婚約破棄しようとしたらびっくりするくらい誰ものってこなかった話by王子
「単刀直入に言いますと、ニガミス第一王子は婚約者であるティラミシア嬢との婚約を破棄しようと目論んでおります」
さる貴族の屋敷のよく手入れのされた庭園にて、私は対面する青年へ単刀直入に述べた。
「……それは本当か?」
私の報告を聞いて、いまだに信じられないとばかりに嘆息する青年はとても顔立ちが整っており、貴公子然としている。
所作一つだけでも絵画のようで、私のような粗忽女でも気を抜くとついつい見惚れて……いけないけない、話を続けなければ。
「ゴホン。ついでに言うと、王子は聖女である私と新しく婚姻を結ぼうとしているようですね」
「なんだと⁉ お前は立場的には教会の所属のはずだろう。それをロクに向こうへ話も通さずに婚姻など結べば彼らとの関係は険悪なものとなる。殿下はそれを理解しておられるのか?」
――理解しておられませんよ、あのバカ王子は。
という心の声を飲み込んで、私は目の前の貴公子様の憂い顔を眺める。
やっぱイケメンは憂い顔もカッコいいなあ。
「なんなら、婚約破棄と共に、それを今度の学園の卒業パーティーで集まった皆の面前で発表するつもりだとか」
「マジかよおい……」
遂にはぶっちゃけた口調で顔を引き攣らせる貴公子様。
やっぱイケメンは引き攣らせた顔もカッコいいなあ。
「現在はそのための準備をしているようです。具体的にはティラミシア様が私に散々嫌がらせをしていたという証言や証拠を集める、もといそんな事実ないので、適当に捏造している感じで――」
「……あんのボンクラ王子がぁっ!」
もう我慢できないとばかりにブチ切れた貴公子様はこれまで保っていた優雅さなんてかなぐり捨てて、怒りのままにドンと机を叩いた。
やっぱイケメンはブチ切れた(以下略)。
「ええい、殿下は姉上の何が不満だというのだ……!」
姉上。
そう、彼の姉こそが件の婚約破棄を計画されているデザトブルク侯爵家令嬢であるティラミシア様。
そして目の前の彼こそはそのティラミシア令嬢の弟君であるスタード・デザトブルク様である。
「真実の愛に目覚めたとか色々と抜かしていましたが、単に自分よりも優秀で有能なティラミシア様の存在が面白くないだけかと――」
「そんな子供のようなつまらぬ理由で……!」
ずっとお二人の様子を観察してきた私の推察にスタード様はビキビキと額に青筋を浮かべている。
この人も大概お姉ちゃん大好きっ子だからなあ……。
しかし、スタード様は再び怒りを爆発させるようなことはせず、大きく深呼吸をして落ち着きを取り戻した。
切り替え早ーい、と私は感心していると、いきなりスタード様は私の方へと向き直った。
「……一応聞いておこう。リィム、聖女である君は殿下と添い遂げようという気はないのか?」
「いーえ全然」
私はにべもなく切り捨てた。
「そもそも、そんな気があるならこうしてあなたの所まで来ませんよ」
私……リィムは三年ぐらい前まで、平民の小娘であった。
しかしある日、いきなり家にやって来た神父やシスターたちに聖女として見い出され、そのままあれよこれよという間に、気付けば聖女として教会へと召し抱えられてしまった。
この世界で聖女もしくは聖人とは、希少な光属性の魔法の才能に突出した者らの総称である。
私たちはそこで莫大な報酬、もしくは貴族籍と引き換えに、光魔法による結界や魔物除けの護符の作成、回復魔法を使った治癒術師などに携わる役目に従事する。
そういうわけで、私は魔法や礼節といった一通りの教育を受けるため、または聖女としての箔をつけるのも兼ねて、こうして学園に特待生として迎え入れられることとあいなった。
とはいえ、どこもかしこも名門の令嬢令息ばかり、同じ平民出身もいるにはいるが、彼らは彼らで血の滲む努力で特待生の座をゲットして這い上がってきた天才たちだ。
そういうわけで、ロクに話も合うわけもなく、肩身が狭いったらなかった。
「ふむ。しかし、平民の身分から聖女、さらには王族の伴侶となるなど、お前ぐらいの齢の娘たちにとってはまさに夢物語のような話ではないのかな?」
「そんな理由で大恩あるティラミシア様を辱めるような謀にどうして参加などできましょうか」
そんな時、半ば孤立していた私に良くして下さったのが、かのティラミシア様と目の前のスタード様であった。
礼節を教え、気が合わないと諦めていた学園の彼らとの橋渡しまでしてくれた。
そんな二人を裏切り貶めるような真似なんてできるわけがない。
「それに私には聖女としてこの国を守るという使命があります」
さらに言うと、彼女らへの恩を別としても、私だって一応は聖女という肩書の下で国防の一端を担わせてもらっている自覚はある。
それを放り捨てて、ホイホイと玉の輿だぜウエーイと王子の誘いに乗るわけがない。
「ふむ、本当の所はどうなのだ?」
「ただでさえ聖女の仕事だけでもダルいのに、未来の王妃とかやってられっかつうんですよ。マジでプレッシャーと疲労で潰れるわ! つーか、もう部屋で一生ゴロゴロしていたいんですけどおっ!」
――しまった。つい本音がっ……くそっ、なんと巧妙な罠をっ!
