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第107話 選考者の覚悟

 選考会議の冒頭、私は選考方針について私の考えを出席者に伝えた。

「面接で低得点である場合ですが、それが年齢や職業など個人的事情であるならば、得点を再考していただきたいと思います」

 これについては、ルドルフ神官長から質問が出た。

「それは具体的にどういうことでしょうか」

「先ほど受験者の資料を見ましたが、面接において子育て中ということで進学に消極的であるというコメントを見ました。もしこの方が、子育てについて女子大側から支援ができれば、本人のやる気もまた違ったかもしれません。女性にとって子育ては、自分の命よりも大事な仕事とも言えます。もしこの受験生が、学問への情熱を持ち続けながらも子どものため諦めかけているのであれば、私としては彼女を支援すべきと考えます」

 神官長様は、

「その事自体は理解できます。しかし入試の時点で心の整理ができていないのであれば、それはそれで仕方のないことなのではないでしょうか」

と言う。

「神官長様のご意見はもっともです。私は彼女を合格させろと言っているのではありません。ただ、もう一度チャンスを与えたいのです。女性にとって職業は、子育てと対立するものであってはなりません。両立というのもまた、我が国では机上の空論に近い。しかし私としては、たとえそれが実現不可能なものであったとしても、できるかぎり理想に近づける努力を怠ってはならないと思うのです」

「では聖女様は、その者が入学したとして、実際に子育て支援の体制が女子大に備わっていると断言できるのですか」

「いいえ」

「子どもに犠牲を強いるのですか?」

「いいえ」

「ではどうするのですか?」

「皆で知恵を絞るしかないと思います。私も努力します。その学生にも努力してもらいます。そして教官や他の学生にも協力してもらいたいと思います。子育ては、女性にとって最も大事な仕事ですから」

 しばらく誰も発言しなかった。


 沈黙を破ったのは、質問をしたルドルフ神官長だった。

「聖女様、お考えがよくわかりました。反対するようなことを申し上げ、もう訳ありません」

「いえ、謝らないでください。反対意見こそがその意見を強く鍛えるのです」

「ありがとうございます」


 子育て中のその受験者は、学力については合否ギリギリのラインだった。志望先は神学部であり、現在はある村の牧師の奥さんだった。本当のところ私の中では彼女は合格だった。私は牧師の娘であるから、下手なことを言えばひいきされているように見える。だから私は沈黙を貫きたかったが、みな私に遠慮して何も言わない。しかたがない。

「皆さん、私の方から彼女のマイナスポイントを挙げます。まず、年齢が若干高い。次に現職が牧師の配偶者だから、女子大を卒業しても学んだことが有効に社会に還元できるかわからない。そもそもその村にはきちんと牧師が赴任しているわけだから。もし彼女が身につけたものを社会に最大限還元させようとしたら、もしかしたら配偶者と別の場所に居住しなければならないかもしれないし、そうすると子育てはもっと大変になる。女子大は国立だから、個人の学問的興味のためにあるわけでなく、国民の福祉のためにあるわけです」

 私はわざと厳しいことをガンガン言った。

 それでも誰も何も言わない。みな付き合いが長いから、私の本当の気持ちがわかっているから何も言えないのだ。私としては賛成者が欲しかった。だれか私の言うマイナスポイントを否定してほしかった。


 しばらくの沈黙の後、アレクサンドラ先生が発言した。

「聖女様、それでも聖女様は、この方を合格させたいのですか」


 私は簡単に返事できなかった。アレクサンドラ先生は合格不合格について、私に責任を持って判断せよと迫っているのがわかったからだ。私は誰かの意見を求めることで、責任をその人に押し付けようとしていた。


 覚悟を決めた。


「はい、合格すべきと考えます。責任は私がとります」


 アレクサンドラ先生はニッコリとされた。

「そのお覚悟があれば、私は反対いたしません。反対しないのではなく、賛成し、責任も共有いたします。みなさんはいかがですか?」

 他の首席者も皆、うなずいてくれた。


 結局のところ、受験者は皆優秀だった。合否の差は、ほんの少しのことでしか無かった。合格者はともかく、不合格者の受ける心理的痛手は相当なものかもしれない。


 もうこうなったら腹をくくって、心を鬼にして選考することにした。


 丸一日会議して、3学部それぞれ定員どおりの合格者を出した。補欠者は出さなかった。そもそも15名で考えていたのを20名に拡大したのだから、若干欠員が出たとしても大きな問題を感じなかった。そのかわり、各学部で12名ずつの予科合格者を出した。早速合否の通知を郵送の指示をした。


 選考会議が終わったとき、外はもうすっかり暗かった。北国のノルトラントで今は夏、かなり遅い時間になってしまった。かなり時間が遅いので今夜はこのまま女学校に泊まることにする。男性陣には申し訳ないが、楽させてもらう。その男性陣はステファンに王宮に連れて行ってもらうことにした。

 別れ際ステファンは、

「今日はお疲れ様、よくがんばったね」

と言ってくれた。その一言だけでもう疲れは吹っ飛んだ。

「うん、ステファンも、ありがと」

 私は思わず両手でステファンの手をとった。


 気がつくと全員が生暖かい視線で私達を見ていた。

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