第15話 鼻先動物 鼻モげラ①
しまった。うっかり。
わたしとべびたんが仲良くしてるところを、コーラさんに見られてしまった。
わりとバッチリ。
彼女は、にっこりとしたとってもいい笑顔で、部屋を出ていった。「私もう来ないから、もう邪魔はしないから」って。
あのコーラさんよ? 天衣無縫を絵に描いたような彼女が、「作り笑顔」をするなんて。ふれあい体験乗艦の時だって一回も無かったのに。あとで‥‥何かしらのフォローをしなきゃ。
‥‥なんて考えていたんだけど。
ちょっと、わたしにとって。
そのことを一時忘れるくらいの、ちょっとしたことが起こってしまったのです。
***
「花もぐら?」
「鼻モげラだよ。耳とか顔をくんくん嗅いでまわる鼻先動物なんだ」
「鼻先‥‥へ、へぇ~~」
紘和62年 10月25日(日)
コーラのヤツが襲来した次の日。夜中から大雨が降ってさ。
明け方には止んだから、僕と愛依は出かける予定だったんだけど。
雨のせいでグラウンドが使えなくなってね。すーちんの部活が休みになったとかで、僕ら4人で町へ行くことになったんだ。
4人というのは、僕と愛依、あとすーちんが誘って麻妃もついてきたから。
目的地まで歩きながら、僕らはナゼか子供のころ流行った幼児向け番組の話題で盛り上がった。さっきの「鼻モげラ」もそう。
ちょうど道に、懐かしい当時のポスターがまだ貼ってあったからなんだけど、ね。
今思えば、変なキャラクターばっかだったなぁ。「鼻先動物」とか、ほぼほぼ意味不明だし。
でもまああのころは喜んで観てたよね。そういう番組を。
「じゃ、はーくん、鼻モげラは?」
「しなせば~♪ しなせば~♪ 鼻先でしなせば~♪」
「ぎゃっはっはっは~~。懐かしいゼ☆」
あのころのキャラを、僕が声真似する。麻妃とすーちんは大笑いだった。それこそ3、4歳の子供みたいに。
‥‥‥‥‥‥いや。知らない人は何のコトかまったくわからないと思うけど、当時は大人気だったんだよ。その年代の子供には。
そして僕は、ナゼかそういうキャラクターの声真似が少しだけ得意だった。
当時からね。
「じゃ、はーくん、モンタロウは?」
「ガンガバスター~~ァッ↗! ブルブルの尾てい骨粉砕~~ィッ↗!」
「そ、その語尾~~っ! はははっ」
「ぎゃっはっはっは! 尾てい骨って当時意味わからずにウケてたなぁ~。ウチらはさ!」
「普通におしりだと思ってた~」
僕と幼馴染の麻妃、そしてイッコ上の異母姉のすーちん、3人でよく遊んだ。あ、すーちんは同母姉じゃないよ。よく間違われるけど。
しかし、こうやってすーちんに振られると、反射的にモノマネできるんだよなぁ。子供のころに憶えたものって、やっぱ忘れないのか‥‥!
「ぬっくんは昔から、こういうの上手かったしな~」
「‥‥‥‥へぇ。べびたんってそうなんだ。‥‥意外」
「はーくん! あれ。あれ憶えてる?」
これ、みんな僕のことを呼んでるんだけど、ちょっとややこしいな。‥‥一回整理しようか?
僕は愛依を「えい」、麻妃を「まき」、すずのことを「すーちん」って呼ぶ。
麻妃は愛依を「えい」、僕を「ぬっくん」、すずのことを「すず」と呼ぶ。
すずは愛依を「えいちゃん」、麻妃を「まっきー」、僕のことは「はーくん」で。
愛依は僕を「べびたん」、麻妃を「まきちゃん」、すずのことを「すずさん」と呼ぶ。
完全に蛇足だけどちなみに。ひめちゃんは僕を「ぬっくん」、麻妃を「まきっち」、愛依を「愛依さん」、すずを「すずさん」と呼んでいる。
ややこしいなぁ。一応そうなった経緯とかがあるから、無駄に複雑化した訳じゃないんだけど。‥‥あ、あと、愛依が僕を呼ぶ「べびたん」、は公式じゃない。僕と愛依、ふたりだけの時の呼び名だよ。さっきも超小声だった。
「はーくん! 女子十二楽恐竜!」
「テテンテ♪ テンテンありきた、リーナ♪ 恐竜! 恐竜♪」
「ぅがあぁおおぉうぅぅ!」
嗚呼。ついに麻妃まで童心にかえってしまった。どうなんだよ? リアルに獣脚類の鳴き真似をする「岸尾麻妃 16歳」って。
まあ僕らは、毎日3人でこうやってふざけてたからなぁ。‥‥そうそう。ひめちゃんがよく言う「なぜなぜな~に」も、当時の知育番組のフレーズだっけ。まあ、たまにはこういうおふざけも‥‥‥‥ん? ‥‥あれ?
愛依。
心なしか、笑顔が硬いような?
ああそうか。さっきからこの3人の内輪ネタばっかだから。
会話の輪に入れないんだ。悪いことをした。
「はーくんはさ、どっちから行く?」
不意にすーちんが訊いてきた。正面のT字路だ。
僕らが向かうみなとデパート方面には、正直右でも左でも大した差は無いから、ちょっと思いついた。
「さあ、どっちから行こうかな? 愛依はどっちだと思う?」
「え?」
いじわるするつもりとかは無かったんだけど、愛依以外の話題で盛り上がってしまったから。ごめんね。
「それじゃあクイズになんなくね? お互いスマホに答え書いて、後から答え合わせとか?」
「お! それい~ね~。はーくんの脳内当てクイズ」
「愛依も参加な」
「うんっ!」
「じゃあ僕が、本屋とゲーム屋どっちに行きたいか?」
「ホットドッグとピザ、食べたいのは?」
歩きながらのヒマつぶしに、気軽に二択を出したよ。スマホに答えを書きあって、ショッピングモールのフードコートで答え合わせをしてみた‥‥ら、‥‥‥‥あれ?
「うおっしゃ~! 9問正解だゼ☆」
「私は半分か~。は。まあ二択だったからね」
「‥‥‥‥あれ? わたしは‥‥」
10問中。
麻妃が9問、すーちんが5問正解だった。そして。
まあ、ただの時間潰しだし、偶然だとは思うんだけど。
愛依の正解は、1問だった。
***
予定した買い物を終えて、みんなで梅園家へ戻る。
麻妃とは、ウチの玄関あたりで別れて。すーちんも、すぐ第一席家へ引っ込んだ。
「‥‥‥‥」
「ふぃ~~」
僕と愛依は、例の離れに入る。
入ると同時に、愛依が押し黙ってしまった。
うん‥‥‥‥何となく察していたよ。
誰も悪くない。‥‥けど、10問中1問正解だったからね‥‥‥‥?
「‥‥‥‥‥‥‥‥ぅう」
がっくりと下を向く愛依に近づく。
愛依のトートバッグが、床へストンと落ちた。




