第26話 ルドルフとの再会
グリースバッハに続いてノイエフォルトに向かう。今日の仕事は細かい調査というよりは墓参と将兵の慰問だ。とにかく現地の人間に私の顔を見せるのが大事なのだ。
ノイエフォルトは国境の森を抜ける街道上にあり、街道が少し森に入り込んだところにある。もともとは国境の検問として作られた砦だが、こないだの戦争ではヴァルトラントの主要攻撃目標のひとつであった。守備部隊の奮戦によりノイエフォルトは停戦まで持ちこたえた。
日が傾き始める頃、街道は森に入った。フローラは窓の外を見て、
「やっぱ森は不気味ね」
と言った。私は特にそうは思わないが、ヴァルトラントは森に巣食う魔物たちを使役してノイエフォルトを攻撃したのだ。不気味といえば不気味なのかもしれない。だが私が森の木々の奥に目をこらしても魔物は見えないし、気配も感じない。
「特に魔物はいないと思うよ」
とだけ伝えておく。フローラは「そっか」と言って足をブラブラさせ始めた。いつも行儀のいいフローラがこんなことをするのは、かなり緊張していたからだろう。
実のところ私達がノイエフォルトに入るのはじめてだ。
無理やり窓から首を出してノイエフォルトの門を見上げる。苔むした壁が高い。ところどころ黒いところがあり戦の跡がわかる。この壁と将兵が我が国を守ったのだ。
壁の内側はなにもかもがコンパクトになっていた。馬車を降りて見上げる空はせまい。風通しが悪く蒸し暑く感じる。森の中に無理やり建てた砦だから、大きく余裕をもって築くことができなかったのだ。事前に聞いた話だと、建設時は魔物と戦いながら少しずつ敷地を広げたとのことだ。
実はノルトラントは比較的若い国だ。今からおよそ三百年前、ヴァルトラントから独立した。ヴァルトラントは歴史の長い国だが、森の中を少しずつ少しずつ開拓して農地を広げてきた。三百年ほど前に急速に魔物たちが数を減らし人間への脅威が衰え、急速に農地を増やした。そのときに街道が北に伸び、今のノルトラントに入植がはじまり、やがて独立した。だがノルトラントの王家はヴァルトラントの王家と親戚関係にはない。ヴァルトラントよりさらに南の国から追われた貴族がノルトラントに入植し、今の王家のもととなったのだ。
馬車を待っていたのはノイエフォルト防衛隊の隊長、ループレヒト様だった。戦争中に何回か打ち合わせしていたので、少し懐かしい。
「ご訪問ありがとうございます聖女様」
「お、お出迎えありがとうございます」
「ミハエル殿下、お待ちしておりました」
「うむ、ご苦労さまです」
私が噛んでしまったのは、王子殿下より先に挨拶されてしまったからである。確かに身分は聖女のほうが高いのだろうが、とにかく私は十五の小娘なのだ。慣れろということが無理だと思う。
ヴェローニカ様が進み出て、ループレヒト様に、
「聖女様はすぐに視察されたいとご希望かと思います」
と伝えた。そんな指示はしていないが気持ちはそのとおりだ。
「ではこちらに」
ループレヒト様は前に立って案内を始めた。
最初に見張り塔に上る。遠くまで広がる青空を見ていると、息が整ってきた。
見渡す限り黒い森である。砦の近くにある魔物の気配は、小型の魔物が単独行動しているくらいで危険は感じない。ただ、砦の近くの森は方方に穴が開いていている。
「あれは迫撃砲の着弾点ですね」
「なるほど」
ループレヒトが説明してくれる。
「それであの遠くにある着弾点ですが、敵の拠点であることが判明したため集中的に攻撃しました」
「よくわかりましたね」
「ルドルフが教えてくれました」
「それはよかったですね、ああ、ルドルフはじきにこちらに来ますよ」
「そうですか?」
西の方にルドルフの気配を感じていた。停戦以来ルドルフには気楽にしてもらっているが、定期的に偵察飛行しているのだろう、私達の気配を察知してやってきたにちがいない。
「西南西に飛行物!」
見張りの兵士の声がする。私もその方向に目をやったが何も見えない。書物ばかり見ている私達とは視力が違う。
「あ、ルドルフです。ルドルフが来ます」
わかっていてもやはりうれしい。兵士の声も嬉しさがにじむ。
やっと私の目にも点状に見えてきた。
どんどん近づいてきたルドルフは見張り塔の周りをぐるぐると回り始めた。
「ルドルフ、久しぶり! 来てくれてありがとー!」
「ウォーン!」
周りの兵士たちも手を振っている。
「いつも警戒してくれてるのね!」
「ウォオーン」
「夜はヘルムスブルクに戻るわ! 夜にお話しましょう!」
「ウォウォオーン!」
本当はすぐにでも話をしたかったが、このせまいノイエフォルトにはすっかり大きくなったルドルフを下ろす場所がない。ルドルフはさらに塔の周りを3周して、今度は東の方に飛び去った。私達がヘルムスブルクに戻る頃にはもどってくるだろう。