2月30日に産まれて
2月29日に産まれた人が羨ましい。
うるう歳にしか誕生日が来ないことになるから、一日ずらすことができるのが羨ましい。2月28日に誕生日を祝えるのだ。
私の誕生日は2月30日である。
さすがに2日も誕生日をごまかしてずらすことはできない。
ゆえに私はまだ0歳である。
早く歳をとりたい。
さて本来なら今年で69歳になる私であるが、戸籍上は0歳であるので結婚ができない。エロい動画も観られない。車の免許証も取得することができない。
小学校も入れなかった。
就職もできない。ハローワークに行っても年齢条件に必ずひっかかった。
私は呪う。私の産まれた69年前に、人類の歴史上初めて存在した2月30日を。
そして私は愛する。
私はこの世でとても特殊な、選ばれた人間だという気がしている。そんな気持ちにさせてくれる、私の誕生日を。
『2月30日産まれの会』というものがスイスのどこかの都市に存在するらしい。
同じ不自由な境遇を慰めあい、助けあい、気持ちをひとつにして笑いあう集まりらしいのだが、私はそんなものには興味もない。
私はこの世でたった一人の選ばれし者なのだと思っていたい。
この優越感も、この悲しみも、私一人のものとして、オンリーワンを気取っていたい。
だが出会ってしまった。
和子と私は、出会ってしまったのだ。
しいなここみが白いイタチを連れて散歩する公園で、私と和子は出会ってしまった。
ベンチに座って、幼い子供と野球を楽しむ家族をぼーっと眺めている私の隣に和子は座ると、見ず知らずの私に話しかけてきたのだ。
「あなた……世界に一つだけの花ね?」
なぜ、それを知っている? そんな驚きに振り向くと、私と同い年ぐらいの小綺麗なばあさんがいた。彼女は目尻のシワを美しく笑わせると、持っていたナイフで私の胸をおもむろに刺してきた。
「な……なぜ……」
口から流血しながら私がそう聞くと、和子は、優しいまなざしで私を見つめ、こう言ったのだった。
「2月30日に産まれた人間は、この世で私一人だけでいいの」
ほんとうは彼女の名前も知らない。
ただ、『和子』という名前の似合うひとだなと私が思った、それだけだった。