第24話 墓参
メルヒオール様の案内、領主邸の食堂入る。ドアを通ると驚いた。ヴェローニカ様が来ていることは聞いていたが、歓談している相手がミハエル第一王子だった。
私はどう挨拶したらいいか困っていたら、第一王子の方から頭を下げてきた。
「聖女様、ご無沙汰しております。第一王子のミハエルでございます」
「アンでございます。こちらこそご無沙汰しております」
一応私のほうが身分が上らしいので、
「どうか殿下、おかけになって」
と椅子に座るよう促した。
私としてはいっぱいいっぱいである。
ミハエル第一王子は当然王位継承権第一位なのだが、第一王子派はステファン第二王子が王位を狙っているとしてステファンを軟禁した。第一王子の指示かどうかは知らないが、私にはその旗頭である第一王子には恨みがある。
袖が引っ張られた。今日二回目である。またもヘレンだ。
「聖女様、顔」
やべッと思った。私の欠点は考えていることがそのまんま顔に出てしまうことだ。
ミハエル第一王子は軽やかに笑って、
「ヘレン、だったね。僕には聖女様に恨まれる原因があるのはわかっているよ。ヴェローニカからよく聞いているよ」
と言った。私としてはなんとかこの場をつくろうべく、
「そんな、殿下を恨んだりいたしておりません。政治には私は関わりたくありません」
と綺麗事を言った。
「聖女様、信じていただけないかもしれませんが、ステファンは私にとって大事な弟なんですよ」
「はい、存じております」
一応ステファンから兄弟仲は悪くないとは聞いているから嘘は言ってない。
「とりあえずそうしておきましょう。皆さんお疲れでしょう。もうすぐ食事が始まると思いますよ」
確かに料理のいい匂いがしてきている。
食事は簡素だった。第一王子が居るのに意外だった。さらに意外なことに、第一王子は普通に食事している。そしてメルヒオール様、ヴェローニカ様と気楽に会話している。しかもその内容は、ヘルムスブルクと園周辺の復興についてばかりだ。私はついつられて、
「そういえば来る途中で見たのですが、休耕地が多いですね」
と言って話題に乗ってしまった。それについて答えたのは第一王子だった。
「やはり聖女様は気になりますか。戦死者が出た農家や、家が荒らされた農家が休耕しています」
「その方たちの生活は?」
「とりあえずヘルムスブルクの市街地で働いてもらっています。家屋の被害については国費で直していますが、まずは現金を稼いでもらって、冬を越せる蓄えを作るよう指導しています。多くは来年には農業にもどれると見込んでいます」
政治的立場はともかく、ミハエル第一王子が本気で戦後の復興のために仕事していることはさすがの私にもわかってきた。
明日は朝一番で墓地を訪れる予定だ。そのあとは激戦地であったノイエフォルトとグリースバッハに行って、国境警備につく将兵たちの慰問の予定だ。その晩は疲れが大きく、食事して入浴したらすぐに寝てしまった。
翌日の朝食も、ミハエル王子、ヴェローニカ様、メルヒオール様に私達6人でとった。私達6人というのはいつもの4人にケネスとマルスが加わっているのだ。もちろん朝食と打ち合わせを兼ねている。
「聖女様はまず、戦死者の墓地を訪れるのでしたよね」
ミハエル殿下が快活に切り出した。戦死者墓地はヘルムスベルクの城壁のすぐ外とグリースバッハに再興された礼拝堂脇の空き地に作られている。
「はい、まず城壁外の墓地、つづいてグリースバッハの墓地を訪れる予定です」
そう答えると、王子殿下は、
「私も同行させていただけないでしょうか」
と言い出した。考えてみれば王室から哀悼の意を示すにはちょうどいい機会だ。
「そうですね。僭越ながら結構なお考えだと思いますわ。私はその後戦地を回る予定ですが、殿下はどうされますか?」
「それも同行させていただければと思っております」
私はヴェローニカ様の方に視線を向けた。私の警備計画に変更が必要そうに思えたからである。ヴェローニカ様はすぐに答えた。
「聖女様、その予定で計画を立てておりますからご安心を」
一旦部屋に帰り、身支度を整える。着替えをしながら私はフローラに話しかけた。
「あのさ、さっきの私の殿下への対応、完璧だったでしょ」
「あ、ああ、作り笑いはうまくなったかな。だけどさ、あの程度の作り笑い、殿下にはバレてるよ」
「そっか~、まあ殿下は生まれたときから政治的に揉まれているだろうからね」
「っていうかさ、うまくやんないとあんた、ヴェローニカ様に迷惑かけるよ」
「はーい」
確かにヴェローニカ様は第三騎士団長、聖女の警護の責任者であり国防についても重責を担っている。軍事力を持つものが政治的な争いに巻き込まれるのは好ましくない。私がミハエル王子を恨んでいるのはステファン王子が軟禁されたからであって、ミハエル王子の政治的意見に反対しているわけではないのだ。だから少なくとも表面的にはうまくやっておけば、ヴェローニカ様が困ることもないだろう。
「あんたさ、表面的にうまくやっとけばいいなんて、考えてるんじゃないでしょうね」
今度はヘレンが言ってきた。
「ヘレン、あんた読心術でも身につけたの?」
「あのさ、あんたの考えなんて顔見てりゃわかるよ。何年付き合ってると思ってるの」
「うむ、ワシでもわかる」
ネリスまで私を責める。
「じゃあ何よ、私に殿下を無条件に許せって言うの?」
「まあまあ、誰にきかれてるかわかんないんだから、そんなこと言っちゃだめだよ」
フローラの注意はもっともである。だが私の憤懣はおさまらない。
「聖女様、口とんがってるよ。少なくともね、ミハエル殿下は道義的責任を感じてらっしゃってるよ。そうじゃなかったらヴェローニカ様がさ……」
「ヴェローニカ様が何よ」
「いや、なんでもない」
私はモヤモヤした。だけどそうも言っていられないので、せめて今日同行するミハエル王子を先入観なく観察することに決めた。
領主邸からの移動は、私達は昨日と同じく馬車、ミハエル殿下とヴェローニカ様は馬上だった。ヴェローニカ様はいいとして、警護されるべきミハエル殿下がヴェローニカ様と馬を並べているのは不自然に思えた。それでは殿下も私の警護をしているようではないか。
墓地では殿下を観察している余裕はなかった。墓碑には名前がある者も無いものもいる。無いものはヴァルトラントの兵士であろう。今夏草が伸びているこの墓地は、彼らが亡くなったときは寒かった。戦闘が終わったとき、彼らの躯の上に雪が降り積もりどんどん形が見えなくなっていったのを思い出した。口に出すわけにはいかないが、我が国の兵士と同じく、祖国のために命を賭けた兵士たちの心は純粋であったはずだ。
設けられた祭壇に跪き、両国の戦死者の魂のために祈る。ご遺族の幸せを祈る。そして両国が和解し、ともに繁栄することを祈る。そうでなければ、この方たちはなんのために命を散らしたのだ。だから生き残った私達は幸せになる義務がある。そうなるために力を尽くす義務がある。
私はヴェローニカ様に抱き起こされたとき、号泣し崩れ折れていたらしい。
「申し訳ありません、ヴェローニカ様。私達は戦死者のご遺志に答えるために幸せにならなければなりません。聖女たる私がこれでは、戦死した皆様に顔向けできませんね」
「今日はお休みになりますか?」
「いえ、予定通りに参ります」