第15話 鼻先動物 鼻モゲラ②
離れの1F。僕の目の前の愛依。
「‥‥‥‥いいよね。‥‥幼馴染みって」
「うん。まあね。腐れ縁とも言えるけど」
「あ~あ。わたしもべびたん家のとなりに生まれれば良かったな‥‥」
「まあ、同じ中学ってくらいだから、愛依の家もけっこう近いほうだけれども」
いつも「優等生を演じている」愛依が、ネガティブになってる。
「‥‥顔に出さないように我慢してたんだよ‥‥」
「うん、わかってた」
「だって。あそこでこんなコト言えば『めんどくさい女』になっちゃうもん」
「だったとしても麻妃もすーちんも、愛依を悪くは思わないよ」
「うん、わかってる。麻妃ちゃんは竹を割ったようなサバサバだし。すずさんも『はーくん、ちゃんと愛依ちゃんエスコートしなよ? 婚前同居だよ?』って言ってくれるし。‥‥‥‥わたしがわたしを嫌いになりたくなかった、それでなの」
「そっか」
僕の前でだけ、愛依はこんな素顔を見せる。
彼女は、それを良くないと思いながら、でも僕に話を聞いて欲しいと思っている。
思っている、というか、感情が溢れて止まらない状態だ。
「‥‥でもだめね。‥‥だって。わたしの家じゃ子供番組なんて子供に見せないもん。何だかんだでオモチャとかをねだられるからだって。‥‥だからわたし、べびたんのお隣に生まれてもきっと、あの話題には入れなかった‥‥」
そんな今日の愛依、だけれども。
実は僕は。
「ごめんね。こんな愚痴みたいなこと言って。はぁ。‥‥言った分だけ嫌われるのわかってる‥‥。‥‥でも‥‥」
嫌うどころか、こういう本音の部分が見えることで、なんか「お得感」、「特別感」を感じてたりしてるんだよね? 愛依が「決して人に見せない部分を、僕にだけ晒してくれるから」なのかなぁ。そんな感じ。
これさ、愛依に言ったら、どんな反応するんだろ?
まあ、言わないでおくほうが正解な気はするけどね。
自己肯定感の低い愛依の、述懐は続く。
「麻妃ちゃんてすごいよね。9問正解。あの旅でスポ中コンビが言ってたみたいに『べびたんへの解像度が高い』のよ。DMT戦闘でもずっと相棒だったし、べびたんの長所見出して突撃戦術を運営に提案してるし。あ~~、なんだろう? この気持ち‥‥!?」
それはちょっと、僕もわかる気がする。例えば、愛依と僕を入れ替えてみたら?
僕の前に「逢初愛依のコトなら何でも知ってる」ってオトコが現れたら?
「愛依の脳内当てクイズ」でぼろ負けしたら?
けっこう‥‥ってかムチャクチャ頭に来ると思う。「悔しい」って感情になる。
ああ僕は。敵将ゼノスに実際に言われてるからね。「お前は逢初愛依を知らない」って。
今はもう愛依の実家の事情も、愛依の本心もわかった上で婚前同居してるから、モヤモヤは無いけどさ。
もし僕の目の前で自慢気に「僕の知らない愛依」の話をベラベラ喋られたら、ソイツの口に石突っ込んでからグーで殴れる自信がある。‥‥はは。まさかやらないけどね。
だから‥‥って言うかそういうワケで、僕は今の、愛依の気持ちがよくわかる気がするんだ。
***
2Fに上がって、愛依は部屋着に着替えた。
僕はその間に、第二席家での着替えと冷蔵庫を漁っていた。
この前作っておいた焼き菓子があったから。
愛依のいる「離れ」に、それを持ち寄る。ついでに1Fでお茶を用意しながら。
2Fに上がると、彼女はベッドに腰かけてスマホをいじっていたよ。
「‥‥‥‥やっぱり麻妃ちゃんには敵わないのよね。わたしがいくら超記憶でも。‥‥べびたんが小さいころから一緒にいる人には」
「食べる?」
「‥‥あっ‥‥うん、ありがと」
テーブルにお菓子を置いて、ふたりで一服した。
「あのね、ちょっと気になったから調べてみたんだけど」
なんと愛依は、さっき僕らが話題にしていた「鼻モげラ」を検索していたんだ。
「ふ~~ん。こんなカオしてるんだ。人形劇だね?」
「はは。まあ子供向けだから」
「べびたんの家に来て実感するよ。わたしの家ってほんと、こういう子供向けの色々がすっぽり抜け落ちてるのよ」
甘い物を食べて、少し表情が和らいでいたけど。
でもそうだった。愛依は、こういう普通の子供なら通過したはずの遊びとかコンテンツに、親の事情で触れていないんだった。
いくら「超記憶」でも、体験してなければ知りようもにない。
ちょっと、というかかなり可哀想な気はする。‥‥僕が何かできるなら、してあげたいんだけど‥‥。
「どんな感じなのかな? 鼻モげラ?」
「しなせば~♪ しなせば~♪ 鼻先でしなせば~♪」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥み、‥‥みたいな感じだよ‥‥‥‥」
しまった。
しくじった。
つい、すーちんに振られた時みたいな脊髄反射。
思わず鼻モげラの声真似をしてしまった!
