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第14話 避暑地

「聖女アンは、この夏各地をまわって説教をするということだが、どうなっているかね」

 週1の国王陛下との打ち合わせで、私はいきなり陛下から聞かれた。

 どう答えるべきかまったく見当がつかず、ありのままを話すことにした。

「はい、聖女就任以来戦争にかかりっきりで各地の様子を私は把握しておりません。視察だけしてもしかたがないので説教もしようと考えています」

「ふむ」

「というのは表向きで、実際は女子大の資金を稼ぐため、説教したあと護符とか小物類を販売しようと考えています」

「ははははは、正直だな」

「私には駆け引きは無理です」

「うむ、だから私も率直に言おう、地方に説教に行くのは反対ではない、しかし今年はごく小規模にしてほしい」

 私はちょっとむっとした。

「何故でしょうか」

「理由はいくつかある、まずは、国境地方に集中してほしいのだ」

「はい、国境地方は戦争により荒廃しておりますね」

「聖女アンが資金集めをしたいのはわかる、しかし国王としては荒れた国土の回復に、聖女の力を貸してほしい」

「承知いたしました」

「そしてもうひとつ、聖女アンにしっかりと休息をとって欲しいのだ」

「休息ですか」

 ここで王妃殿下が割り込んできた。

「聖女様、聖女様はいったいいつから働き詰めだかおわかりですか?」

 全く想像がつかない。

「去年の秋、戦争を予見されてから、ほとんど休みなく働かれています」

 それはそうかもしれない。

「ですから私は陛下に、聖女様にはこの夏、ヴァイスヴァルトの離宮で静養されるようお願い申し上げました」

「はあ、ありがとうございます」

 私は気のない返事をしてしまった。すると左の袖が引っ張られた。そちらを向くとヘレンだった。

「あのね、離宮はね、王の家族しか使えないの」

「ふーん」

 王妃殿下が私たちの会話に被せてきた。

「陛下と私は行かないですよ」

 となると誰が行くのだろう。国王ご夫妻はニコニコしている。ヘレンとフローラは呆れたように横をむいている。ネリスだけ変な笑顔だ。


 アホな私も、さすがに事情がわかってきた。顔が赤くなる。

 陛下がおっしゃる。

「病弱な第二王子に、聖女がついていれば親としても安心だ。親衛隊も含め、ぜひ聖女の仲間みんなで離宮で静養して欲しい。全員まぎれもなく戦争の功労者だからな」

 王妃殿下には釘を刺された。

「ただし、男女は別室ですよ。みなさんまだ若すぎます」


 陛下は話を続けた。

「聖女アン、この夏、地方を回ることを少なめにして欲しいのには他にも理由がある。それは政治だ」

「はい」

「聖女アンの、戦争に非協力な地方貴族への怒りはわかる。私もそう思う。しかし彼らには彼らの理由があり、春の段階では聖女の怒りが露骨すぎた」

 領地の人口が何人、戦争へ出した人員が何人と具体的に言ったときのことだろう。私としてはあれでも控えめだったのだが。

「まあまあ、聖女よ。聖女の怒りはわかる」

 顔に思いっきり出ていたらしい。

「わかるのだが、彼らにも理由があるのだ。聖女は日に日に兵が減っていくのに恐怖を覚えたのだろう。貴族達にもな、それを自分の領民がそうなることを予見して、ついつい兵を出し渋った者もいると思うぞ」

「はい」

「お互いに蟠りがある状態で、顔を合わせてもよくなかろう。急がずとも、すこしずつ、各領主と良い関係と築いて欲しい」

「はい」

 気持ちはわかるが、頭を冷やせとの仰せだ。

「私は王だから、政治的に対立する領主がいるのは致し方ない。しかし聖女は違う。国に安寧を、国民に幸福を与える立場だ。理想論に過ぎんかもしれんが、すべての領主と良好な関係でいて欲しいのだ」

「よくわかりました」


 私は反省した。働き詰めで、領主達の気持ちがわからなくなっていた。だから陛下のご提案通り、夏の間は休息を取り、秋になったら各地を回ろう。大学の開設は1年遅れることになるが、それも仕方がない。

 北海道の秋は美しかった。収穫を喜ぶ人々の姿も、冬の前に見せる樹々の色の変化も美しかった。

 北国ノルトラントも同様だろう。私はこの国の姿を、故郷のベルムバッハ、学生として過ごした王都、そして戦地の国境地帯でしか見ていない。冷静な目で各地の人々の暮らしを見てきたいと思う。


「国王陛下」

「なんだね」

「この夏、各地へ赴くことはやめにいたします」

「ふむ」

 私は仲間たちと目を合わせ、急に決めた夏の変更について事後だけど同意を得た。

「まず戦地へ向かい、復興にはげむ方々に会ってこようと思います。それから離宮で休暇をとらせていただきたく存じます」

「うむ」

「秋になりましたら、各地を回りたいと思います」

「大丈夫かね」

「先ほどのお話で、頭も冷えました。できれば戦死者のご遺族ともお会いしたいです。収穫時で忙しいかもしれませんが」

「聖女アン、戦死者の数から考えて、遺族との面会はとても秋には終わらないぞ」

「承知しております。通常の業務もおろそかにできませんので、ざっと1年はかかるかと」

「女子大の設立に支障がでないか?」

「亡くなった方を蔑ろにして、未来はないと存じます。私としては、戦死者を弔い、ご遺族の慰めに少しでもなり、できれば未来を向いていただきたいのです。それ無くしていくら綺麗事をならべても、たとえば次の戦争にそなえることなどできないと思うのです」

「またすぐに戦争になると思うのかね」

「わかりません。幸いヴァルトラントの今年の収穫は悪くないと予想されますが、不作の年もかならずあります」

「うむ、だいたいわかった。夏、秋の予定については、じっくり考えてみて欲しい」

「承知いたしました」

 これでお話は終わりかと思ったら、王妃殿下が仰った。

「聖女様、各地の収穫祭を中心に回られたらどうかしら。民も喜ぶと思うわ」

「はい、そうさせていただきます」

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