第108話 入学式
秋が来た。つまり女子大がスタートする。入学式は明後日、入寮する学生および予科生は今日か明日には到着する。学部合格者60名、予科合格者30名から辞退者は一人も出なかった。入寮者は学部からは47名、予科は全員地方出身者にだったので30名全員が入寮する。
寮は2人部屋になった。突貫工事で作ったので内装は壁紙すら無い。部屋の面積も女学校よりも狭い。建築上優先したのは学生の安全と寒さ対策だ。例の子育て中の人だけ、一人部屋になった。正確にはお子さんと二人暮らしになる。
食事は騎士団の食堂を利用することにした。これについては聖女庁の職員も同様である。騎士団の食堂は完全にキャパシティーが不足してしまったので、2回転制になってしまった。
寮には寮監代わりに騎士団から二人ずつ泊まりにいってもらうことになっている。
新入生は朝から断続的に寮に到着する。いろいろな地方から来るのでこれは仕方がない。来るたびに手すきの者が部屋に案内することにした。ネリスが妙にやる気で、手が空いていようとなかろうと飛び出していって案内していた。
それを見て一番呆れていたのはマルスである。
「ネリス先輩、しょうがないなぁ」
それを聞いたヘレンが言う。
「ほんとしょうがないよね、あんたを置いていっちゃうんだから。あんたそれでいいの?」
「いやまあいいですよ。先輩が一番女子大を楽しみにしてましたからね」
そうである。女子大の言い出しっぺはネリスなのだ。
寮生受け入れ・入学式・オリエンテーションと当分女子大が相当忙しいので、男子の仲間たちは全員こちらに出勤になっている。私は毎日ステファンと仕事できて最高なので、何の文句もない。飛び回るネリスを見ながら、近くにステファンを感じながら事務仕事を機嫌よくこなす。
また一人到着してネリスが飛び出していった。
またもヘレンがマルスに問いかける。
「あんたほんと、それでいいの? あんたといるより新入生のほうが大事ってことだよ」
冗談だと思うが、厳しいことをいうものだ。
「まあまあ、いいじゃないですか。僕はネリス先輩が幸せそうなのを見てたらそれで幸せですよ。多分ステファン先輩もそうですよ」
「どういうこと?」
「だって聖女様、昔から物理のこととかになると一直線じゃないですか」
「そっか、それで殿下が文句言ってんのみたことないもんね」
「でしょう?」
「そだね~。なんか納得。わかった?フィリップ」
「はいは~い」
私は微笑ましい気持ちでその会話を聞いていたのだが、なんかちょっとひっかかった。
「あのさ、ヘレンにマルスさ、私がステファンよりも物理を優先してるって言いたいの?」
「え、ちがうの?」
「ちがうんですか?」
「頭きた。あんたら今から特別ミッション与えるわ。二人で入学式に使う騎士団の講堂掃除してきて」
「なんか楽しそうじゃの」
ちょうどネリスが戻ってきた。
とにかく私は、いや私達は女子大を作るという一つの目標を達成し、もちろんこれからの運営が大事なのだがとにかくうれしくて、浮かれていた。
夜には浮かれていたつけが回ってきた。
消灯前寝る支度をする段階で、相性の悪い子と同室になってしまったのか、小競り合いがあった。どっちが悪いということでもないので、仲裁がたいへんだった。
たまたま同室の子が明日着でひとりっきりになってしまった子が、夜中さみしくなったのか泣いた。その子は地方出身者であったのだが、都市で育ったらしい。消灯後ふと窓の外を見たら真っ暗でびっくりしたらしい。ネリスが一緒に寝てやろうと言いだしたのだが、危険を感じたのでフローラについていてもらうことにした。
子連れの学生は、みごとにお子さんが夜泣きした。苦情こそ出なかったが対策は必要だろう。ネリスはこっちの担当にした。体力が有り余っているし、お子さんと精神年齢も近いからちょうどよかろう。
かなり夜遅くなったところで私は第三騎士団の自室に強制送還された。
翌朝騎士団の食堂でフローラとネリスの様子を見たが、二人共みごとに寝不足の顔だった。それを見てヘレンは、
「今夜は私が寮にいるよ」
と呟くように言った。
バタバタと一日がすぎ、入学式の日が来た。
第三騎士団の講堂は、団員全員が入れるだけの規模がある。天井もそれなりに高い。この世界の建築技術では窓など開口部を大きく取れないので中は薄暗い。ちょうど西洋の大聖堂の内部のような雰囲気である。戦闘集団だから華美な装飾はない。しかし命がけの任務もある組織であるから講堂の最奥部には祭壇があり厳かな空間になっている。学生たちにとっても女子大運営側の私達にとっても、最初の日を迎えるのにぴったりの場所だと思う。
入学式が始まった。司会はヘレンがやっている。
「新入生のみなさん、予科生のみなさん。ただ今よりノルトラント国立女子大学第1期生の入学式を行います。はじめに本学の代表でもあるアン聖女様よりお話をいただきます」
友人から聖女様と紹介されると照れてしまいそうだ。
気を引き締めて話を始める。
「みなさん、ご入学おめでとうございます」
まずは普通に祝辞を述べたが、わたしとしてはどうしても言いたいことがあった。
「皆さんの中には、私が学問好きだから女子大を設立したとお考えの方もいらっしゃるでしょう。また、女性の社会における地位向上のためという考えもあるでしょう。どちらも正しいですがそれだけではありません。私達女性は、いかに学問を修めようと、社会が女性の能力を男性と同等と認めようと、避けては通れない問題があるのです」
ここで私は言葉を切り、もういちど出席者を見回した。
「それは出産・子育てです。私もできれば愛する人の子を産み、育てたい。しかし私には職務があります。職務と子育てが両立できるのかできないのか、全くわかりません。それはあなた方についても同じだと思います。私としては皆さんに、なるべくなら若いうちに子をなしてもらいたいと考えています。本来男女が平等であれば女子大など必要なく、高等教育機関を共学にすれば良いだけです。しかし私はこの国に女子大は必要と考えます。職業と子育て、この問題についてこの女子大でしっかり考えていただきたいと思います。そのうえでなら、職業を優先する方、なんとか両立する方、専業主婦の選択をする方、すべて正しい女性の生き方だと思います。それを含め、みなさんしっかり女子大で勉強してください」