第2話 1日目の夜②
愛依が住むことになる離れの家での勉強中、突然の体調不良だ。
「だいじょうぶ? 医者とか」
「いいよ。休んでれば治るから」
そうだ。愛依は医者だった。今月には満16歳になるから、『準々医師』から正式に『準医師』になる。
さっそくだけどさっきの新品ベッドに愛依を寝かせて、僕は1Fで熱いお茶を淹れた。
「ありがと。ふう」
愛依はあきらかに苦しそうだよ。一応勉強は打ち切った。まあまだ新学期初日だから課題とかも無いしね。
彼女のカバンに明日の授業の教科書を用意して、壁にかかった制服を確認して。あと何か手伝う事は? ああ、愛依が苦しそうだとなんだか落ち着かないなあ。
ラポルトの医務室で動けなくなった僕を見て、愛依もこういう気持ちだったんだろうか?
「‥‥‥‥じゃ、あとわたしのバッグ取って。‥‥ゴメンね」
あとはそうね、としばらく考えてから、こう頼まれたのは、愛依愛用のトートバックを持ってくる事だった。彼女は起きだしてバックの中を漁る。
「薬?」
「ううん。違うよ。‥‥‥‥‥‥あああった。大丈夫」
バッグを隅に置く愛依を見る。大事では無さそうだ。
「暑くない? 僕もしばらくここにいるから」
「べびたん勉強サボる口実できたね」
「それもある」
「ふふ」
「あの『授乳室』と真逆だね」
「そうね――」
戦艦ラポルトの医務室。途中から防音強化してくれたけど、隣の食堂の喧騒がけっこう聞こえてきたりしたんだよね。それで個室に移ったんだけど、そこには「授乳室」の表札がついたままだった。僕は嫌がったんだけど、結局最後までそのままだったね。
「そういえば、夕食はどうだった? 賑やかだったからなあ」
僕はさっきの、梅園家の食事を連想した。「ああ、そうね」と愛依も苦笑する。
今日の夕食はちょっと特別だった。愛依が正式に「梅園家の一員」になるという意味合いで、珍しく家の人が全員勢揃いだったんだ。
今まで土曜日だけ泊まりに来てたのは、今日からの予行演習なのと、あくまで「僕の家庭教師で」だったからね。
***
さっき、僕は夕食の会場作りの準備をしていた。
食堂は調理スペースと応接室の壁を動かして広げれば、20人くらいはギリ入る。壁は部屋隅に片付けて、あとは倉庫から予備の机と椅子を運び入れて‥‥と。
あ、麻妃。いつの間にか来てる。どこでごちそう情報得たんだか。食事の支度が終わるこの絶妙なタイミング‥‥‥‥。この食堂、隠しカメラとかないよね。
テーブルが拭かれ、料理が運ばれて、ぞろぞろと人が増えてきた。あ、お手伝いの伊央里さんは帰ったよ。彼女のお仕事は夕方まで。ここで料理を作ってから、それを持って帰って自宅の夕食にしてるんだよ。
梅園博胤(40)「みんな揃ったか?」
稲村野々花(25)第四席「ごめんなさいまだ琉太が。見てきます」
博胤「あと琉太だけか。もう、始めようか?」
梅園梨乃(38)第一席「いいじゃないの。待ちましょう。あなた」
咲見美純(34)第二席「そうですね。愛依さん、ごめんなさいね。もう少し」
逢初愛依(15)暖斗のお相手「あっいえ。わたしは」
大騎(5)琴子の第2子「‥‥‥‥おしっこ」
清水琴子(29)第三席「もう。トイレならさっき行ったでしょ~~」
春音(7)琴子の第1子「大騎は私が連れてく」
琴子「もう後にして~~」
春音「大騎がまん。『いただきます』したら行けるから」
大騎「‥‥‥‥うん」
稚葉(12)美純の第2子「兄様おしょうゆ取って」
愛依「あ、わたしが」
ましろ(18)梨乃の第2子「愛依ちゃん気ぃ使わないで」
ひより(20)梨乃の第1子「そうだよ。今日の主賓だし」
すず(16)梨乃の第3子(‥‥‥‥主賓って何よ)
ましろ「なんか言った?」
すず「い~~え」
ひより「‥‥‥‥まあいいや。それより麻妃。軍のドローンパイロット断ったって?」
岸尾麻妃(16)部外者「え? なんで知ってんの!? ひよりさん。 や、コレには訳が!」
ましろ「港湾の人から聞いたんだよ。ひより姉がアンタを推薦したんだけど?」
麻妃「‥‥いや‥‥‥‥ウチまだ高1なんで‥‥そのぅ」
すず「ひより姉さあ。何もここで今詰めなくても」
ひより「よしわかった後で私の部屋来い!」
麻妃「ひええ。助けてぬっくん」
暖斗(16)美純の第1子「愛依。麻妃は昔からなぜかひより姉には頭が上がらないんだよ。あんな感じ」
麻妃「スルーすんな、おお~い」
愛依(15)「うん。麻妃ちゃんて誰にでも無敵感あったけど。意外」
すず「は~い。ここでイチャるの禁止~」
ましろ「いいじゃん別に。婚前同居者なんだから。疑似夫婦だよ?」
暖斗「すーちん、ごめん」
ひより「うっわ。暖斗に謝られたら逆にキツくね? すず」
すず「うるさい。ここでイチャつくはーくんが悪い」
暖斗「えっとね。梨乃母様のトコのすーちんはね、僕のすぐ上の姉で歳もイッコ上で」
愛依「うん。家族一覧表見たよ。仲いいのね」
すず(だからイチャるなっての)
美純「そうそう。愛依さんは何でも一度見たら憶えちゃうから」
梨乃「羨ましい能力ね。進学先に悩まなくて済みそう」
愛依「いえ。そんな」
野々花「お待たせしました! ――ほら」
琉太(4)野々花の第1子「おくれてごめんなさい」
一同「はいは~い」
翠(2)野々花の第2子「‥‥‥あ!! えいちゃんいる!? えいちゃ~~ん!!」
萌(11)美純の第3子「あっはは。翠。『儀式』が始まっちゃったよ~」
翠「えいちゃん。えいちゃん」
愛依「は~い。でももうごはんよう」
翠「だめ。だっこしてくんないと翠、ごはん食べないもん」
萌「じゃあ大騎くんも『儀式』」
稚葉「萌っ。話を振らない」
大騎「はるとにいたま~~。ぎゅ~する」
稚葉「ほら~~」
暖斗「お~大騎。はいはい。ぎゅ~」
野々花「あ~~なんだかもう。ごめんなさい」
一同「いえいえ」
博胤「うん。じゃあ始めようか。今日から一緒に住む事になる逢初愛依さんです。ちょっと挨拶をいいかな。ささ、どうぞこっちに来て――――」
愛依が上座、父さんの横まできて挨拶をした。別段変わりのない、普通の挨拶だった。そしてみんなが普通の拍手をして。
ああ、すーちんがふくれてたんで、ましろ姉がはたいてたっけ。
まあ、愛依の同居1日目の夕食は、こんな感じだったよ。