「安心しろ。お前の本性などとうに知っている。そうだな。お前は高過ぎる権力よりも普遍的な怠惰を求める女だ。そういう所を私や姉上は嫌いではないし、むしろ評価しているぐらいだ」
慌てふためいている私をよそにスタード様は若干呆れの苦笑を浮かべつつ流してくれた。
もう少しオブラートに包めなかったかとも思うがな、とさらに付け加える彼に、私はここは怒るべき所だろうかと思ったが、色んな意味で藪蛇になりそうだからやめておいた。
「……ついでに、もう一つ尋ねておこう。王子への個人感情とかもないのだな?」
「ないです。そもそもずっと向こうが勝手に言い寄って来ただけですし。……それ以前にあの王子マジで生理的に無理なんですよね。劣等感の塊のくせして努力嫌い。他人を下げれば自分の評価が上がると思ってるフシがあるみたいで、私と会話している時も誰かの欠点ばかり語って、ことある毎にマウントもとってくるし――」
「お前も大分溜め込んでいたのは理解したから、それ以上の自国の王族の悪口はやめろ」
喋っている内に、どんどんボルテージが上がってきていた私にスタード様は手で制する。
こっちはまだまだ言い足りないんですけどね。
考え込む彼に私の方も気になっていた事を一つ尋ねる。
「王子への感情と言いますが、ティラミシア様の方こそどうなのですか? 婚約者である王子が私に言い寄ってきていることは知っていたはずです。何か思う所があったりはしなかったのですか?」
もしも、彼女があのボンクラ王子を本気で想っているのなら、これほど気の毒なことはない。
場合によっては、あのボンクラをぶん殴ってでも矯正させてみせよう。
「知っているだろう。姉上は真面目な方だ。個人的な感情よりも婚約者、未来の妻という役割を優先できる、――できてしまう分、今までそれに徹しようとしてきていたのだ」
その言葉で私は察する。
どうやら杞憂だったようだが、本当に貴族というものは面倒なしがらみが多いなあ。
特にティラミシア様は学園で共に過ごしていた時から思っていたが、なまじ優秀な分、こういう所では不器用な方だ。
「じゃあ婚約はいずれ穏便に破棄するという方向で行くとして、あとはあのバカ王子のパーティーでの婚約破棄を阻止するだけですね」
「バカ王子はやめろ。不敬罪だぞ。……そうだな。そもそも姉上がパーティーに出席しなければいい話だが、それではこちらも腹の虫がおさまらぬ。バカ殿下には痛い目を見てもらおう」
そっちもバカってつけてるじゃないですかー。
しかし、流石というべきか、スタード様は既に色々と対策を講じているらしい。
この人も今回の件は大分腹に据えかねているのだろう。
「何だ、その目は。当たり前だろうが。破棄するのは仕方ないにしてもこんな侯爵家や姉上に泥を塗るようなやり方は侯爵家の人間としても、弟としても、一人の紳士としても見過ごせん」
こちらの視線を見返し、スタード様の言葉に私も頷いた。
結局は私も彼もティラミシア様が好きなのだ。
そういうわけで、同じ思いの下に私たちはそれぞれ動き出すことにする。
目指せ、婚約破棄阻止。
――そんなこんなで一か月ほど飛んで、王子による婚約破棄は阻止されましたとさ。
うん、早い。
当の私たちの方もこんなに早くカタがつくとは思わなかったので、ビックリしてるぐらいだ。
というか、向こうが勝手に失敗したと言ってもいい。
結論から言うと、こんな杜撰で幼稚な計画にはなから誰も乗らなかったのだ。
まず、宰相の息子であるソルト様は『そんな馬鹿な企みに乗るわけがないでしょう』と一蹴した。
同じく騎士団長の息子のプロテン様も『衆人の前で淑女を辱める真似に協力はしませぬ』と拒否。
最後に教皇の息子でありながら、俗物と有名なショユーザも『ティラミシア嬢はお布施を沢さ……敬虔な信徒ですからねー。切るなんて不合理っすわー』と笑いながら言っていた。
その他にもバカ王子が証言や証拠の捏造を頼んだ者らは大体がその場で上の空で返事していただけで、『え。殿下、本気でやる気だったの⁉』と驚いていたくらいだ。
「いやー、殿下ってばビックリするほど人望ありませんねー」
「皆、学園で彼の我儘に振り回されて辟易していたからな。むしろ友人だからこそ乗らなかったとも言えるかもしれん」
