王女はフラグを折る〜フラグクラッシャー王女は民を幸せにします〜
「王国の皆さま、ごきげんよう。フラグクラッシャー王女のベアトリーチェでございます。ホホホ。わたくし、幼少期より数々の本を読んでフラグを学びましたの。民の幸せのため、フラグクラッシャーとして、邁進する所存ですわ」
ホーッホッホ ベアトリーチェの高笑いが学園の屋上に響き渡った。
ピューンと飛んできたカラスが、ポトリと落とし物。
クルリッ、ベアトリーチェは華麗に後ろに一回転。シュタッと片手片ひざをついて華麗に着地する。
カラスの落とし物は、ベアトリーチェが元いた場所にペッタリと。ベアトリーチェは気にも止めずに、側近からの報告書を受け取った。
「ご苦労さま。かいつまんで要点を話してちょうだい」
ペラーっと報告書をめくり、読むのが面倒になったので、説明させることにしたベアトリーチェ。慣れている側近が、淡々と答える。
「第一王子殿下が男爵令嬢とイチャイチャ。婚約者の公爵令嬢が不機嫌になっております」
「婚約破棄イベントを阻止するわね」
「めぼしい夜会は報告書の中にまとめております」
ほーん、ベアトリーチェは夜会の主催者と開催場所に目を通す。ピン、ベアトリーチェはひとつの夜会を指ではじいた。
「これだわ。学園創立記念日。学生だけだし、このときお父様は隣国の第三王子と晩餐会だもの。国王のいぬ間に、婚約破棄を既成事実化するつもりなんだわ。お兄さまめー」
ベアトリーチェは拳を握った。
「いかがいたしましょう」
「そうねえ」
ベアトリーチェは眉間に両手の人差し指を当てて考える。考えると眉間にシワがよりがちなので、シワ防止に押さえているのだ。母からの指導だ。
「夜会で婚約破棄イベントをぶち壊してもいいんだけれど。それよりも手っ取り早く」
ベアトリーチェは男爵家に乗り込んだ。
「ホホホッ、ベアトリーチェよ」
「な、なんと、ベアトリーチェ王女殿下。なぜこちらに!?」
卒倒しそうな男爵家当主の後ろで、くだんの令嬢が青ざめている。
「そちらの、えーっと、ドロボウ、いえ、ドロテアさんがね。わたくしの兄とね、ちょっといい感じになられていましてね。王家の危機でしょう。わたくし、すこーしお話し聞きたいわあーと思いましたのよ」
ベアトリーチェは、成金趣味の客室で、堂々とお茶を飲む。ドロテアは真っ青なまま、何も話さない。
「ドロテア、なんとか言わないか。まさか、殿下といい仲だなんて。なんということを」
「ふたりが本気で愛し合っているなら、このベアトリーチェ、ひと肌脱いでもよいのですけれど。ドロテアさん、本気で王妃になるおつもり? 王妃教育、たいへんですわよ」
ベアトリーチェはブルリと震えた。剛毅な母が、「もう投げ出そうかと思った」と言ったシロモノ。絶対に受けたくない。絶対にだ。
「愛の力で、なんとか乗り越えられるかもしれませんけれど」
ベアトリーチェにとっては、ひとごとだ。ドロテアががんばると言うなら、調整してやらないでもない。
ドロテアは膝の上で手をギュッと握りしめ、ポツリポツリと話し始めた。
「殿下のことは愛しています。私、殿下と運命的な出会いをしたんです」
「ふむ、どのような?」
「初めて学園に行く日、寝坊したんです。パンをくわえて、通りを走っていたら」
「待って」
ベアトリーチェは手をあげて、身を乗り出した。
「あなた、まさか、あの、『いっけなーい、遅刻遅刻』をやったの?」
ドロテアは恥ずかしそうに頷いた。コヤツ、やるな。ベアトリーチェは猛者を眺めるように、ドロテアをウットリ見つめた。
「すごいわ。よく恥ずかしげもなく。感服いたしました」
そこで、ベアトリーチェはハッと息を呑む。
「え、まさか、曲がり角でお兄さまとぶつかったり」
「そうなんです。殿下も、そういう場面に憧れていたみたいで」
ドロテアはポッと頬を赤らめ、両手で押さえる。
「お兄さまったら。分かりました。お兄さまの婚約者と、お話ししてみますわね。もしかしたら、他に真実の愛をみつけているやも」
