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第114話 離宮の護衛

 秋が深まる頃、私達、いや国民みんなが待ち望む日が近づいてきた。それはヴェローニカ様の出産である。女子大の寮では毎朝、毎夕の食事は全員一斉にとる。信心深いこの国だから、食事の開始にはお祈りだが、私はもちろん、全員でヴェローニカ様とお子のために祈った。ときどき祈りに力を入れすぎて食事に手がつけられず、寮生たちには心配され、仲間たちには呆れられた。


 ヴェローニカ様はあいかわらずヴァイスヴァルトの離宮に滞在されている。ミハエル殿下は公務があるので頻繁に王都と離宮を往復しているらしい。私はそのたびドラゴンのルドルフにお願いして護衛してもらっている。多分この世でこれ以上ない護衛である。


 時期的にそろそろかなというとき、定期的に訪れている王宮でミハエル殿下に声をかけられた。

「聖女様」

「殿下、ご機嫌というより、ヴェローニカ様はお元気でいらっしゃいますか」

「ええ、元気いっぱいです。先日は座ったまま剣を振る練習をしていて、私はもうびっくりしましたよ」

「そうですか、それではきっと安産でしょうね」

「そうあってほしいものです。それで聖女様、ちょっとご相談が」

「なんでしょうか」

「いつも護衛してもらっているルドルフですが、次に離宮に行くときは離宮に残るよう言ってもらえないですか」

「いよいよですか」

「医師の話だとそろそろだということです」

「本当に近づいたら、私も参りたいです」

「そうしていただけると、ヴェローニカも喜ぶでしょう」

「承知いたしました。なんとか行けるように準備しておきます」


 ミハエル殿下が奥方とお子様をとてもとても大事にしているのがよくわかり、私の心は暖かかった。ステファンがすっと横に来て、

「兄上にも、あんなところがあるんだね」

と言った。兄弟仲が良いのはいいことだ。私はステファンの手をそっと握った。


 第三騎士団に帰りソニアにその話をしたら、連絡が入り次第いつでも出発できるよう、馬車、人員の割り振りが終わっていた。いつならば誰が行くとか、細かくスケジュールされている。

「これについては、本人たちには通達済みでしょうか?」

 ソニアに聞いてみると、ソニアは軽く笑って答えた。

「整備の者たちには伝えてありますが、騎士には伝えておりません」

「大丈夫なのでしょうか」

「あらかじめ伝えたら、面倒なことになりますよ。とくにその要員に入っていないものは反乱を起こしかねませんから」

「まあそうですね」

「そもそも国防を担う一員ですから、急に出動命令がでて応じられないようなら、それだけで騎士団からクビですよ」

 ニヤッとするソニアの笑い方は、ヴェローニカ様に似てきた気がする。


 ミハエル殿下が離宮に行かれる日、私はルドルフを呼んだ。女子大の前の広場に来てもらった。女子大の学生たちももう慣れている。というよりルドルフは大人気だ。


 私が広場に立ち、心でルドルフを呼ぶ。私が広場に立ち止まっているときルドルフを呼んでいるのはもう知れ渡っているので、学生たちがわらわらと集まってくる。するとネリスとかヘレンとかが仕切ってルドルフが降り立てる場所を開ける。

 程なくしてルドルフがやってくる。

「ウォーン」

 そう一声鳴いて、ルドルフはふわりと私の前に降り立った。

「元気してた?」

 私はルドルフの鼻先をなでながら話しかける。

「ウォーーン」

「で今日も、ミハエル殿下の護衛、お願いね」

「ウォン」

 さっそく飛び出そうとするルドルフを私はとめた。

「ウォン?」

「あのね、今回はそのまま離宮にいて欲しいの」

「ウォン」

「ヴェローニカ様がいよいよらしいのよね」

「ウォウォオーーン」

 ルドルフも嬉しそうだ。

「ルドルフが近くに居れば、ヴェローニカ様も心強いだろうし」

「ウォン」

「本当に近づいたら私も行く。だからそれまでお願い」

「ウォウォオーーン!!」

 やる気に満ちた声を残し、ルドルフは飛び去った。


 ルドルフは飛び去ったが学生たちが解散しない。それどころかチラチラとこちらを見ながら何事か小声で言っている。やがて授業の予鈴が鳴り、学生たちがようやく立ち去った。

 ヘレンが寄ってきて言った。

「あんたうらまれてるよ」

「なんで」

「みんなルドルフ触りたいんだよ」

「ああ、そうか」

「次は気をつけてよ」

「うん、わかった」

 ルドルフは当分ヴァイスヴァルトにいる予定だから、次は結構先になるだろう。その時私はこのことを覚えていられるか自信がない。


 数日後、授業している途中だった。私はルドルフに呼ばれた気がした。授業の残り時間はたいしたことはなかったが、私は残りの授業をきちんとできる気が全くしなかった。

「みなさん、大変申し訳無いのですが、私はすぐにここを出る必要があります。残りの問題は次回の授業でやりますので、今日はここまでといたします」

 私は急いで教室を後にした。背後の教室はしばらく静かだったが、ちょっとで歓声が上がった。私もそのとおりだと思う。

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