第2話 1日目の夜①
紘和62年9月1日(火)。
応接室でのんびりおやつタイムも終わり、僕は夕食も無事すましてお風呂に入る。
お風呂は男性用と女性用に分かれてる。そして3人が同時に入れるくらいには広い。
けど色々大変だよ。梅園家。全部で15人いるからね。お風呂もさっさと入らないと込み合うん‥‥あっ違う! 愛依を入れて16人だ。
あれ? なんかラポルトの時と状況似てるなあ。アプリで予約制にする?
愛依の住む離れは二階建て、2LDKだ。1Fがキッチンやリビング、2Fが六畳が二間。お風呂は無いけれど、シャワー室はある。――まあ、僕らが「母屋」って呼ぶ食堂とかがある中央の家に行けば、さっき言ったお風呂はあるんだけどね。
その離れの2F、南側の部屋には学習机がふたつ並んでる。昔姉貴とかが使ってたのを譲り受けた物だ。ここが僕らの勉強部屋になってる。そして北側の部屋は――。
「へ~~。ベッドだやった~~」
マットレスの上で飛び跳ねる愛依がいた。今までは週イチで土曜に泊まりにきてたんだけど、正式に今日から「家族」だからね。来客用の布団からベッドになったのさ。
誰かのお古のベッドも探せば出てくるんだけどさ、新婦である愛依のために新調したのでした。逆に今度は週イチで帰省するからね。あっちの寝具は残しておかないと。
愛依はお風呂上がりだから、ホント定番のあの着衣、「防御力の低いキャミソール」を装備中だ。それでベッドの上ではしゃいでるから、迂闊に直視できない。この日常が続くのか‥‥‥‥?
婚前同居1日目。その夜。なんだか僕もそわそわする。
***
「今日からよろしくね。べびたん」
「ああいえ。こちらこそ」
お互い正座して、深くおじぎをして笑いあう。別に昨日と今日で何かが変わった訳じゃないんだけどね。まあ、区切りというか。
「そうでもないのです。べびたん」
愛依はいつものように、人差し指をぴんと立てた。
「『婚前同居』が正式に始まるんだから、その『ルール』を遵守していかないと」
「えー。あの説明じゃあ」
「そうなのよね。かなりの部分が解釈次第で、『自分達で考えて行動しなさい』ってスタイル」
「考えても答えが出ないから訊いたんだけどね、はは」
僕らはふたり、この国家企画の同居システムについて、個別に説明を受けていた。男女で別々なのは、当然留意すべき点や内容が違うから。それはわかるんだけど。
その後、聞いた内容を持ちよって突き合せた結果、それは禅問答だった。
「ふたりで、対象者を互いによく理解し、将来を共に歩むべきパートナーだと思いあえるかどうか、よく話しましょう」
「僕の方でも言ってた。それ」
「それでねわたし、ここで質問してみたの。『それによって将来を誓い合うべきパートナーだとの確信に至った場合、大人と同じ行動をしても良いのでしょうか?』って」
「う、う~~ん。訊いたんだそれ。踏み込むなあ」
「そうしたらね。『愛の形は人それぞれなので、それは各カップルの判断に委ねています。ですが、未成年かつ学生だという自覚を忘れないよう』だってさ~~」
「そっか」
「『つまり、正式に婚姻関係に至った夫婦と同じと解釈して宜しいでしょうか』」
「ぐいぐい行くね‥‥」
「『これはあくまで疑似結婚、婚前同居の説明の場ですので想定の外です。パートナーと関係を進める心情に至った場合は、婚姻を結んでそのルールで判断して下さい』って」
「んん? 僕にはもうわかんないよ」
「わたしもわかんない」
愛依の説明官は女性だったそうで。――まあそりゃそうか。しかし愛依が積極的に質問してるのが意外だ。
婚前同居。ルールや説明を確認したら、かなり曖昧な文言ばかりだったんだよ。「一緒に住む」のは当然なんだけど、その時って予想外の事とか色々起こると思うんだよね。
始まって困るより今の内に訊いておこう、と考えて色々質問してるのに、ざっくりした答えしか返ってこないんだ。僕らも困るよ。「アレは禁止」、「コレはここまでやってよし」みないなルールが明示されないんだ。「良い子であれ」って語句しか出て来なかった。
‥‥‥‥しかし‥‥こういう時って女子って意外と推進力あるよなあ? とも感じていた。
「大切な事だから訊いてるのに。でも質問したからわかったかも。国はこの制度、『わざとこうしてる』わ。グレーゾーンを多めにして臨機応変に運用してる」
「うん。そだね。『ちゃんとした人しか婚前同居に選ばれないんだから、ちゃんとしてよ?』って意思は感じた」
「わかった! 国家公認の疑似夫婦システムを使って、出産年齢を下げてるのよ。それがこの国家企画の裏の、そして真の目的だわ!」
なんか、陰謀論みたいになってきた。
でもそのくらい、婚前同居のルールは規範が少ないというか、性善説に拠ってるというか、当事者の判断しだいの事柄ばかりだった。
すると当然、ひとつの問題に突き当たる。
「疑似夫婦とはいうけれど、どこまでが『夫婦として』可能な行動なのか?」
出産年齢か。確かにこんなイベントの当事者じゃ無かったら、考えなかったなあ。でももう他人事じゃあない。
出産‥‥‥‥‥‥出産かあ。ラポルトで「ベイビー」だった僕が父親になるとか、マジでギャグだよな。でもそっか。愛依は、いや女子って、いざ「そういう事」になったらかなり色々影響でちゃうよなあ。人生のスケジュール、ごっそり変えなきゃだし。
僕も安易な気持ちじゃ、ダメなんだよな。
愛依の新品ベッド堪能の儀式も終わり、婚前同居のルールについては考え込んでもしょうがないという結論になり、僕らは各自勉強を始めた。ここは元々僕らの勉強部屋。今ここに集まっているのもそういう目的。
なんだけど。
「う~~ん。お腹痛いかも‥‥」
「どした?」
「う~~ん。‥‥大丈‥‥‥‥つつ!」
え? 愛依? だいじょうぶ?