第104話 入試開始
女学校の卒業式が終わって数日後、入試の日が来た。入試会場は王立女学校をお借りした。地方とか外国からの受験者の一部は、卒業生が出て空いた寮の部屋に宿泊してもらう。女子大のほうは、そもそも教室が4つと実験室しかないし、それも建設中である。寮もやっぱり建設中である。実質的には寮の建設を最優先にしている。教室は最悪の場合、第三騎士団の会議室とか借りるとか手があるけれど、寮はテントというわけにはいかない。
日程は面接を入れた関係で、4日間にわたる。
ペーパーテストの採点は、女学校の教員に丸投げした。そのうえで私達が目を通し、面接結果と合わせて総合的に合格者を決定する予定である。
入試初日の朝、私は女学校の校門に立っていた。志願者たちには悔いのない戦いをしてもらいたい。自分の実力を発揮しきってほしい。なんだったら実力以上の成績を出したっていい。それもまたある種の実力だろうから。
「おはようございます、聖女様」
「おはようございます、しっかりね」
そんな言葉を交わしていたが、やがて校門に立ったのは失敗だったと悟った。
受験生はみなしつけのよい子達(年齢は私より上)だから、挨拶しながら通り過ぎるなんてことはない。王立女学校の子はまだ私を見慣れているからいいが、地方から来た子(知らない顔だからわかる)は立ち止まってきちんと挨拶する。そういうわけで校門前には渋滞が発生してしまった。こまったのだが、助けてと声を上げるわけにも行かない。するとネリスがすっと小声で言ってきた。
「ワシが聖女様の腰のあたりをひっぱるから、その方向に少しずつ後退りしてくだされ。なんとか中庭まで行こう」
そして腰のあたりを引っ張られ、少しずつバックして中庭にたどり着いた。ここなら広くて良い。
受験生がみんな来て人の流れがなくなり、やっと私は脱出できた。
「アイデアは良かったと思ったんだけどなぁ」
と私がぼやくとネリスは、
「まあやってみなければわからんこともあろうて」
と慰めてくれた。
筆記試験は午前いっぱいかかる。昼食休憩後面接スタートになるのだが、それまでの間私は聖女室に行って、事務仕事をすることにしていた。
宮廷教会の一角に間借りしている聖女室はもうすぐ聖女庁に正式に格上げとなり、庁舎は仮ではあるが第三騎士団に隣接して建設中だ。仮庁舎が完成次第、ここの職員のほとんどはそちらに移動する。ただ、聖女のデスクの置いてある部屋と会議室は聖女庁の分室として間借りを続ける予定だ。
その聖女室に顔を出すと、職員たちは皆忙しそうである。部屋のところどころに木箱が置かれていて、聖女庁へと移動させる書類などが詰め込まれている。職員がその箱の中をひっくり返すように探ったりしているのは、当分いらないと思ってしまったものが必要になってしまったのだろう。聖女室で純粋な事務仕事をするつもりでいたのだが、なんとなく箱詰めしたり、逆に箱の中から閉まってしまったものを探したり、そういうことを手伝っていた。
要するに聖女室は混乱の極みにあったのだ。
私はヘレンとネリスを呼んだ。
「あのさ、みんな大変そうだからさ、なんかお菓子とか買ってきてくんない。私お金出すから」
「了解!」
二人は元気に外出して行った。
昼食を取り、買ってきてくれたお菓子を食べ、私達は午後の面接のため女学校に移動した。面接官は2人で1組とする。神学部志望者は私とマルス、ルドルフ神官長と聖女代理ジャンヌ様の2組。理学部はフローラとステファン、ネリスとケネスの2組。法学部はヘレンと第三騎士団からソニア、フィリップと聖女室筆頭マリアンヌ様の2組。面接のパートナーには、私見をはさまないようにするためプライベートのパートナーは避けた。法学部には実務に明るい第三騎士団、聖女室のナンバー2に応援をたのんだ。さらに宮廷から人を借りて、面接の様子を記録することにした。裁判や外交などで記録をとるプロの人を借りてきたのだ。ありがたいことにルドルフ神官長から申し出てもらったので、素直に甘えさせてもらった。
なお、面接の順番は受験者の現住所から決めた。遠くから来た受験者を、面接のためだけに王都に何泊もさせるわけにはいかない。申し訳ない。宿泊費は国庫が負担することになっているとしてもだ。
面接が始まった。遠方からの受験者を優先したので、最初は外国からの受験者となる。
マルスが問いかける。
「お名前をお願いします」
「帝国から参りました、カトリーヌと申します。よろしくお願いいたします」
挨拶を交わし、調査書をざっとみる。帝国の女学校を卒業し、1年間経歴に空白がある。志望動機を聞く前に、軽い気持ちで聞いてみた。
「女学校をご卒業後、1年ほど経歴に空白がありますが、何をされてましたか?」
「はい……」
カトリーヌさんは口ごもった。なんか聞いてはいけないことを聞いたらしい。
「お答えしにくいことであれば、結構です、では」
私は話を次に続けようと思ったのだが、カトリーヌさんはそれを遮った。
「いえ、聖女様。お答えいたします。ただ国家機密にかかわることなので、記録に残さないでいただきたいのですが」
なんかえらいことを言い出した。私は記録係の人に、席を外すよう頼んだ。彼は優秀な文官らしく、嫌な顔もせず、すっと部屋を出てくれた。
「ありがとうございます。実は私、帝国の次期聖女の候補者の一人なのです。女学校卒業後、帝国教会で修行してまいりました。このたび皇帝陛下のご指示でこちらに参りました」
いきなり恐ろしい受験生が登場した。考えてみれば私など成り行きで聖女になったようなもので、聖女としての修行などまったくしていない。こちらが教わりたいくらいだ。
「そうとなるとカトリーヌ様、今のお話はお約束どおり記録には残しませんが、ノルトラント国王陛下にはお伝えしなければなりませんが」
「もちろんです。実は皇帝陛下より国王陛下宛書状をお預かりしています。差し支えなければ聖女様よりお渡し願えないでしょうか」
「承知しました」
マルスが立ってその書状を受け取りに行く。
「ですが合否に関しては、外交的考慮は一切せず、実力で選考いたしますのであしからず」
「もちろん承知しております。皇帝陛下は、ノルトラントの聖女様は歴史に残る聖女となることは間違いないので、きっと公平に見ていただけると確信されていました」