第14話 コーラの悩み①
「へぅ~~~~ん」
紘和62年 10月24日(土)
珍しく考え込むような声。
土曜日だった今日は、わたしもべびたんも一日バイトだった。
そのべびたんのバイト先、ケーキ屋さんの「シェ・コアラシ」に、珍しい人が来店したそう。
「どした? コーラ?」
べびたんが声をかける。一応心配そうに。たぶん彼は本気では心配してないから、「一応表面上は」なんだけど。「どうせしょ~~もない悩みなんだろ?」って、カオに出ちゃってるよ? べびたん。
コーラさんは今日、一日休暇だったんだって。夕方フラッとべびたんの店に顔を出したと。
それで、バイトが終わったついでに、べびたんが家に連れてきたんだって。
「実はさ」
梅園邸の離れの2F。夕食を一緒に食べてから、わたしの部屋に3人で集まっていたよ。
「愛依先生の東校にソーラ、通ってんじゃん?」
コーラさんはちゃぶ台のお茶をひと口飲んだ。
東校、というのはわたしが通う「県立れんげ東高校」。一応この学区ではトップの進学校。
べびたんとコーラさんは二番手の「県立みなと中央高校」に通っている。
アマリアの元武娘ツートップが、同時に本土の高校に留学してるんだけど。
蛇足だけど、微妙に過程が違うのね。
コーラさんは、ガンジス島戦役終了後、紘国軍にスカウトされDMTのテストパイロットになって。
その上で「お勉強も必要」ってことであの三人娘のいる「防衛大学校附属高校みなと校」に編入。そこからの交換留学生、って形で「みなと中央」に通ってるよ。週2回だっけ?
ソーラさんはスカウトが無かったのでアマリア軍に残ったんだけど、そこ所属のまま、アマリアと紘国との交流事業で「れんげ東」に留学したよ。彼女は座学も優秀で、普通に受験しても東校には受かる学力だったし。
留学の経緯や理由は色々あるけど、求める理由はこれに行きつくと思う。
「ラポルト16と一緒に戦ったパイロットふたりにも青春を。紘国という国を知って、同世代の若者同士絆を育んでほしい」
あ、ちなみに紘国~アマリアの交流事業はこのふたりだけじゃなくて。
他の武娘候補の子も、河守高校とかに来ているよ。
これは、武娘制度からの転換を図るアマリアの思惑もあるかも、だわ。
で。その東校に通うソーラさんが、どうしたんだろう?
「アイツさぁ。高校で大人気らしいじゃん?」
「そうなの愛依?」
「うん、そうだねえ」
確かにそう。コーラさんが中央に来るのとほぼ同じに、ソーラさんは東校に編入してきていて。
確か一年八組だよね。
「男子にも人気で、女子にも人気。特に女子は取り巻きの子たちが、アイツの周りに常駐してんだよ。何人も。アイツ勝ち誇ったカオでこっち見てやがった。見返したい」
「「‥‥‥‥‥‥‥‥」」
やっぱりコーラさんの悩みは、しょ~~もなかった。
「‥‥‥‥はぁ」
べびたんのため息。
***
「で、見返す、ってどうするの? ソーラさんより取り巻きが増えればいいの?」
「いいや、アタシの人気よりソーラの人気が落ちる形でもいい」
「普通にクソだな‥‥!」
「とにかく、ソーラのドヤ顔を潰せればいいんだ。愛依先生、何かいい案ない?」
「そんなしょ~~もないことに愛依を巻き込むなよ‥‥」
ソーラさんの人気の発端は、やっぱり「ふれあい体験乗艦」にあった。その帰港時の記者会見で、女性蔑視発言をしまくる記者さん。あのおじさんに颯爽と啖呵を切ったソーラさんは、未だに動画の再生が伸びている有名人なのです。
特に女子に人気。あの会見以来少しずつ世の中の空気が変わって、女の人が男の人に意見を言いやすい世の中になって来てるから、なおさらだよね? 顔バレもしてるし。
「あ~~アタシも、DMTの周りを飛ぶKRMみたいな取り巻き欲しいな~~」
コーラさん? 例え方が悪いよ?
「いいじゃんコーラだって、中央で男友達たくさん作れば。ってかもういるし」
「は? 甘いな暖斗」
「何だよ?」
「アタシが欲しいのは女の子の取り巻きなんだよ。男子と一緒にサッカーやっても、それじゃソーラは羨ましがらないし」
「愛依、どうしよう? 俺もうめんどくさい」
「あはははは」
「【悲報】、暖斗、使えないヤツ認定」
「うるせえよ」
コーラさんは、この頃べびたんのことを「暖斗」と呼び捨てにするようになっていた。
これも随分世の中の空気が変わってきた証し。
それ‥‥つまり、「ビフォーアサジタみたいな、男女の地位意識がまだ平等だった世界」‥‥を望むべびたんが言いだして、コーラさんもそれに乗った。中央では彼女は他の男子にも「呼び捨て」をしてるらしいし。
べびたんはあの記者会見以来、そういう世界を標榜して、少しずつでも何かを変えていこうとしていた。
元々ボーイッシュで運動大得意なコーラさんは、高校で体育系男子とすぐ意気投合した。竹を割ったような性格も、それを後押しした。だけど。
「‥‥愛依先生、‥‥暖斗くんのこと、『暖斗』って呼ぶことになりそうで」
コーラさんはこっそり、わたしにこのことを相談してきていたよ。
「本当は少し繊細で、人の顔色を気にするタイプだけど、それを隠す意味でも表向きは強い態度を取りがち」
というのがべびたんの「コーラさん評」だった。うん、わたしもそう思う。
っていうか咲見暖斗くん? コーラさんのこと、けっこう正確に詳しく把握してるよね? あれれ?
「ね? ところでさ」
「オマエからハナシ振っといて話題変えんのかよ‥‥」
「いいから。アタシは愛依先生とハナシしてんの。で、先生?」
「な~に?」
「婚前同居ってさ、ここで何やってんの?」
「えっ‥‥‥‥? あっ‥‥えっと‥‥」
「べ、勉強とかだよ。何だよ急に」
「ふ~~ん。暖斗には訊いて無いけど」
「‥‥‥‥」
「ふ~~~~ん」




