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第27話 逆恨み

 午後遅くまで、時刻的には夜までノイエフォルトに滞在し、夕闇せまる中私達はヘルムスブルクに戻った。ルドルフはやっぱり戻ってきて、私達一行の上空を旋回している。もし敵対する勢力が私の暗殺を考えているとしたら私の位置は丸わかりだが、ドラゴンが直接護衛しているのを襲う能力のある軍隊などこの世に存在しない。


 ヘルムスブルクの市街に入ってもルドルフが警護を続けていた。街では驚いたように見上げる人、ルドルフに手をふる人いろいろいた。しかし怖がる人は見えない。戦争ではノルトラントの兵士とともに戦い、ヘルムスベルクを守ったのを知らない人はいないのだろう。

 領主邸に到着し中庭に馬車を停めるとルドルフが降りてきた。

 私は馬車から飛び降り、ルドルフに駆け寄った。するとルドルフは首を顔を私の高さまで下げてくれた。私がルドルフの顔にすがりつくと、フローラ、ヘレン、ネリスも同じようにした。ルドルフは嬉しそうだ。

「私達ご飯食べてくるから、また後でね」

「ウォーン」

 本当はこの場でルドルフと一緒に夕ご飯を食べたいが、食事は打ち合わせも兼ねているからそうもいかない。


 夕食は昨日同様簡素で、食べながらの打ち合わせとなった。私としては、グリースバッハの食事が気になっていた。繰り返し食事の味が薄いとの話を聞いていたからだ。ノイエフォルトではその苦情は出なかった。

「ループレヒト様、グリースバッハへの補給は計画通りにできているのでしょうか」

「はい、私の方に来ている報告ではそうなっていますが」

「では、グリースバッハへの塩の補給を増やしていただけないでしょうか」

「塩ですか」

「はい、グリースバッハで食事の味が薄いという苦情が複数ありました。現在グリースバッハは料理人がおらず、兵士たちが厳密に規定量で調理しているようです。塩の補給量を増やすと同時に塩の使用量を増やすよう指示していただければ」

「聖女様が現地でそのように言われてもよかったのでは」

「申し訳ありません、グリースバッハを離れてから思いつきました」

「ハッハッハ、聖女様でもそんなことがあるのですね」

 ミハエル第一王子が笑った。するとネリスが裏切った。

「聖女様のいつもはそんなものです」

 ネリスを睨むと視線をそらされた。マルスもである。

「マルス、あんたグリースバッハに前いたのよね」

「はい」

 マルスは私の怒りがとんできたのかと、目を泳がしている。

「前はどうだったの?」

「兵士の中に料理上手がいて、当時は問題なかったです」

 私はヴェローニカ様の方を向いて、意見を述べた。

「ヴェローニカ様、差し出がましいですが部隊編成に料理の技術も考慮していただけないでしょうか」

「はあ」

 貴族育ちで仕事に真面目なヴェローニカ様には食事の楽しみの重大さがあまりおわかりでない気がした。

「マルス、現場での食事の重要性を話しなさい」

「はあ、ぶっちゃけていって、前線にいるときは楽しみは食事しかありません。今は停戦状態ですけど、きっと1日中気を張り詰めていると思います。状況によっては寝ている間も気が抜けませんから、本当に楽しみは食事だけなんです」

「もし食事の質が下がると、士気が下がる?」

「それはまちがいないですね」

 私は得たい話を得たので、ヴェローニカ様の方に向き直った。

「そういうことなので、お願いします」

 するとヴェローニカ様は不満そうだった。

「はいはい、わかりました。聖女様は貴族の私に兵士たちの気持ちなんてわからないとおっしゃっているわけですね」

「いえ、そんなことはまったく……」

 例によってヴェローニカ様は私の意図を必要以上に正確に見抜いていたようだ。

「ヴェローニカ、そんなふうに聖女様をからかわなくても」

と、なぜだかミハエル第一王子が苦笑いしながらヴェローニカ様に注意した。するとヴェローニカ様は見たことがない甘い笑顔で、王子に答えた。

「いつもお話している通り、面白い方でしょう?」

 なんだか私は状況がわからなかった。


 就寝のため部屋に戻ったところで私はヘレンに聞いた。

「あのさ、ヴェローニカ様、妙に王子殿下と親しげじゃない?」

 するとヘレンのみならず、その場にいた全員が盛大に溜息をついた。

「どういうこと?」

 するとヘレンは仲間たちと目を合わせてから話し始めた。

「アン、落ち着いて聞いてね。ミハエル第一王子とヴェローニカ様は子供の頃から知り合いで、婚約寸前までいってたのよ」

「なにそれ、私知らない」

「下手すりゃノルトラントで知らないのあんただけかもよ」

「どういうことよ」

「ヴェローニカ様から口止めされてた」

「なぜ?」

「あのね、ステファン第二王子が軟禁されたでしょ。そのときにヴェローニカ様はミハエル王子と距離をとったのよ」

「だからなんで」

「ヴェローニカ様はね、ヴェローニカ様とミハエル殿下が婚約すると、第二王子派からしたら第一王子派が女騎士団とはいえ軍事力を手に入れたように見えるでしょ。だから第二王子派を刺激しないようにっていう意味でね」

「ふーん」

「さらにさ、あんたのステファン殿下への気持ちがわかってくるとさ、ヴェローニカ様は『アンが辛いとき、私だけ幸せになるわけにはいかない』っておっしゃってね」

 なんとなく事情は飲み込めてきた。

「だからあんたには知らせなかったのよ。あんた騒ぐでしょ」

「そうかもね」

「だからさ、ヴェローニカ様の気持ちを汲んでよ」

「うん、だけど、ヴェローニカ様は第一王子派ってこと?」

「あのね、そもそも第一王子派っていうのがおかしいのよ。だって皇太子だよ。ただ、第二王子派はいる。第二王子派が余計な動きを始めないよう、王室の判断としてステファン殿下を軟禁したのよ。ステファン殿下と話していて、彼に家族内のわだかまりがないの、わかるでしょ?」

 それはたしかに不思議だったのだ。


 結局ミハエル殿下への私の気持ちは、いわば逆恨みのようなものであった。ミハエル殿下は私の気持ちを慮ってあえて悪役に甘んじていたようでもあり、ヴェローニカ様も殿下のお気持ちを尊重されたのだろう。そうであれば、私としてはヴェローニカ様の幸せを願わずにはいられなかった。

 お休みの挨拶をルドルフにしに行ったが、ルドルフを前に出てきた言葉はなぜか「ごめんね」だった。

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