そうだったら、話が早いんだけどな。そんなことを思いながら、ベアトリーチェは第一王子の婚約者の家に押しかける。
「突然ごめんなさいね。兄のことでお話しがありますの」
ベアトリーチェの前に現れた公爵令嬢エマは、何かを悟ったように長いまつ毛をふせた。
「兄があなたを蔑ろにしているとウワサに聞きました。ごめんなさいね。わたくしが謝ったところで、エマさんには意味がないと思うけれど」
「いえ、王女殿下。滅相もございません。私とアロンソ殿下は、元々あまりしっくりきておりませんでした。いつかこんな日がくるんじゃないかと」
ベアトリーチェはお茶をひと口飲むと、意を決して聞いた。
「虫のいいことを聞きますが。エマさん、他に好きな人とかいらっしゃらないかしら? とても失礼な質問だと思うのですが」
ベアトリーチェの直球の質問に、エマはたじろいだ。しばらくして口を開く。
「実は──」
***
ベアトリーチェは急いで王宮に戻り、父を探しに庭園に行く。
「お父さま」
「ギクーッ」
ボロ服を着て、草むしりをしていた国王は飛び上がった。
「ギクーッって言っちゃうんだ、お父さま。わたくしもいつか言ってみますわ」
「ベアトリーチェ、なぜ声をかける。そこは、見てみぬフリをするとこだろう」
国王は庭師に化けて、王宮の人たちの様子をこっそり見るのが趣味なのだ。この親にしてこの子ありである。
「緊急事態ですから。お兄さまがやらかしそうなんですのよ」
渋る国王を連れて、ベアトリーチェは兄と対面する。ベアトリーチェはバンッと机を叩いた。国王と兄は椅子の上でビクッとする。
「お兄さま、見損ないましたわ。ドロテアさんと運命の出会いを果たしたからといって、今まで真摯に王妃教育に励んでいたエマさんを蔑ろにするなんて。しかも、婚約破棄イベントをかますつもりでしょう?」
「なんだと」
王がクワッと目を見開いてアロンソを睨んだ。
「ならぬ、そんな非道な行い、絶対にならぬ」
アロンソは力無く、フルフルと首を振った。
「婚約破棄イベント、確かにやるつもりでしたが。私がやろうと思っていたのは、一般的なものではありません。私が、皆の前でエマに土下座しようと思っていたのです」
「土下座」
「王子が土下座」
国王とベアトリーチェは呆気に取られた。
「そうすれば、頭のおかしい王子は追放、エマには同情が集まると思って。追放先で、ドロテアとひっそり生きていこうと」
「そなた、手に職もないのに、どうやって生きていくつもりだ」
「考えが浅いですわ、お兄さま。もっと早く、家族に相談するべきでしたわ。でも、まだ間に合います」
三人は頭を突き合わせて、ヒソヒソと話し合う。
***
学園創立記念日の夜会。めいっぱい着飾った若い紳士淑女が会場に現れる。
「お聞きになりまして? アロンソ第一王子殿下のこと」
「男爵令嬢にいれあげていらっしゃるとか」
「んまあ、エマ様という婚約者がいらっしゃるのに」
「ひどいですわ。許せませんわ」
「わたくしたちで、男爵令嬢に意見しませんこと」
「身の程をわきまえなさい。身を引きなさいと」
「いいですわね」
女性たちは憤慨して、決意を固めた。婚約者がいる殿下を誘惑するなんて。信じがたい蛮行ではないか。貴族社会を揺るがす事態。明日は我が身、許すまじ。
鼻息荒く、だが優雅に男爵令嬢を探す女性たち。そのとき、会場のざわめきがおさまった。壇上に国王、王妃、王子、王女がズラリと並ぶ。
「大切な学園の創立記念日に、大事な知らせがある。学園は、同世代の者と肩を並べ、知識を学ぶ貴重な場所だ。そして、愛をみつけるところでもある。私も、王妃と学園で出会った」
国王がエスコートしている王妃の手を優しく握った。見つめ合うふたり。
「このたび、第一王子と第二王子がそれぞれ、学園で真実の愛をみつけた」
エマとドロテアが壇上にあがる。第一王子がドロテアを、第二王子がエマをエスコートして隣に立った。
