第20話 聖女様の拷問
ヘルムートさんがヴァルトラントに戻る日が来た。馬車でノイエフォルトまで行くと、そこにヴァルトラントからの迎えが来るという。ユリアは解雇されて以来彼には会えていないはずだ。ユリアには内密に帰国の日を伝えてはあった。ユリアはフローラのお父さまの紹介でとあるお店に勤めていたから、見送りに来れるかどうかはわからなかった。
朝食を終え廊下を歩いていると、折よくヘルムートさんと出会った。
「おはようございます、聖女様」
「おはようございます、ヘルムート様。いよいよですね」
「は、聖女様をはじめ皆様によくしていただいて」
ヘルムートさんはえらく恐縮して、というより平伏しそうな勢いである。
「そんな、私たちはなすべきことをなしているだけです」
「とんでもないです」
いよいよ這いつくばりそうな勢いである。私はヘルムートさんに近づいて小声で言った。
「お国にお帰りになって落ち着いたら、必ずご連絡ください。ユリアに伝えますから」
「ハ、ハハァー」
私はにっこりと笑ってみたのだが、肝心のヘルムートさんは頭を下げたままだった。
「ではまたのちほど」
仕方なく私はそう言って、立ち去った。本当に旅立つときに見送りには出るつもりだったのだ。
いつもの打ち合わせをするため、ヴェローニカ様の執務室に向かう。
「今日はいよいよ、ヘルムート殿が帰還されますね」
私の方から話をふる。
「そうですね、やっとですね」
「先ほどヘルムート殿と顔を合わせたんですが、なんかえらく恐縮されてしまって……」
「それは恐縮とは違うでしょうな」
「どういうことですか」
「いや、私からはちょっと言いにくいかな」
ヴェローニカ様は教えてくれなかった。
打ち合わせ後、退室しようとしたらノックの音がした。ヴェローニカ様が鋭く問う。
「何だ?」
「ヘルムート殿がご挨拶とのことです」
「ああ、そんな時間か」
ヘルムートさんは騎士らしく折り目正しい態度でヴェローニカ様に挨拶した。さらに在室している私達にも挨拶したのだが、なぜか私とは目線が合わなかった。嫌われているような気がしてきた。
考えてみれば私はノルトラントの聖女として戦争に関与し、ヴァルトラントの将兵の死に大きく関係がある。ヴァルトラントは飢饉の末、やむを得ず我が国に侵攻してきた。その企みを挫くのに私は腐心してきた。ヴァルトラントから見れば私は敵そのものだろう。
悲しいがそれが戦争だ。仕方がない。
私はその日の午後、なんとなくしょんぼりと仕事していた。するとユリアがやってきた。久しぶりである。
「聖女様、ヘルムートの見送りに参りましたので、顔を出させていただきました」
「ああユリア、しばらくさみしくなるでしょうけど、がんばってね」
「聖女様、他の誰にがんばれって言われても納得できないと思うんですけど、聖女様におっしゃられるとなんか納得するしかないですね」
ユリアは私が長いことステファンと会えずに我慢していたのをよく知っている。そう考えたら、つい口が滑ってしまった。
「ま、私はヘルムートさんには敵認定されてるっぽいけどね」
するとユリアは笑い出した。
「違いますよ聖女様、ヘルムートは聖女様を恐れてるんですよ」
「はい?」
「彼が捉えられたとき、『聖女様の拷問』をされそうになったって言ってましたよ」
「拷問?」
「はい、殺して聖女様が生き返らせてを繰り返すっていう拷問ですよ」
思い出した。ヘルムートさんを捕虜にして尋問したとき、秘密を守るために自殺する彼を私は蘇生させた。繰り返し自殺を図るのでその都度私は蘇生させた。そのときヴェローニカ様が脅しのために「聖女様の拷問」というのをでっち上げたのだ。
「ユリアはわかってるんでしょ、そんな拷問無いってこと」
「そうなんですか?」
愛する人が去るのにユリアは笑顔を見せてくれる。その笑顔は嬉しいが、笑顔の意味はユリアがそんな拷問が無いということを知っていることを示しているだろう。
「もう、ユリアひどいわ」
「まあまあ聖女様、ヴェローニカ様が国防上、そのままにしておけっておっしゃるんですから」
「しかたがないですね」
私がなんとなく視線を仲間たちに向けると、皆不自然に視線をそらす。ということは、知らなかったのは自分だけだったのだろう。
「聖女様、口、口」
そう言って私の唇をつまんだのはネリスだった。私はクセで、不満があるとき口を尖らせてしまう。またそれが出てしまったらしい。