第21話 女学校の卒業生
今日は女学校の卒業式だった。夏前の王都での最後の仕事なのだ。卒業式後のパーティーまで出席して今夜は久しぶりに寮に一泊、明日の早朝に寮から直接ヘルムスベルクに発つ予定だ。
夜遅く、私達の寝室に訪れる卒業生もようやく途切れ、私達は寝る前のハーブティーを飲んでいた。
部屋は私達が6年過ごした部屋だった。隣のヘレンとネリスの部屋と今いる私とフローラの部屋の二部屋は講義のときいつでも泊まれるよう空けてあったのだ。
「もうあれから一年かぁ」
ヘレンがつぶやいたんだかどうだか中途半端な声で言った。
「ああ、いろいろあったな」
ネリスがこれまた半端な声で答えた。フローラは私の方を見てにっこり笑った。
「いろいろっていうか、聖女様のせいだからね」
「はーい」
フローラの言う通りどう考えてもいろいろあったのは私が聖女に就任したからだ。だけど悪いことをしたわけじゃないし、それどころか国のために尽くしてきた。今年の卒業生たちも、国のためとまでは言わなくても、それぞれの立場で仕事に力を尽くして欲しい。
「聖女様、ここで寝てはいかんぞ」
ネリスの声で私は起こされた。
「あ~ごめん、卒業生のこと考えてたら意識失ってた」
「はいはい、さすがは聖女様ね、私達は聖女様にふりまわされたことを話してたんだけどね」
ヘレンである。なんか私は非難されている。
「なによ。私だって好きでやってるんじゃないわよ。眼の前にあるなすべきことをやっているだけよ」
その後しばらく、ヘレンとフローラに、私の思いつきで振り回された話をされた。
「ひどかったのはポーションの瓶の大きさよね」
ヘレンである。それにフローラが答える。
「急に瓶を小さくしろって言い出してさ。詰め替え大変だったんだからね」
私は戦闘部隊からの報告書に、ポーションの瓶が大きく邪魔だから小さくしてほしいというのを見たのだ。
「でさ、せっかく全部詰め替えたら、一部はもとの瓶でいいって言い出すしさ」
それはしかたなかった。次の日の夕方、野戦病院から手術が必要なケースだと瓶をいくつも開けないといけないと苦情が出たのだ。
「全部現場の意見を汲もうっていう聖女様の考えはわかるよ、だけどさ、それをやらされる身になれっての」
「あとさ、具体的に数量を言ってほしいんだよね。ざっくりと一部なんて言われてもさ、どんだけやればいいのかわかんないよ」
私はたまらず口を挟む。
「いや、私にもわかんなかったからさ」
「でもそれじゃ、やる方は困るっての。指示だけして次のこと聖女様始めちゃうからさ、もう口出せないんだよ」
「はいはいすみませんでした。以後気をつけま~す」
「全然気持ちこもってないよね」
助けてくれたのはネリスだった。
「うむうむ聖女様、つらかったのう。今宵はワシが慰めてしんぜよう」
「ネリス~、ありがと~」
結果としてはネリスが一番ひどかった。寝入りばなはくすぐり攻撃、さらに早朝ネリスに蹴っとばされて目が覚めた。夏の北国の夜明けはとんでもなく早いからそのまま寝れず、繰り返し蹴られるので窓際に椅子を置いて外の景色と呑気に大の字で寝るネリスを交互に眺める羽目になった。二部屋あるのに結局この部屋で四人で寝た。フローラとヘレンは仲良く向かい合って背中を丸めて寝ている。
寝不足だったが朝食の時間が来てしまった。生徒の模範たる卒業生、しかも聖女の私が寝坊して朝食を抜かすわけにはいかない。着替えて廊下を歩く途中で思いついてしまった。
「私達の席さ、どうせ先生側じゃん。昨日のうちに出ちゃった卒業生の席空いてるだろうから、私そっちで食べたい」
私としては、卒業生や在校生に混じって食事をとりたくなったのだ。
「では私が伝えてまいります」
レギーナがほぼ走る速度、しかも歩いているようにしか見えない動きで食堂へ向かった。廊下を走ってはいけないとういう決まりをうまいこと守るなと感心して見てしまった。
フローラが小声で言う。
「あんたさ、そう言うとこだよ。レギーナも食堂の人もたいへんなんだからね」
「あ」
レギーナと食堂関係者のおかげで、私達の席は卒業生の間に席がバラバラで用意されていた。ローザ先生の案内で席に着く。
「失礼しまーす」
そう声を掛けたら卒業生たちはババッと立ち上がった。
「まあまあみんな気楽にお願いします」
とお願いしたのだが一人の卒業生は、
「聖女様と会食できるなんて、感激です。あと、私達は後輩ですから敬語はやめてください」
などと言う。
「あら、あなた達のほうが年上なのです。年上の方には敬意を払わねば」
なるべく明るい笑顔で言うことで冗談であることを伝えるようにする。
会話は卒業後の進路だった。まあいつものことだが女官になる者、どこかの商会に就職するものなどいろいろだ。その中で一人やたら元気な子がいた。
「聖女様の昨日のスピーチ、短かったですね」
ギクッとした。去年自分の卒業式であまりにすばらしいジャンヌ様のスピーチを聞いてしまった私は、全く自信がなかったのだ。だからジャンヌ様のおっしゃったことを引用し、なんとか卒業生に元気を与えるような言葉をひねくり出し、最後に盛大に祝福をぶちかましてごまかしたのだ。
「みなさんは去年ジャンヌ様のお話をお聞きになったでしょう? 聖女としてはあれ以上のお話はないですわ」
正直な言い訳をした。
「そんな聖女様、ご謙遜を」
信じてくれなかった。
「ホントですって。で貴方はどうなさるのでしたっけ」
「え、ご存じないんですか。私、第三騎士団に今日から参ります」
「それは失礼しました。そういえば貴方のお名前は第三騎士団の新入団者のリストにありましたね」
例年第三騎士団の新規入団者は若干名しかいないのだが、今年は十人もいた。その中に今眼の前にいるへーフェルのサビーネもその一人だった。
「そうですよ、聖女様の護衛をしたくて希望したんですから。今日から騎士団でご一緒できるのは光栄です」
「あら、そうですか。私は今日から王都を離れヘルムスベルグに行くのですが」
「へ?」
知らなかったらしい。まあ公表もしていないが。
「聖女様、ちょっと失礼します」
サビーネは急に立上がり、席を外した。