまでほぼ予定通りの行動ができました。大きな問題はありませんでした」

「それはようございました。こちらも予定通りに進んでおります。それで今夜は陛下ご夫妻と会食のご予定ですが、その前に武官長様、第一騎士団長様、第二騎士団長様が面会をご希望です」

「わかりました。ヴェローニカ様はそれにご出席でしょうか」

「いえ、お呼びしましょうか」

「うーん、武官長様たちのお話の内容によりますね。マリアンヌ様はご存知ですか?」

「いえ、存じません」

「もしかしてヴェローニカ様には、聞かれたくないことかもしれませんね。それだとまずいですから、ヴェローニカ様には必要であればあとで私からお話します。今夜の陛下との会食は、ヴェローニカ様もご出席でしたよね」

「はい、そのように伺っております」

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