第33話 焼肉定食
お忍びで食堂に行く馬車から見上げる空は、びっくりするくらい青い。そのせいで暑いのではあるが、今は気にならない。気になるのは空腹だ。お昼のピークを外すため、ちょっと遅い昼食になっているのだ。そう考えていたらお腹がなった。馬車に同乗するレギーナの表情が緩む。恥ずかしい。
お昼の街中はそれなりに混んでいて、馬車はなかなか進まなかった。いつもならさっさと進むのだがと考えたら、いつもは私のために道を開けてもらっていたことにいまさらながら気がついた。それを口に出しそうになったが、言えばレギーナに呆れ返られそうなのでやめておいた。
例によってすべて顔に出ていたのだろう、レギーナは「?」という顔をして私を見ていた。
まあそんな思考で、空腹には耐えきれた。
やっとお店の近くに着いた。雑踏というほどではないが、それなりに人はいる。久しぶりの人混みに戸惑いながらお見せに入った。
出迎えてくれた店員ごしにネリスとフローラがすでに食事しているのが見えた。任務とは言え腹が立つ。二人は私を一目で確認して目を合わさず、食事しながらさり気なく目を配っているのがわかる。
「どうぞこちらへ、今日の日替わりは焼き肉定食ですよ」
「じゃあ私は日替わりで」
基本日替わりはお店のおすすめだろうし出るのが早いだろうから、迷う必要はない。レギーナも同じ考えらしく、
「私も」
と言って席についた。
私は期待で一杯で、店内をキョロキョロしてしまう。外食なんてどれだけぶりだろうか? 女学校時代に多少買い食いとか買い食いとかした程度で、卒業してからは一回も行っていない。最低でも1年は外食していない。騎士団の食事も美味しいけれど、第一に量、第二に筋力増強、第三に栄養バランスという感じだ。成長期だからそれもいいのだけれど、お店っていうのはお客の取り合いをして味の工夫もしているはずだ。実際第三騎士団の中にいれば、団員たちの雑談で「どこどこの店が美味しかった」という会話は何度も耳にしている。私は立場をわきまえているからそういう話に加わらないけれど、実は王都で人気の店の名前はかなり知っている。
ただ、ここヘルムスベルクの情報は持ち合わせていない。だから店の選定は親衛隊に一任していた。
お昼のピークを過ぎた店内は、少し空席が出始めている。客たちは会話しながら食事していて、みな楽しそうである。ただ客のうち3割は見た顔だから、かなり厳重、いや過重な警護体制である。迷惑をかけてしまったと思うと同時に、せめてこのお店の味を楽しんでほしいと願う。
「アン様」
レギーナに小さいが鋭い声で注意された。
「祝福を与えるのは流石に早いかと」
私はみなの昼食がよりよくと願うあまり、自動的に祝福を発動しそうになっていたようだ。
「ごめんなさい、あまりに美味しそうで」
と言い訳したら、我が交感神経だか副交感神経だか忘れたがその働きでお腹が鳴った。
料理を待つ間、レギーナとよもやまばなしをした。というか正確には、第三騎士団の恋愛事情である。
「今、団員たちの結婚が相次いでいるのですよ」
「そうなんですか」
「戦争中はそれどころじゃなかったですし、終わったところで親御さんたちが焦り始めたようです」
「そうでしょうね、しかも実戦にも投入されましたから、親御さんたちはご心配でしょう」
「そうなんです、本人たちが嫌がっていても親御さんたちからお見合いを強制されているようです。休暇願がつぎつぎと出ています」
「失礼だけどレギーナ、あなたはどうなってるのですか?」
「私ですか? 実は婚約者がおります」
「いつごろをお考え?」
「とくに考えておりません」
「それはまたなぜ?」
レギーナはちょっと言いにくそうだった。私は特に言葉には出さなかったが「話して」と念を送っていると、
「そんな目で見ないでくださいよ。だって上司より先とか、まずいじゃないですか」
「わかりました」
レギーナの上司と言えば、第三騎士団長のヴェローニカ様である。これは私が一肌脱ぐしかない!
「なんか余計なことお考えじゃありませんか?」
「いえ、レギーナの幸せを願っているだけです!」
食事が来た。日替わりの焼肉定食である。
メインは焼き肉、と言っても肉と野菜が一緒に炒められている。肉8割野菜2割くらいか。主食はパン、バターが付いている。スープは、地球でいえばコンソメだ。パラパラと香草(パセリ?)が散っている。それにサラダ、デザートとしてフルーツの小鉢がついている。量は騎士団ほどではなくとも十分だ。
お祈りをしてから食べ始める。本当は「いただきます」だけでいいと思うのだけれど、私は一応聖女だからきちんとお祈りする。
まずは焼き肉から食べ始める。一緒に焼かれた野菜がいい香りで、肉の旨味が強調されている。騎士団で肉といえば単純に焼くか、シチューのように煮込まれるかのほぼ2択だ。
おいしい。
サラダもドレッシングがよい。
スープはしっかりと味が効いている。塩加減がいいのだろう。
パンは固め、顎が疲れるが柔らかいパンより味がしっかりしている気がする。
フルーツは最後に食べた。楽しみに最後に取っておいたのは正解だった。騎士団でも一日に一回はフルーツを出したほうがいい気がする。
「いかがでしたか?」
帰りの馬車でレギーナに聞かれた。
「ええ、おいしかったです。それであの値段ですから、騎士団の食事の参考になりそうですね」
そうなのだ。安かったのである。
「それで聖女様、市民の様子はいかがでしたか?」
「あ」
食事に夢中で、ろくに観察していなかった。
午後は皮革職人のギルドに行き、手帳のカバーなどを発注した。