「皆も知っての通り、王妃教育は時間がかかる。王妃に求められる資質は多く厳しい。本人たちの意向も聞いた上で、王太子は第二王子、王太子妃はエマ。第一王子とドロテアにはふたりを補佐してもらうこととする」
会場がどよめいた。情報が多すぎて頭に入ってこない。
「突然の発表で驚いていると思うが、今日は楽しんでくれ」
王の合図で音楽が始まり、第二王子とエマが踊り始める。第二王子はまだ成長期の途中。エマより背が低い。だが、ふたりは顔を寄せ合い、見つめ合い、幸せいっぱいの雰囲気をあたりに漂わせている。
続いて第一王子とドロテアが静かに踊り始めた。控えめに、ときどき視線を交わし、頬を赤らめる慎ましやかなふたり。
憤っていた女性たちは、なんだかよく分からない気持ちになった。
「わけが分かりませんけれど」
「エマ様がお幸せなら、それでいいのでは」
「そうね、そういうことにいたしましょう」
次々と踊りに加わる男女。ベアトリーチェは踊りを見ながら、ゆったりと会場を歩く。皆の会話に耳をすまし、不穏な空気がないことを確かめた。
「よかったわ。なんとかうまくいったみたい」
そのとき、ベアトリーチェの耳にとんでもない会話が飛び込んできた。
「学園を卒業したら、辺境の騎士団での任務なんだ」
「マジか。彼女はどうするんだ?」
「辺境は危ないから、彼女を連れて行くわけにはいかないだろう。無事に任期を務めたら、王都に戻ってプロポーズするよ」
「おバカさん。なんてフラグを立てるの、あなたは。それ、死亡フラグじゃないの」
急に王女に肩をつかまれ、男は目を白黒させた。
「は? ええ? ベアトリーチェ殿下? フラグって?」
「これは捨ておけません。あなた、今すぐ彼女にプロポーズなさい。わたくしが見届けます」
何が何だか分からないうちに、男は控え室に連行された。ベアトリーチェの側近が、驚いてガチガチになっている彼女を連れてきた。
「さあ」
ベアトリーチェが圧をかけ、男は思わず前に出る。
「本当は任期が終わるまで待つつもりだったんだけど」
ベアトリーチェの威圧がブワッと高まった。
「よければ結婚してください。今すぐ」
「は、はい」
抱き合うふたり。ベアトリーチェは満足そうに頷く。
甘い雰囲気の部屋から出て、ベアトリーチェは意気揚々と歩く。
「今日はいい仕事をしたわ」
婚約破棄イベントを阻止し、死亡フラグを潰したのだ。達成感に包まれ、満面の笑みのベアトリーチェの少し前に、壁にもたれかかったひとりの男。とても見目麗しい、高貴な雰囲気をまとった──
「ニコライ第三王子殿下」
隣国の王子が、王宮の廊下で待ち伏せとは。ベアトリーチェは目を瞬かせる。
「ベアトリーチェ王女殿下、お初にお目にかかります。今日は興味深いものを目にできました。ベアトリーチェ様の発案だとか。あなたは、実に」
「おもしれー女ですか? ええ、存じております。幼少期から、おもしろい女枠でしたもの」
別に自慢でもなければ、卑下でもない。単なる事実。普通の王女は、フラグを折りに王都を駆けずり回ったりしない。
「あなたはとても魅力的だ。まだ婚約者がいらっしゃらないそうですね。私を候補に入れていただけませんか? まずは」
ニコライは優雅な仕草で、ベアトリーチェに手を伸ばす。
指でクイッと
「これが、あごクイ」ベアトリーチェが間近にあるニコライの顔を見上げてつぶやく。
「これが壁ドンだ」ニコライはもう一方の手を壁につき、さらに距離を詰める。
「いいですわね。とても、気が合いそうな予感がしますわ」
「それはよかった」
王国に、喜ばしい知らせが届いた。
人のフラグ折りにかまけて、自分の幸せは後回しだったベアトリーチェ王女殿下に、婚約者が。
「おめでとうございます」
色んなフラグから助けてもらってきた王国の民が、それぞれベアトリーチェの幸せを祈る。
王国は今日も平和だ。
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