第14話 コーラの悩み②
「婚前同居なんてみんな散々騒いでるけど、別に普通に住んでるだけじゃん? 港湾のアタシの宿舎のほうが豪華だよ」
「悪かったな普通の民家で」
「そ、そんなことないよ。これだけの敷地に別棟がいくつもあるんだもん。それだけでもすごいよ?」
良かった。コーラさんはアマリア出身。出会ったころは「男性にプレゼントを貰うためには相手の言いなりにならなければならない」くらいのことを信じてるくらい、恋愛リテラシーが低かったけど。
当時からあんまり進歩してないみたい(それはそれで何かごめんなさい)。
言えないよ。
コーラさん、あなたが腰かけてるそのベッドで、よく暖斗くんといちゃいちゃしてますよ、とは。
「ふ~~ん知らなんだ。婚前同居って一緒に住んで勉強することなんだ」
「まあ、人生って日々是勉強だからね。そ、そういう側面もあってだな」
「なるほど。暖斗にしてはマトモなこと言うじゃん。やっぱヨメを娶ろうってんだからね。少し見直した」
「お、おう」
「愛依先生もありがと。あ、ソーラの足引っぱる件はさ、なんかいいアイデアないか考えといてよ」
あ、その方向で確定なんだ‥‥。
「おんなじ高校に行ってれば、なんか情報入ってくるでしょ? じゃ、よろしく~~」
え? わたしがソーラさんの醜聞集めるの‥‥?
何か会話の雲行きが怪しくなったので、わたしが彼女にお風呂をすすめた。
コーラさんは「え? フロ? 行く行く」
わたしが以前お世話になって以来、ナゼか梅園家では「急な来客用お風呂・浴衣セット」という旅館のアメニティみたいな装備が常設されていた。しかも女子用のみ。
それを持って中央棟へ向かったコーラさんを見送って、べびたんと緊急会議をする。
「なんかコーラのヤツ、誤解してね?」
「うん。というか、婚前同居をそもそも理解してない」
「あ、そもそもってなら、結婚とか交際、も理解してるかアヤシイ‥‥‥‥」
「だよね。どうしよう。昨日の今日だし。『アナタが腰かけてるそのベッド。ちょうどそのあたりでわたしとべびたんは顔を近づけて遊んでました』って‥‥言えないよ」
「言う必要は無いけどさ。というか、コーラに正確な情報出してもなあ。アイツ意味もわからず周りに言いふらすだけだし」
「同意、ね」
「だけどさあ。ちょっと笑えるよね? コーラの座ってたあたりでちょうど」
「ふふ。昨日まさに、わたしたちの唇がニアミスしてました」
「コーラさんのお尻があったのがここ」
「えっと。僕がこんな感じで寝てて、腕をこう出して」
「あ~。べびたんの腕見てたら、巻きつきたくなっちゃった。えい」
「おっと」
「‥‥‥‥やっぱりべびたんの上くちびるは、こしょこしょするね‥‥」
「あ、剃るの忘れた」
「剃るの?」
「うんまあ。たま~になんだけど、少し太い毛が生えたりするから」
「そうなんだ。だんだん男の人になっていくんだね。そうなったらこしょこしょじゃなくてちくちくするのかな‥‥?」
「するんじゃない‥‥‥‥あ、鼻に当たった」
「当たったね。べびたんの鼻にちゅーするみたいになっちゃった。あ、鼻にちゅーするのって、婚前同居のルールに抵触するかな?」
「止めといたほうが無難じゃない? 普通に結婚前の人が、鼻に口をつけたりしないよね?」
「でも恋人同士だったら、する人はいるんじゃない?」
「いるのかな? いくら恋人だからって、わざわざ鼻? なんの意味があるんだろ? 無いよなあ」
「わたしはしたいよ。ほら」
「うひゃぁ」
「うふふ。こうやってべびたんのカオを見てるとね、とっても幸せ。とってもしあわせなの」
「それ鼻と関係ある?」
「じゃあこうしましょう。昨日みたいに鼻は『ニアミス』しただけ。たまたま当たっただけ。婚前同居的にセーフ。むちゅ~」
「おもいっきり口に含んどいて、『ニアミスでした』はムリがあるよ~~」
「ずっとこうしていられるわ。ずっとこうしていたい」
「でもさ、僕のヒゲもそうだけど、愛依もだんだん大人になってるんだよね」
「えっ。それって?」
「僕の鼻に来る時の愛依は、けっこう無防備だったよ?」
「え~~どこが? どこが?」
「教えない」
「やだぁ」
「おっと。逃がさないよ。『ず~っとこうしていたい』んじゃ無かったの?」
「や。べびたんのえっち!」
「うわ。そんなん生まれて初めて言われた‥‥‥‥」
「えっち。えっち。ヘンタイ!」
「本当に言うんだ女の子。‥‥あ‥‥ヘンタイは前に言われた気がする」
「言ってないよ。わたしが『ヘンタイとかって言って冷やかしてくる人はいるもんね』って言ったのよ。紘和60年の7月29日の午後4時15分ごろ」
「つまり?」
「べびたんの初陣で、初めて医務室に来た時よ」
「あ~~後遺症。ミルクを飲む飲まないで‥‥」
「揉めてた時よ」
べびたんは基本、わたしの「超記憶」能力を理解してくれている。
大仰に反応せず、「普通の人だったらどう言い換えたらいいか?」のトスを上げてくれる。
それが、わたしにはとっても心地いい。‥‥待って。‥‥そうじゃなくて!