‥‥‥‥こっちを見たまま‥‥真顔のままの愛依‥‥。
離れの2F、ふたりだけの部屋に、なんとも言えない微妙な沈黙が流れる‥‥‥‥!!
「‥‥あ‥‥うん、‥‥‥‥なるほど」
やめてくれ! そういうリアクションが一番キツイ!!
「‥‥えっと。‥‥折角べびたんがモノマネしてくれたから‥‥‥‥。動画で本物を確認‥‥‥して‥‥‥みようかな‥‥」
愛依も部屋の空気を察したのか、ものすごく顔にスマホをくっつけて、タッチパネルを触り出した。
「きゃ!?」
「愛依」
僕は決意した。
「なんで電気消したの!?」
「鼻モげラはモグラの仲間で、地面に潜る夜行性だからね」
「やっぱりモグラだったのね?」
「いや、あくまで鼻モげラは鼻モげラだよ」
「‥‥つまり? んん? えっと?」
場の空気に耐え切れなかったから。
「鼻モげラ。動画なんか見なくても、僕が実演するよ」
「え? ちょっ?」
そのまま彼女を、ベッドの奥へと押し倒す。
「待って!」
「鼻モげラは『鼻先動物』。暗闇で顔のまわりを、『ひんやり鼻先』でつつくんだ」
「ひぁああ!」
「こんな感じ」
「言ってからやってっ!?」
「だめだよ愛依。鼻先動物につつかれたら、静かにやり過ごさなきゃ」
「な、なるほど‥‥『しなせば~♪』って言ってるうちはじっと我慢してやりすご‥‥ひゃああああっ!!」
「騒ぐともっと鼻先でつつかれるよ?」
「‥‥‥‥ひ‥‥ひ‥‥ひあ」
「だめだよ。それじゃあ仲間を呼ばれちゃうよ」
「な、仲間?」
「そう。同じ鼻先動物の『おしょらショコラ』を」
「なにそれ~~」
「考えたら負けだよ。子供番組なんだから‥‥それ」
「‥‥ぐ‥‥ぐぐ‥‥‥‥ひゃあ! やっぱりダメよくすぐったいっ!」
この後明かりを点けたら、「もぉ~びっくりしたんだから!」と少し怒られたけど。
愛依はけらけらと明るく笑ってくれた。
自分でも、とっさに何でこんな行動したのかはよくわからない。
けど結果オーライだよね。この後ふたりで大笑いしてはしゃぎまわったんだから。
若干、力技だったのは認めるよ。
まあなんだ。
高校生にもなって。
鼻モげラ、の知識が役に立つとは思わなかった。
人生って色々なんだなぁ。
※作者注。
「おしょらショコラ」は「鼻モげラ」よりももっと攻めた設計の鼻先動物。
その「ほんのり鼻先」は長さ20センチで、人形劇とはいえ時として演者の服の中に鼻先が入ってしまうので、暖斗くん実演は控えました。
さすがに愛依さんに怒られると思います。




