第13話 その名はアントルメⅢ①
紘和62年 10日23日(金)
あれ? ひと月違う? ううん。そんなことないよ。
今日は、暖斗くんがケーキを用意してくれる日、なのです。わたしのお誕生日の。
毎年、9月23日に用意してくれる彼。でも、今年はふたりの意見が一致していた。
それは。
「旬のイチゴのケーキを」
やっぱり、べびたんによると9月はどうしても無理があるんだって。紘国産イチゴの流通は。
なので、ケーキはいつでもいいよ、と伝えてみた。だって、毎年、もう2年もかかさず作ってくれてるし。
9月にこだわること、ないよ。‥‥もともとろくに祝ってもらってなかった人生だったんだから。
そうしたら、べびたんの構想と合致した。「じゃあ、秋にしよ」と。
あと、こんな話も聞いたよ。「シェ・コアラシ」の店長さん。
「でね、師匠にさ、『奇特なヤツ』って言われちゃったよ」
「え? べびたんが?」
「うん。『今どき、ひとりの女子にそんなに気を使う男は珍しい』ってさ」
「あ、そっか」
「師匠もまあ、紘国の男だから、さ」
そうよね。男子は何もしなくても、女子にはモテる。最低限は。
だから、男子からそんなに、女子に物をあげたりとかはあんまり話を聞かないよ。「貢ぐ」なんてもってのほか。
あの旅。「ふれあい体験乗艦」で、アマリアの村の子たちが、「男性からのプレゼント」に特別無防備になってしまっていたのも、そんなには笑えない。
アイドルとか女優さんとか、男性が何か犠牲を払ってでもどうしても振り向かせたい。
そんな一握りの女性にしか許されないのが、「男性からのプレゼント」。
「『なんだか、ビフォーア・サジタの頃の、恋愛映画みたいだなぁ。‥‥あ、咲見は知らんか。あったんだよ昔は。‥‥そういう、男が女に貢ぐ映画』と」
べびたんが店長、小嵐さんの物真似をする時は、若干の身振りが入る。ちょっとおもしろい。
「『でもまあいいか。その婚前同居さんによろしくな。あ、イチゴはオレが用立ててやるよ?』 ‥‥それで、早生でいいイチゴが入ったんだ。愛依のケーキ専用に」
「うわ。店長さん、すごい」
「まあ、業者さんに顔が利くのは師匠だからね」
あと、こんなことも言ってたな。『咲見がそこまで入れ込むとは。そうとうイイ女なんだろうな』って」
「え~~~!?」
ああ、もう恥ずかしくてあのお店、行きにくくなっちゃった。
「それでね。今回のケーキなんだけど」
いつもの梅園家の離れの2F、ちゃぶ台を囲んでのふたり。
「じゃ~ん。これにしてみました!」
べびたんは、また可愛く包装された四角い箱を取りだした。――そう。わたしのお誕生日ケーキ。彼特製。
「ちょっとイタズラしてみたんだ」
彼はその双眸を輝かす。
「え~? どんな?」
「食べたらわかるよ」
「それって、今ここで食べるって意味よね?」
「そだよ」
やっぱり。お夕食少な目にしといて、正解だった。
早速、ピンクレースのリボンを解く。
食べたいのは本心だし。
彼が、1Fから紅茶を持ってきてくれた。直径12センチのデコレーションケーキは、今年も赤い果実できらめいていて。
「わあ。綺麗!」
円形の縁に白い生クリームで絞り飾り。中央には半分にカットされたイチゴが、花が咲くように放射状に並べられて、その上から赤みがかったアガーがかけられていた。
アガーっていうのは、別名ヌガー。ナパージュとも言うみたい。ケーキの飾りフルーツに塗る、艶出しのゼリーのことです。
べびたんは丁寧にゼリーをかけるから、仕上がりが綺麗だと店でも評判だとか。
「あ、しまった画像画像っ!」
うっかりフォークを入れようとして、記念写真を撮るのを忘れていたよ。わたし、毎年同じこと言ってる?
まずはケーキ全景で記念撮影。あ、べびたんの指がフレームインしちゃった。‥‥‥‥まあいっか、うふ。
そして、いよいよケーキをいただくのです。
上部を崩してほおばると、生クリームのコクとイチゴの甘酸っぱさが口いっぱいに広がって、わたしはしばし陶酔した。
でも、このケーキの神髄はその中段以降にあった。
「あれ、切りにくい」
「うん」
「普通のイチゴサンドじゃないの?」
「うん」
「え? あ、黄桃だ」
「うん」
「黄桃も好き。でもなんで切りにくいの?」
「早く食べなよ? 愛依」
彼が焦れた。にこにこしながら「うん」しか言わなかったのに。そして、中層以降のケーキをひと口でいただいて、彼の「イタズラ」を知る。
「むぐ!?」
「お?」
「‥‥‥‥ごっくん。‥‥‥‥なにこれ?」
「なんでしょう?」
「サクサクしたよ?」
「かもね~」
「あ~~!?」
わたしがリクエストしたイチゴのデコレーションケーキは、大抵サンドも生クリームとイチゴだよ。よく売ってるショートケーキと同じ感じ。
でも、このケーキは‥‥‥‥。
「パイだ。‥‥これって‥‥」
「そう、前に僕がラポルトで作ったのと‥‥」
「同じ! おんなじケーキっ!」
「でも今回はさらに、下にビスケットもひいてある」
「ありがとう。わたし‥‥‥‥思いだしちゃうよ」
目が潤むのをこらえて。
ケーキのサンド(何が挟んであるか?)の中身は。上から順番に。
①スポンジカステラ
②生クリーム
③イチゴサンド
④スポンジカステラ
⑤焼いた円形のパイ
⑥カスタードクリーム
⑦生クリーム
⑧黄桃サンド
⑨スポンジカステラ
⑩焼いた円形のビスケット
と、なります。
うう~ん。凝ってる~~! それに、ケーキの中にサプライズが仕込んであるのが。
たのしいっ!!!!
「ありがとう。べびたん」
「今年は泣かないんだね?」
「なによぅ。去年だって泣いてないもん」
「そうだったね。はは」
そう。べびたんが初めて誕生日ケーキを作ってくれた中二の時は、わたしは泣いてしまった。そう。忘れもしない。「ふれあい体験乗艦」での、ラポルトの厨房。
あの時を思い出して、今のしあわせをかみしめる。
「ごちそうさま。ありがとうね。べびたん」
「いえいえ」
‥‥‥‥‥‥‥‥。
なんでだろう?
わたしは無性に、べびたんに甘えたくなった。
「べびたん」
「なに?」
「腕まくらしてほしい」
「いいよ」
いつしか。
いえ。
今日は、ケーキの魔力にあてられて。
そういうことにしておきましょう、か?
わたしは。
彼に甘えることに。
その衝動に。
ブレーキをかけることが不可能になっていた。
※ 次回、ベッドの上で、ついに事態が動く?(動きません)