「放して。話題が逸れたよ? わたしどこか変わった? べびたん」
「う~ん。色々‥‥かな? だって初めて腕まくらしたのが、中二の時だし」
「太った?」
「太ってないよ。ってか太ったの?」
「黙秘します」
「あ、体重は増えたのか。‥‥でも太ってはないよなぁ」
「どゆこと?」
「大人っぽくは、年々なってるよね」
「そう?」
「‥‥‥‥例えば‥‥‥‥この辺とか」
「ひゃ!」
「あと‥‥このへ」
「今おしり触った。えっち。べびたんのえっち!」
「愛依」
「なに」
「愛依が僕の鼻に食いついてた時、もう触ってたんだけど? ほら、愛依が上ずった分、腰の手が下にスライドしたから」
「え?」
「うん」
「気がつかなかった‥‥」
「だろうね。それだけ鼻に集中してたんだろうね」
「もう一回試していい?」
「いいよ」
「むちゅ~‥‥‥‥」
「ほら」
「あ、ほんとだ。‥‥‥‥べびたんの‥‥‥‥えっち」
「大人っぽくなったんだよ」
「そ、そう? ‥‥‥‥じゃ、なくて待って。べびたん、さっきもう一か所『この辺も』って言おうとしてたでしょ?」
「うん。さすが『超記憶ギフト』。憶えてたか」
「誤魔化さないでね」
「うん、え~~と。それは‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥やっぱりそこだったのね。べびたんのえっち」
「感覚的にそんな感じが」
「視覚的に、でしょ? 確かにサイズアップしました。でもウエストは死守してるよ」
「やっぱそうか」
「でもさすがに、ヒップみたいにいきなり触らなかったのは、セーフです」
「そりゃまあ。あ、『セーフ』って、婚前同居的に、ってこと?」
「それもだけど、そもそも的に、です」
「あぶなかった。もし指が当たってたら愛依、明日から口きいてくれなかったかもだったのか」
「そんなことないし‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥ダメじゃ‥‥‥‥ないけど‥‥‥‥」
「え?」
「い、いきなりはダメよ」
「それって?」
「あ゛~~~~!!!! ゴホン!!」
部屋の入り口には、湯上りのコーラさんの姿。
「‥‥‥‥え?」
「コーラ?」
立ち尽くしている。‥‥‥‥気まずそうに。
「‥‥‥‥コーラさん? 一体いつから?」
「‥‥‥‥婚前同居ってさあ。‥‥‥‥こういうことなの?」
「そ、そうだコーラ。俺さ、ソーラさん貶める案、本気で考えるよ。一緒にアイデア出そうぜ。なあ!」
「わ、わたしも協力するよ。え~と、わたしは悪だくみは思いつかないから、ほ、ほら、東校で情報集めてくる! ね?」
固まったままのコーラさんは、顔を上げなかった。
湯上りの肌が艶やかで、彼女の引き締まった身体を、いっそう健康的に見せていた。
「あはは。もういいよ。アタシの悩みは無くなった」
棒読み。凍りつくベッドの上。
「もういい。ソーラのことなんて、本当にどうっ~~~~っでもよくなったから」




