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第12話 咲見暖斗、宵闇に覚醒す②





 荒ぶったコーラさんはまあ、それはそれとして。



 競技が始まった。

 要は障害物競争なんだけど、5人ひと組というのがポイントね。

 網の中をくぐるのを外のひとりが持ち上げてフォローしたり、ふたりでお腹にボールを挟んで運んだり。

 如何に息があってるか? 協力しあうのがテーマみたい。メンバーをシャッフルして、初対面同士でどうやって呼吸をあわせるか? がけっこう勝敗を分けるかも。


 そのうち「チーム ラポルト」の番が来た。がんばって。5チーム中一位になれば点数入るよ!



「あの中じゃあコーラが一番軽いからね。僕がコーラをおぶった」

「でもそれだとコーラさんの身体能力が生きないね」

「しょうがないよ。コーラが他人と息あわせるのは想像できなかったし」

「それもそっか。あ、桃山さん流石の気遣いね。ん? 泉さん?」

「うん。ひめちゃんはダンス習ってるから体幹良いんだけど」

「泉さん。お嬢様走りだわ。わたしも人のこと言えないけど」


「ラポルトってさあ。あれ、何か一芸ですごい人の集団だったんだよね。だから紅葉ヶ丘さんとか泉さんは筋力は――」

「そうね~~」


 べびたん率いる「チーム ラポルト」は、それでも健闘したけど2位、惜しくもポイント入らず。

 コーラさんが悔しがって荒ぶってました。


 わたしは。


「いいな~。やっぱり中央のほうが楽しそうで。べびたんもキレイな子に囲まれてニコニコだし」

「前に愛依がさ。『中央高校(ちゅうおう)の様子も知りたい』って言ってたからさ」


 あ、そうか。先日わたしが言ってたんだっけ。べびたんがわたしの知らないところで他の女の子と楽しそうだったらイヤだから。

 でもこうやって動画で見せてくれたら、ヤキモチ焼いたりしない。気持ちが落ち着く気がする。




「愛依」

「なに?」


「また噛む?」

「え?」


「いいよ。噛んでも」

「‥‥‥‥え?」


 突然。唐突。あまりにも予想外の提案。


 彼は少しだけ、いたずらっ子のような気配をその口もとに漂わせていたけど、でもその目はしっかりとわたしを見ていた。


「ほら。『わたしの知らないところで知らない子と~~』って言ってたじゃん。ほら。噛んでいいよ。‥‥あ、食いちぎったりはしないよね?」



「しないわよぉ!」


 前回べびたんにさんざん甘噛み攻撃をした張本人のわたしが、思わずへんな声を上げてしまった。




 彼は優しい。


 彼の双眸はわたしという存在の、真ん中の、真ん中の、真ん中を常に見ている。見ようとしてくれてる。




 それが、たまらなくうれしい。



 何だか本当に噛みたくなってきちゃった。この前の逆。


 なんだか、むずむずする。体じゃなくてキモチが。


 今わたしは身からあふれ出るほどの幸せ感じていて、それを持て余しているゆえに、彼に噛みつきたくなっている。


 べびたんの顔に口を近づけて、わたしの口越しにこのあふれる感情を伝えたい感じ。



「今日はね。え~っとね。ヤキモチとかじゃないよ? でもちょっとだけ。噛んでもいいのなら」


 彼は無言のまま、両手を広げて迎えてくれた。


「あ、突撃(アサルト)ぉ」

「うお!?」


 照れ隠しに飛び込んだら、意外に勢いがついて。

 ベッドに座るべびたんを、また押し倒してしまいました。


「ひゃ!?」

「あ! ごめん」


 ベッドにふたり倒れ込みながら、わたし達は硬直したよ。なぜって?



「婚前の一線」



 ふたりでそう取り決めて、名付けた。婚前同居(コハビテシオン)のルール。


 ふたりで同居を始めるにあたり、ここから先はダメでしょう、という一線を話し合って決めていた。それは。


 恋人同士のそれ。「行為」はしないこと。



 べびたんの「右手」は、倒れた拍子におしり。わたしのスウェットの上に乗っていた。



「ごめん。これは‥‥‥‥」


 ルールを思い出したのか、慌てて引き抜こうとしていた。




 思えば不思議な関係だった。


 あの「ふれあい体験乗艦」では。この人の腕まくらで身を寄せ合って夜を明かしたこともあった。それほど近しいのに、恋人同士らしい行為、となると、ほとんどしていない。


 彼の優しさに触れたから? そうかもしれない。


「いいよ。このままで」


 脊髄反射のように答えていた。おしりに乗る腕が、一瞬ぴくりと動くのを感じた。


「え? でもそれじゃあ?」

「倒れた時の不可抗力だし。それに」

「‥‥‥‥」

「今後、こういうことがまた起こるかもしれないし」



 今夜のわたしは、いつもとは違う逢初愛依だったのかもしれない。彼の手は非常に暖かい。

 わたしの身体に触れた部分から、じわっと熱が伝わって、わたしを溶かそうとしてきた。


 そんな「右手」を放置して、わたしは重ねた身体を上ずらせる。もぞもぞと。


 だってそうしていいって言ったもん。



 笑顔を浮かべるべびたんの口もとが射程に入ると


「がぶ」


 あごの先にひと噛み入れ、そのまま首の力を抜いて、すべてを彼に預けた。――そう。すべてを。



「愛依」

「ん?」



 噛みついて、不意打ちを成功させたはずが、まさかの反撃をくらった。そう。今夜のわたしがいつもとちょっと違うように、べびたんも今夜は、いつもと違う咲見暖斗だったのかもしれない。



 そうだね。「噛んでいいよ?」なんて普通言わない。そこで気がつくべきだった。




「愛依はとても綺麗だから」




 前後の文脈なく突然現れたこの言葉の、違和感はすごい。

 それが、ゴリっとまるまる、わたしの中に入ってきて。


 カウンターが命中した。なんで急にそう言われたのか? よく憶えていないよ。




 ただ。




「そう言われた」

「そう言われた事実が、この世界に生まれた」




 それだけで十分だった。わたしは彼の身体の上に斃れたまま、10(テン)カウントどころか、一生ダウンすることになる。




 もしかして?


 わたしの彼は覚醒したの?



「綺麗だよ」思い返す。





 彼のその言葉に、わたしの魂が熱く熔かされていた。






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