表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/34

第13話 その名はアントルメⅢ②





「今日は何時までココに居てくれるの?」

「え? 何その質問? ‥‥まあ勉強するとして、23時くらいまではオッケーかな」


 べびたん特製お誕生日ケーキを食べたわたしは。


 どうしてもどうしても、べびたんと離れたくなくなってしまっていて。


「ちょっと寒いかも」

「じゃ、暖房入れようか?」


 空調のリモコンを手に取った彼を、わたしが止める。



「ね? おふとん入りたいな。秋も深まってきてるし、人肌のほうがあったかいよ」

「べ、別にいいけどそれ、『寒いから』が理由には‥‥?」

「え? 入ろ。早く早く」


 わたしはべびたんの背にぽんぽんと軽く触れて、追い立てるようにベッドへと誘う。


「じゃ」


 彼は少し顔を背けながら、腕まくらの姿勢になってくれた。


「うふふふ」――――おへその奥でイタズラするくすぐったさに身をよじながら。

 わたしはベッドに入ろうとして、伸ばした手をピタリと止めた。


 制服姿だった。


「ちょっと待って。着替える」

「今? ここで?」

「うん‥‥‥‥そのつもりだけど」


 タンスから、もこもこショートパンツを取り出すと、部屋の隅、べびたんから死角になる場所で、ぱぱぱっっと着替え始める。


「こっち見ないでね?」

「見ないよ!」


 下からもこもこパンツを穿き、スカートを脱ぐ。上は下にキャミ着てるから、セーラー服を脱ぐだけでオッケー。


「どうしたの愛依‥‥‥‥?」




『愛依、気をつけな。血液型の性格判断てな、医学的には否定されてんだが』


 戸惑う様子のべびたんの声に、わたしのお師匠様(メンター)の言葉が頭をよぎる。



「オマエさ。けっこう丸わかりなんだよ。婚前同居(コハビ)が始まってから、ずっとガードが緩いぞ? それO型女子の特徴らしいからな、気をつけろよ?」


 なんて小児科長(せんせい)に言われたっけ。あんまり自覚ないけど?


 そうなのかな? 小児科長(せんせい)が言うのなら。

 そうなのかもしれないけど。



 でも、何だか止まれない。



「で~~~~んっ」



 セーラー服をハンガーに掛けて、ベッドにダイブした。カサカサと乾いたシーツは、まだひんやりと冷たい。

 べびたんの身体にたどり着いて。腕に顔を乗っけて。

 いつもみたいに素早く位置決めをして。


 そのままぎゅ~~~~っって彼に抱きついた。


「ぉっ!?」


 彼は強ばる。驚かせちゃった。


「だって。うれしいんだもん」

「そう?」

「うん。おいしかったんだもん」

「それは良かった‥‥‥‥けど」

「うふふふふ」


 もっと抱きつく。もっともっと。

 彼も、穏やかな笑みで抱き返してくれた。男の力で。


 見つめあう。




 わたしは、べびたんの顔に首を伸ばした。













「うぉ」


「ふふ。べびたんの上くちびるって、少しだけくすぐったいんだね? どうして?」


「そうかな? あ、ひげかな?」


「うん。ほら。‥‥‥‥指でさわってもわかんないけど、唇で触れるとよくわかるよ? 少しだけ、うぶ毛がこしょこしょしてくすぐったいもん」


「愛依の口はまだ生クリームの香りがするよ。うん。このブランデーの香りは、確かに僕の配合だ」


「やだぁ」


「えっと今のさ‥‥唇が当たったから‥‥その」

「えっとね、今のはちゅーじゃないよ?」

「違うの?」

「たぶん。じゃれたら重なっただけだよ。ちゅーはもっと違うんじゃないかなぁ」


「そっかな~。けっこう今唇が重なった感じだったけど?」

「今のはね。わたしがべびたんの顔にすりすりしたからだよ。ちゅーはね、もっと違う雰囲気よ。だって唇をくっつけるつもりで重ねるんだもん」

「そうなのか‥‥‥‥」

「うん、たぶん。だから婚前同居(コハビ)的にはセーフ!」


「いや『たぶん』て。愛依だって知らないくせに」



 わたしは、ただべびたんに甘えたかっただけだった。

 けど、彼は少し違った捉えかたをしてたみたい。



「でも愛依、ケーキ食べて喜んでくれるのはうれしいよ。そういうキモチなのはわかったけど。簡単にオトコの顔に自分の顔を近づけたらダメだよ?」


「‥‥‥‥。べびたん以外の人にはぜったいやらないよ?」



「‥‥‥‥」


「‥‥‥‥ごめんなさい」


「桜木先生が言うには、『熱心なのはわかるんだが』って」


「‥‥‥‥うん。わたし、いつも小児の患者様とおはなししてるのね」

「うん」


「相手が小っちゃい子だから、その時はものすっごく顔を近づけたり、おでこが当たるくらいでコミュニケーション取るんだけど。その感覚を引きずったまま他の人にご説明をしたりするのね。だから‥‥」

「うん」


「確かに、気がついたら割と顔が近かったりするのね。小児科長(せんせい)からは『50センチ以内はパーソナルスペースなんだぞ?』ってよく釘を刺されるの」


 患者様の状況説明や今後の治療の方針、そういうものの説明に集中するあまり、わたしは話す相手に近づきすぎちゃうクセがあるみたい。


 みたい、というのは自覚がないからよ。幸いわたしは女子でも少し小柄だし、近づかれても今まで問題は起こってないけれど、やっぱり適切な距離ではない。

 そしてそれはバイト、医者としての時だけだと思ってたんだけど。


「ちょっとした時なんだけど、相手の間合いにすっと入る時があるんだよね? 愛依って。オトコからしたら、少しドキッとするよ。僕もほら、『ふれあい体験乗艦』の時に医務室で何度もあったし」


 暖斗くんにも言われてしまった。



「愛依ってさ、自分のことを無価値だと思ってない? だから簡単に他人の間合いに入っちゃうんだよ。『どうせわたしは‥‥』って。『わたしなんて誰も見ていないから』って、悪い意味で警戒していない」



 自覚はあるかも。自分のことを無価値だと思うからこそ、「相手は自分に関心が無い」、「だからわたしが近づいても、相手も何も思わない」って思考になりがち。

 だから敵兵に捕まった時も、どこか投げやりだったし、船を降りて人生を辞めようかとも考えてしまった。

「電車の一件」、「陰キャ時代」、遡ればするほど、その傾向があった。




 男子に生まれなかったわたしは無価値。



 母から受けた呪いは、この16年間でも完全には消えない。




「でもね」


 べびたんに抱きしめられた。彼の両の手が熱い。


「いいじゃん愛依。愛依の価値は決めたよね、僕がもう。‥‥16年そうして生きてきたんなら、変わるのにも16年かかるかも。‥‥ならこれから16年、僕が大事にするよ。それでもまだダメだったら、僕がまた大事にする。それでいいよね?」


「‥‥‥‥うん」


 わたしは、彼の腕の中に顔をうずめた。



 ああ。



 無限の熱は。ただ。





 わたしの心を鋳熔(いと)かしていく。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