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あなたに…私の愛すべきお姉様に最後の手紙を書いています。
良心になんの咎めもない時、誰もがそうであるように、私も冷静に落ち着いています。
ただ、かわいそうな子供たちを残していくのがずいぶん残念です。あなたも知ってのとおり、私は彼ら子供のためにだけ生きてきたのですから。
そして私の良き、優しいお姉様、お願いです。子供たちをどうかお願いします。
さようなら、善良で優しいお姉様、この手紙があなたに届きますように!
あなたの善良な妹シオンより
帝都が革命の炎に飲まれる中、2日前に首を刎ねられた妹からの手紙が届く。あの子に託された子供たちは、あの子が首を刎ねられる直前に目の前で焼き殺された。
無惨なその姿は、目に焼き付いたまま、私も処刑台に登るのだろう。
「懺悔の時間だ、モラド司祭様が来たぞ」
「…はい」
足に繋がれた鎖が音を立てる。心が壊れる音のようだ。
「カトレアや…!何と痛ましい!!」
「…モラド司祭様、私は懺悔することは、何一つございません。」
「すまぬ。善良な修道女であったお主を救えぬ、無力な私を赦して欲しい…!」
「…赦すも何も、最期に貴方様が来てくださったのが、私の救いに御座います。最期に一つ、願いをお聞きいただけないでしょうか。」
「何でも聞こう!」
モラド司祭の言葉に、カトレアは心からの笑みが溢れた。カトレアは隠していたナイフで、髪を切り落し、ナイフと共に司祭へ髪を渡す。
司祭は目を見開き、驚きながらも受け取った。
「ご存知の通り、生まれた時から伸ばし続けた私の髪。この髪を、神であるルティリナス様へ捧げます。明日、私が首を刎ねられるその時に、聖火へ焚べて下さい。」
「…相分かった。そなたの願い、聞き届けた。」
カトレアから安堵の溜息が漏れる。
足の鎖を引き寄せながら、カトレアは最期の祈りの姿勢をとった。
「もし、もし…本当にルティリナス様が、私の長くの信仰をご存知で、此度の騒乱もお見届けで。」
カトレアは言葉を紡ぎながら、嗚咽していた。
「何故、私の愛する兄弟、妹達はこの様な目に合わねばならぬのでしょうか…!貴族というだけで!子供の尊い命ですら、何故奪われなければならないのでしょうか!」
「カトレア!声を抑えなさい!…このままでは即刻首が刎ねられます…!」
モラド司祭は、鉄格子越しにカトレアの肩を揺さぶった。
「解っております。民への重税、度重なる戦争での国庫の破綻…。民たちの皇族、貴族に対する怒りと憎しみ。全て理解しております。」
カトレアは声を抑えながら、それでも静かに怒りを孕んだ声で続けた。
「それでも赦せる理由が御座いません。真の敵を見誤り、貴族と名の付く全ての命を根絶やさんとする、暴徒達。己が得の為だけに、民を焚き付け、害されると恐れ逃げ遂せた愚かな貴族たち。…赦せる道理が御座いません。幾人の血が流れたか。この争乱が始まり、血が流れる度に毎日祈っておりましたよ。」
カトレアは祈りの姿勢を解いた。
「次の生は、幸多かれと。その御霊が安らかに眠らんと。…でも、祈ったところで血は流れ続けている。祈ったところで、神はお救いになってくださらない。だから、私の髪は魂となって神を殺しに行く為の、道具となりました。」
モラド司祭は、カトレアの言葉に反論しようとしたが、その瞳を見て口を閉じざるをえなかった。
「心から祈りを込めて伸ばしてきた、この私の髪。死後、神に仕えるため、天に昇るための大切な黄道。願いも信仰も、祈りも、悲鳴も無視し続ける神など、最早殺す他ないでしょう。」
長く短い沈黙が流れる。
「時間だ。モラド司祭、早く出てください。」
「…わかった。カトレア、この髪は願い通りに致す。」
「ありがとうございます。」
再び、鎖音だけが、牢獄に響く。