第109話 警護体制の強化
入学式では来賓に王妃殿下とエミリア女官長様を迎えており、お二人にはそれぞれ素晴らしいスピーチをいただいた。入学式後、私は第三騎士団の応接室にお二人を招きお礼を申し上げた。
「王妃殿下、女官長様、今日はお越しいただき、また素晴らしいお話もありがとうございました」
すると王妃殿下は微笑みながら仰った。
「聖女様のお話のあとで、私は正直話しにくかったですし、内容も少し変えたのですよ」
「え、そうなのですか?」
「だって私はノルトラントの専業主婦の代表みたいなものでしょう。女性がどう生きるべきかしっかりと考えたうえでその後の選択をせよと聖女様はおっしゃいました。ですが私はもう、流れにのまれたままいつの間にか王妃になっていましたから」
なんと言ったらよいか考えようとしたら、女官長様も発言した。
「そうですそうです。私も目の前の仕事を必死にやっていたら、気がついたら女官長ですよ」
「も、申し訳ありません。お二人のご事情を考えもせす、勝手なことを申しました」
私はどう謝罪すればよいのかまったくわからず、もうお二人のお顔を見ることができなくなった。
しばらくして、王妃殿下の明るいお声が聞こえた。
「冗談ですよ。むしろ感謝しております。私も女官長も、そんな余裕がなかっただけです。若くて余裕のあるうちに、この問題を考えてもらうのはいいことだと思いますよ。そうですよね、エミリア」
「はい、私達の頃はその余裕がありませんでしたが、聖女様のおかげで若い人たちは幸せです」
「はあ」
私の弱い返事に、王妃殿下は言葉をお継ぎになった。
「エミリア、あなたはまだ聖女様とお仕事をご一緒したことは少なかったのですよね」
「はい、殿下」
「それでどうでしたか?」
「殿下の仰るとおり、可愛らしい方ですね。真面目で一直線ですね。ただちょっと打たれ弱いかしら」
「あんまりいじめちゃだめですよ」
「いじめてないですよ。今日またネリーが退職を希望した理由がよくわかりました」
そこにステファンがやってきた。
「母上、アンの様子をみると、アンで遊んでいたのではないですか?」
「そんなことはありませんよ、あなたの大事なお嫁さんで遊ぶなんて」
エミリア女官長は笑い出すし、警護の親衛隊のメンバーは横を向いているし、私はどうすればいいのか全くわからず、とりあえずステファンにしがみついておいた。
ステファンと一緒にやってきたフィリップも発言する。
「王妃殿下、女官長様、聖女様より年上の方々は聖女様をからかってお遊びになる傾向がありますが、若い人がいるときにやったら命がけになりますよ。とくに帝国の聖女候補のカトリーヌとか、ヴァルトラントのオクタヴィア姫とか『聖女様奪還』とか言って戦争を始めかねません」
王妃様のお答えは、
「それはそうですわね、気をつけましょう」
だった。
なんかまだ遊ばれてる気がする。
「フィリップ、『聖女奪還』って何よ。私は帝国とかヴァルトラントのものじゃないわよ」
一応抗議しておいた。
「ま、言葉の綾だけど、もともと聖女は帝国のものだとかなんとか、屁理屈をこねるかもしれないね」
気にしないことにした。
ところがである。その日の夜から私の警護が倍増した。
私は仲間たちと4人部屋で寝ているのだが、そこに必ず一人騎士が室内で不寝番することになった。さらに廊下とか、部屋の下とか常に立哨・動哨がいる。私はそんな第三騎士団長としてそんな命令を出していない。翌日私はレギーナを呼んだ。
「レギーナ、私の警護が増えていますがどういうことでしょうか」
「はい、親衛隊の権限で増やしました。フィリップ殿の許可を得ております」
「必要があると」
「はい」
「レギーナは、私に危険があるとお考えですか」
「はい、まず先の戦争で我が国を勝利に導いたのは聖女様であることは、ヴァルトラントのみならず大陸中に鳴り響いております。さらに精力的に活動され、女子大をつくり、ノルトラントの社会構造を改革しようとしており、それを王室も追認しております。これも広く知られるところで、帝国がカトリーヌ殿を送り込んできたのも、帝国が聖女様の存在を強く意識していることの現れかと思います」
「それと私の危険とどのような関係が?」
「うかつなことにフィリップ殿に指摘されるまで大きな対策をとっておりませんでしたが、女子大を設立し、小数と言えど内部に外国からの留学生を入れることは、警護のうえで脆弱であると考えざるを得ません」
「新入生を疑うと」
「現段階怪しいものはいませんが、怪しいと気づいたときはすでに手遅れと判断しました」
私としては警護など少なければ少ないほどよいと思ってしまうが、レギーナはかなりきちんと考えたうえで警護を増やしている。ここは私が折れておいたほうがよいだろう。
「わかりました。警護はひきつづきレギーナの考える通りに実施してください。ただ、要員に無理のかからないようにお願いします」
レギーナは私から呼び出されてからずっと、かなり緊張した面持ちだった。私が納得したのを見て、やっと表情を柔らかくした。
「戦争のとき、私達の体調を大事にされて、ヘルムスブルクに連れて行っていただけなかったのを思い出しました」
戦争が始まりそうになり、私は国境に近いヘルムスブルクに出張っていったのだが、連日の警護で疲れの溜まっていたレギーナたち4人は休養のため王都に残されたのだった。
「そうですね。あのとき連れて行けとえらい剣幕でしたね」
「ははははは、あの際は失礼いたしました。しかしそのおかげで、親衛隊の最初期の構成員となれました」
「そういえば親衛隊について知らされていなかったヴェローニカ様がお怒りになりましたね」
「まああれは、おいていかれた恨みをお返ししたということです」
「やっぱり」