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第125話 私達の結婚式

 待ちに待った日が来た。結婚式当日である。仕事と家庭の両立が私たちの重大なテーマだから、昨日まで仕事はしていた。未婚女性としての最後の夜は騎士団で仲間とすごした。ベッドは4つだがいつも2つしか使わず、2人ずつ寝ていた。昨日もそうだったが、いつまでもいつまでも話題は尽きなかった。最初に値落ちしたのはネリスで、くすぐってももう起きなかった。

 友達と寝ることはもうない。これからはステファンと寝る。友人たちも今夜からはそれぞれのパートナーと夜をともにする。そう考えると私は、自分の一つの時代がおわり、つぎのステップに入ることを悟った。


 寝不足のまま朝食、そして団長室でレギーナに面会する。

「今日はお願いしますね」

「はい、ご安心しておまかせください」

 続いて副官のソニアが顔を出す。

「いよいよですね。おめでとうございます」

「ありがとう。しばらく留守にしますがよろしくお願いします」

 結婚式につづく新婚旅行の間のことを私は話題にした。

「はい、お任せください」

「もちろん緊急時は遠慮せず連絡してください」

「聖女様のお祝いごとを邪魔する輩は、おそらく命令なしに聖騎士団の団員に排除されるでしょう」

 冗談であることはわかっている。


 続いて聖女庁へ向かう。ジャンヌ様やマリアンヌ様と簡単に打ち合わせする。実質的な打ち合わせは昨日のうちに終わっており、打ち合わせというより挨拶に近かった。庁舎から出ると、聖騎士団の車列ができており、私は先頭の馬車に誘導された。なんと馬車は4台、フローラ、ヘレン、ネリスに1台ずつ与えられている。どの馬車も真っ白に塗装され、金色の装飾が施されている。宮廷教会で式の後、その4台にそれぞれのパートナーを乗せてパレードすることになっている。護衛の騎士たちの装備もすべて白に統一されており、レギーナをはじめとした親衛隊ががっちりと周りを固めてくれている。すっかり夏を迎え暑いのではないかとも思うが、そのような素振りは誰も見せない。


 ソニアに手伝ってもらって馬車に乗った。馬車では一人だ。こりゃさみしいなと思っていたが、やがてそれは間違いだったとわかる。

 道道では農民が仕事の手を休めて手をふってくれる。

 王都に近づくと、街道には人が溢れている。王都の城門をくぐっても人の数は増えこそスレ減ることはなかったから、街道沿いにいた人たちはわざわざ出てきてくれたのだとわかる。

 私は幸せいっぱいで、手を振り続けた。ソニアからはくれぐれもどちらか一方にだけ手を振ることのないように釘をさされていたから、私は手を振る数を数え二十回ごとに向きを変えた。


 顔面の筋肉が限界を迎える頃、馬車は宮廷教会に到着した。民衆がおしのけられており、私達が通る場所が確保されている。気の毒だなと思って見やると、みな幸せそうな顔をしているので安心した。

 聖女室の会議室に入る。聖女庁設立後も聖女室の施設はそのままにしてあり、王都での連絡室の役割をしている。私達4人がいっぺんに着替えと化粧をする(騎士団には任せられない)ので、それなりの面積が必要なのだ。

 ここで指揮をとっているのはエミリア女官長だ。王宮から引き連れてきた女官たちが私達の着替えを担当するのだ。ネリーも来ていて、自然に手伝っている。


 着替えが終わり化粧に入る前、簡単な食事が出た。コルセットで締め上げられているし、これからの行事のことを考えるとちょっと手が出ない。さすがのネリスもほとんど手をつけられずにいるなか、フローラだけはむしゃむしゃと食べていた。

「フローラ、あんた見直したわ。大物だわ」

 私が言うとフローラは、

「このあとのスケジュール知ってんでしょ。長いよ。食べられるときに食べとかないと」

と言う。

 式ではどうせ神官長が長い長いスピーチとお祈りをする。そのあとはパレードだがそこで何かが食べられるわけはない。

「そうだよね。パレードの間は耐えるしかないもんね」

と言うとヘレンは、

「もしさ、来ている人がなにか食べてたらどうする?」

などという。

「うーむ、ワシが魔法が使えれば取り上げるのじゃが」

とはネリスの言葉だ。私も適当に、

「パレードの道筋付近は出店と飲食禁止にすればよかった」

と言ったら、みんなに大笑いされた。

 笑ったせいか、少しは食べられた。


 化粧が終わったら、会議室にぞろぞろと入ってきた人達がいる。なんと父様と母様、そして仲間たちのご両親だった。みな今日の式にふさわしく、華麗な衣装を着させられている。お互いに挨拶をする。

