第122話 聖騎士団
雪の降りしきる日、私は王宮で会議に出ていた。定例の会議である。最近は会議にステファンも出席することが多く、ステファンの補佐としてフィリップが付いてくる。そうなると私の補佐としてヘレンを連れて行くことに自然となっていた。しかし今日の会議は、私のスタッフとしてフローラにもネリスにも、それどころかソニアまで来てもらった。それは今日の議題による。今日の議題はステラ姫の受け入れ先だ。
当初しきたりにしたがってステラ姫はヴェローニカ様から離され、王宮で乳母が育てることになっていた。ヴェローニカ様も最初はそのつもりで、ステラ姫が乳母に渡されたら第三騎士団団長に復帰することになっていた。
先日の会議で、これに私は大反対した。乳母をつけるのには反対はない。ヴェローニカ様が騎士団長に復帰するのにも問題はない。ただ、母子が別々に生活するのに反対した。理屈は後付で、正直感情論だった。
その屁理屈の最たるものは「ヴェローニカ様を仕事と子育てを両立する女性の代表にする」というものであった。私があまりにも親子別生活に反対し絶対にゆずらないものだから、最後は国王陛下が折れた。その段階で深夜になっていたので、ヴェローニカ様親子の受け入れ先は今回の会議にもちこしになっていた。
もちろん私は第三騎士団に来てもらう気でいた。若い女性の集団なのだ、団員たちも大いに乗り気である。いかにしてヴェローニカ様とステラ姫に来てもらうかを息巻く私の人気は、おそらく団長生活で最高値だったにちがいない。ヴェローニカ様の寝室に改造を加え、ミハエル殿下がいつでも泊まれるようにする。多少の部屋替えをして乳母の部屋をヴェローニカ様の隣にする。そのほかいろいろとアイデアが出て、厨房の者たちなど離乳食の研究を始めている。私も何回か試食した。最近の第三騎士団の事務仕事は、ほとんどこのことに費やしてしまった。
会議が始まった。最初っから紛糾した。
陛下は、
「ヴェローニカは王宮に寝泊まりし、第三騎士団に通勤すればよいのではないか」
とおっしゃる。
私は私で、
「国防を担う騎士団団長が通勤ということであれば、非常の際の対応に遅れが出るのではないでしょうか」
と応戦する。やはり第三騎士団にと力説する私に、近衛騎士団の団長を兼ねるマティアス武官長は、
「そういうことならヴェローニカ妃には近衛騎士団にお越しいただければよいのではないでしょうか。次のお子が王子であれば、失礼ながら女騎士団よりは近衛騎士団のほうが望ましいでしょう」
などという。要はステラ姫がほしいだけの屁理屈だから、私も屁理屈で応戦する。
「いえいえ、お言葉通り失礼というもの。先の戦で第三騎士団は他の騎士団に遜色なく戦いました」
今度は医官長が発言する。
「皆様お待ち下さい。近衛騎士団にしろ第三騎士団にしろ、武張ったところで姫をお育てするのはどうかと思うのですが。いっそのこと中央病院にお迎えし、万全の体制でお育てするのはいかがですか?」
「ちょっとお待ち下さいミハエル様。それは聖女たる私や、ヴェローニカ妃が女らしくないとでも?」
医官長のお名前は第一王子と同じミハエル様でややこしいが、ミハエル医官長の失言で、このあとの会議は完全に乱戦になった。
しばらくしょーもない議論が続いた。それを腕を組んで黙って聞いていたステファンが発言した。
「皆様がステラとヴェローニカ殿のことを思い真剣に議論されているのは、ステラのおじにあたる私はとても嬉しく思います。皆様が純粋な気持ちで、ステラの近くにいたいということはよくわかりました。第三騎士団に寝起きしている私としては第三騎士団に迎えたいというのが正直な気持ちです。ですが、ヴェローニカ殿のお気持ち、お考えはどうでしょうか」
私は冷水を浴びせかけられた気がした。ヒートアップするあまり、ヴェローニカ様は当然私と同じ考えだろうと決めてかかっていた。
会議室は静寂に包まれ、やがてミハエル殿下が発言した。
「ステファンと同じく、ステラを大事に思う皆の気持ちはよくわかりました。感謝します。それでヴェローニカの考えですが……」
ミハエル殿下は言葉を区切り、私をまっすぐに見た。
「ヴェローニカは、第三騎士団への復帰にはこだわっていないようです。アン聖女様に今後もお任せしたい、と申しておりました」
ショックだった。かならず帰ってきてもらえると思っていたし、いつでもその任をお返ししても大丈夫なように記録とかはしっかりしていた。その気持は、私のスタッフとしてこの会議に押しかけてきた第三騎士団の面々もおなじだったらしい。皆うなだれてしまっている。
「聖女アン、そしてその仲間の者たち、そなたらがどれだけヴェローニカ妃を大事に思い、その子であるステラも家族のように思ってくれているのはよくわかった」
陛下が話を始めた。
「しかし今いちばん大事なのは、母子が健やかで幸せに暮らすことだろう。環境的には第三騎士団が理想的に準備していることはわかる。だが祖父として王として、大事な姫は近くにおいておきたい。母子を引き離すべきではないという聖女の意見は飲んだ。だから余の希望を飲んではくれんか」
こう言われてしまっては、もう抗うことはできない。他の意見も自然と引っ込み、ヴェローニカ様とステラ姫は王宮で生活することが決定した。
陛下が話を続けた。
「ヴェローニカが騎士団の任から退き、聖女アンが正式に第三騎士団の団長になることに、皆のもの、異存はないな」
異存はあるが、ヴェローニカ様の意思とステラの幸せのためにはしかたがない。
「それでだ、第三騎士団の名前を変えようと思う」
「?」
「第三騎士団あらため、聖騎士団とし、その任務を聖女アンとともに聖なる勤めを遂行することとする。聖女庁はその事務方として、協力してもらいたい」
こうして私は聖騎士団の初代団長となった。ただ、どうしてもヴェローニカ様の部屋に寝起きする気になれず、その部屋はそのままにしておくよう指示した。