外灯
彼女の住んでいる街は、そこまで都会という訳ではなかった。
少子高齢化の波に呑まれて子どもが減って来ている上に、街の整備もあまり進んでいるとは思えなかった。
彼女、楓が特に実感しているのが、外灯だ。
先々月中学生になったばかりのカエデは、小学生の頃からの友人と帰り道を歩くことが多い。
しかし、部活も本格的になり、帰りは黄昏時。人よりは遠い場所に家があるカエデとその友人たちが帰り着く頃には、人の顔すら判別が難しくなる時刻だ。
だが、それでかなり困ったとはあまり思ったことはないというのが、一般的な意見だった。大通りにはちゃんと外灯が整備されているし、住宅街も通学路には立ち並んでいる。
とは言っても、脇道に逸れた瞬間に外灯は極端に少なくなり、暗く、不安になるというのが彼女らの本音でもあろうが。
ある日、カエデと友人たちはいつも通り部活帰りにまとまって帰り道を歩いていた。主張することが苦手なカエデの他に、まじめなエリカ、運動神経抜群の桜、そして他クラスになってしまった皐月と、その友人であろう二人の計六人。
ちなみに、カエデはその二人の名前も知らない。
一方は何度か呼ばれているために推測はつくが、もう一人はカエデと同じような性格なのか、あまり会話に参加しないし、話も振られない。ゆえに、カエデは彼女の名前を知らなかった。聞く勇気もないため、ずっとその状態だ。
カエデたちが住んでる地域はちょうど二つの小学校の真ん中ら辺に位置している。そのため、隣の家の子が違う小学校だったということも珍しくはない。
だから、二人の顔を初めて見たカエデは、あっちの小学校出身なんだ、と思った。
そして、地元とはいえ新しい環境にストレスが多少溜まったのか、カエデは入学しばらくして体調を崩していた。
学校に復帰した時には、既に部活も違うその二人がグループに加わっており、名前を聞く機会を逃したカエデはついに二人の名前を知り得なかった。
いつもの帰り道、六人はゆっくり話しながら通学路を歩いていた。カエデを含めた二人は主に聞き役に徹し、四人で話題は右往左往している。
しかしながら、思いの外話し込んでいたのか、日はいつのまにか西の山に隠れた。
そこで、六人は少し早足になる。
そのうち、サクラが近道をしようと提案する。
良い道を知っている、と。
正直、カエデは乗り気ではなかった。
今まで使っていたのは車も頻繁に通る大通りで、夜になっても明るかった。しかし、サクラが提案するのは外灯も満足になく、木が鬱蒼と茂る暗い道だ。
もちろん、その道が近道になるのはカエデも知っているし、セキュリティが高そうな豪邸があった。だが、カエデは逆に、その豪邸に苦手意識を持っていた。
まだ新しい通学路にも慣れておらず、軽い気持ちで夕方にその道を使った時。
カエデは豪邸の前を通りかかり、いきなり外灯が光ったことに驚いたのだ。通りすがった猫にセンサーが反応して灯ったのに気付いて安堵の息を漏らしたが、小心者のカエデにはその出来事が深く心に刻まれていた。たとえ遅刻になりそうでも、大通りを通るようにしたぐらいには。
そういう訳で、カエデは反対だった。
しかし、自己主張の苦手な彼女にはそれが堂々と言える訳もなく、また臆病者と言われるのも嫌で言い出すことはついぞできなかった。
そして、一番後ろでカエデは五人についていく。
しかし、両方の靴紐が解けてしまい、急ぎカエデはそれを結ぼうとした。
待ってと頼むも、四人はさっさと行ってしまう。
ようやく結び終わったカエデは心細い気持ちで走り出したが、先に一人だけ待っていた子がいた。
カエデは安堵の気持ちが強かったが、暗がりで顔もよく見えず、どう反応したものか迷っている内にその子が待っている豪邸の前に来た。
その瞬間、センサーが反応し、ぱっと外灯に光が灯った。
びくっ!!! とカエデは驚き、立ち止まるが、すぐに大丈夫と自分に言い聞かせ、再び歩き始めようとした。
だがその時、違和感に気付く。
なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ。
この子にはセンサーが反応しなかった?
このセンサーは猫にも反応するのに。
私にだけ? なぜ? この子には?
先に進んでいた子たちから呼ぶ声が聞こえるが、それはいづれもカエデの名前だけで、もう一人の名前なんて呼ばれもしない。
訳も分からず立ち尽くしていると、その子はカエデの方を向いた。
名前も知らないその子が、見たこともない、満面の笑みを、浮かべていた。