「アン、おめでとう。ここまでよく、がんばったわね」

 母様の言葉に不意に涙がこぼれた。


 実のところ、私はここまで頑張ってきたのだろうか? 少なくとも心のなかで「頑張ろう」とおもってやってきたわけではない。目の前にあるやりたいこと、やらなければいけないことから逃げず、ごまかさず、とにかくやってきただけだ。そりゃあしんどいこともあった。つらいこともあった。自分はまちがっているんじゃないか、自分は適していないんじゃないかと思ったことは、数え切れない。


 おそらく父様と母様は、教会の仕事を黙々とこなす姿を私に見せ、それにより私の人格を形作ってくれたのだろう。これからステファンと家庭を築き、同じように私達の子を育てなければならない。


 私は時々考えることがある。その人の気持とか考えは、本当にその人になってみなければわからないのでは、ということだ。私もこれからステファンといっしょに家庭を築こうとする段階になって初めて、子どもをもつ心構えを問われた気がした。そんなことをヴェローニカ様に言ったら、またいつものようにフフンと鼻で笑われる気がする。


 宮廷の大礼拝堂まで、父様がエスコートしてくれる。聖女室の建物から大礼拝堂までは屋外を歩く。その外に出る前に仲間たちをみると、可愛いフローラ、美人のヘレン、凛々しいネリスが私と揃いの純白の衣装を着ている。


 外に出ると陽光が眩しかった。夏の式で、またいい天気で良かったと思う。純白の衣装に太陽の光が輝いて、私の本当の美しさよりみんなには三百%増しで見えるに違いない。「聖女様~」という声に混じって仲間たちの名前を呼ぶ声も聞こえる。私達はチームだ。それを見に来てくれた民衆もわかってくれているのだと思う。


 大礼拝堂の中は一転して暗く、しばらくはよくものが見えなかった。目が慣れてくると、礼拝堂にはいっぱいの人がいる。事前に見た資料だと、帝国をはじめとした外国から国王ないし王太子クラスが列席している。戦争をしたヴァルトラントは誠意を見せるためか国王陛下がいらしたのはまあ理解できるのだが、帝国から皇帝陛下まで出席されたのには驚いた。ノルトラントにとっては外交上のチャンスであるし、帝国も我が国が無視できない状態になっていることを示しているのだろう。一瞬頭の中に、帝国女子大などという単語がよぎった。


 父様からステファンに私が引き渡される。父様のお顔もステファンの顔も温かな笑顔で安心する。


 式が始まった。


 神官長が声も高らかに私達8人の名を唱え、この者たちを神に婚姻させてよいかと問う。とくになにも起きなければそれについて神は黙認したとされる。続いて私達が神官長が言う誓いの言葉を復唱し、結婚の誓約をする。

 つづいて国王陛下が、参列者に私達の結婚をノルトラントとして認め、祝福すると宣言する。堂内が歓声に包まれ、私はステファンとキスをした。


 外からルドルフの咆哮が聞こえる。


 パレードをし、晩餐会に出席し、やっと私達の寝室というか、ステファンの部屋に通された。新しい部屋を用意してくれるという話もなかったわけではないが、私はステファンの暮らした部屋を使いたかった。ステファンにとって苦しいときもあったはずのこの部屋を、幸せで塗り替えたかった。


 部屋の応接セットのテーブルには串焼きがのっていた。手をかざすとまだ温かいというより熱い。

「いやさ、パレードの間さ、アンが沿道の人が食べているものの名前、ずっと言ってたろ」

 私は笑顔を振りまきながら、人々が串焼きを食べているとかなんとかずっと呟いていたらしい。

「なによ、私が食いしん坊だって言いたいの?」

 食いしん坊であることは厳然たる事実だが、このタイミングで指摘しなくてもいいのではなかろうか。

「いやいや、これからの時間、一つでも不満があっちゃいけないと思ってね」

 慌てるステファンがなんか面白く、私はひとつ食べてみた。


 新婚夫婦としてなすべきことをなしたあと、ステファンは思い出したように言った。

「ブラックホールに飛び込んでこっちに来たとわかったときはどうなることかと思ったけど、まあなんとかなったね」

「そうね、結局私は幸せだわ。ステファンとは結婚できたし、物理もこれからできる」

 ステファンの胸に寄り添いながら、私はこちらの世界に来たときのことを思い出していた。


 そしてそのまま眠りについた。

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