なんだか色々と策を考えたり、準備していた自分たちが馬鹿みたいだった。
当のバカ王子だけは直前まで知らなかったらしく、卒業パーティーにて、婚約破棄を宣言しようとするが周りには私含めて誰もいないため、涙目で私たちの名を呼びながら、一人で右往左往していた。
「あそこまでいくと少し気の毒になったな」
「そうですか? 遠巻きに隠れながら様子を窺っていましたが、見ている分には中々に痛快でしたよ」
「お前も大概性格悪いぞ……」
後日、王宮にて正式な手続きにて婚約の撤回が行われた。
その際に、ニガミス殿下は呼び出しを受けて陛下から直々に懇々と説教を受けた。
未遂で終わったからか、継承権を下げられる程度で済んだそうだが、それでも現在いる王族らの中でもほぼ最下位。彼が王位につく可能性はほぼゼロだ。
その性根を叩き直すのも兼ねて王族とも遠縁にあたる辺境伯預かりとなった。
「そういえば、殿下はお前の所へと来ていたな」
「おや、よく知ってますね。確かに一緒について来て欲しいと言われました」
「なんと答えたのだ?」
「いえ、もちろん断りましたよ?」
ズッパリと振ってやった。
むしろ、なんでついてきてくれると思ったのか。重ねて言うが、私と彼の間には何もないのだ。
ついでに前にスタード様に話した内容を本人の前で全て語らせてもらった。
「途中から、膝から崩れ落ちてむせび泣いていました」
「……いよいよ殿下が本気で気の毒になってきたぞ」
「えー、そうですかー?」
お優しいことで。正直、私としてはこれでも生温いとすら思う。
――だってあの男はティラミシア様を貶めようとしたのだから。むしろ命まで取らなかったのを感謝してほしいぐらいだ。
「お前はいつも私をシスコン扱いしているくせして、お前の方こそ人のことが言えないではないか?」
「そうですかね? それよりも今は私の方ですよ。また求婚の話が舞い込んできて参りました」
恋人と噂されていた王子がいなくなった途端にこれだ。
彼らからすれば聖女の血筋というものは、どうしても家に入れておきたいものらしい。
「どいつもこいつも現金というか。困ったものだな」
「そうですね。私にはスタード様という心に決めた方がいるというのに」
「……はい?」
呆れ返っていたスタード様は私の言葉を受けて固まった。
そんなに変な事を言いましたかね?
「私はスタード様と結婚するのですよ」
「二度も言わんで――結婚まで確定している⁉ なんだそれは! 初耳だぞ!?」
「いえ、この一件を機に王家と教会の方でも話し合われまして、聖女が変な家に取られるぐらいなら、王家にも縁があり、信用のおけるデザトブルグ家にでも嫁に入って貰おうと決まったのですよ」
当然、デザトブルグ家のご当主様と奥方様……スタード様のご両親もその会議に参加しており、快諾してくれた。
自分で言うのも何ですが、これでも聖女としてはかなり優秀で、仕事も勤勉にこなしてきましたからね。
お二人とも以前から聖女として公務に励んでいた際に、何度か面識があり、よくしてもらった。
というわけで、経歴も信頼もバッチリだぜ。
水面下で進んでいた私の計画をようやく理解したスタード様は悔し気に呻く。
「き、貴様、最初からそれが狙いだったのかっ! 姉上はっ、姉上はなんと言っている?」
「ティラミシア様ですかい? 『あんな愚弟で良ければどうぞどうぞ』と笑顔で送り出してくれましたぜ!」
「ぐああああああっ! いつの間にか。外堀どころか内堀まで全て埋められていたぁ!」
サムズアップする私を見て、既に味方がいないと察したスタード様は膝から崩れ落ちる。
なんかこの光景、ちょっと前にもどこかで見たな。
「スタード様、あなたが好きです。私と結婚してください! そして私に優雅で自堕落なセカンドライフをください……!」
「後半の本音で全て台無しだぞ! 絶対にお断りだ!」
足早でその場から離脱しようとするスタード様。
逃がすものかと私は追いかける。
「ハネムーンはどこが良いですか、旦那様ー!」
「ええい。ついてくるな! これから私は殿下と共に辺境へ行くのだ!」
この野郎、今さら忠臣ぶってももう遅いぞ。
家柄も最高ランク、見た目も中身もイケメン。この優良物件を逃してなるものかっ。
私たちの恋路はここからだ!