第11話 似たもの同士②
「ごめん。ごめんて。すず~~」
麻妃は逃げに徹する。わたしやはーくんを怒らせた時は、コイツはいつもこういう風に逃げる。
もう、何回繰り返してきたことか。
こんないつものルーティンやってたら、私もいつの間にか気が紛れていた。
自分でもよくわからない。
異母弟にまさか恋愛感情を抱いていた憶えはない。
ただ、唐突だった。「ふれあい体験乗艦」が始まって終わって。途中あんな戦争に巻き込まれて。
逢えないままの、あっという間の一ヵ月。
良く生きて帰ってきた、と駆け寄ろうかと思ったら、アイツの隣りにはもう。あのコがいた。
逢初愛依。
ひと目見た瞬間、あ、自分は無理だ、と感じた。
何が無理か? はーくんの視線がもう、私へは戻って来ない感覚。
愛依ちゃんはいいコ。それはわかってる。
弟とは結婚できない。それはわかってる。
むしろ愛依ちゃんみたいなコをゲットしたは~くんGJ。それはわかってる。
わかってるんだけど。‥‥いやわかっているからこそ。
私はイラついていた。
***
「じゃ、帰るかね?」
買い物も終わり、冬服も麻妃と選んだ。食事もしてカラオケも行った。
予定のコトはすべてやった。あとは帰るだけ。
今日はホントに寒い。まだ夕方なのに吹く風の温度がおかしい。まだ10月だっての。
***
みなと市がショボい地方都市だ、ってのは自分で言ったんだけど、こんなことあるのか。
麻妃との帰り道、市街を通ったら愛依ちゃんに出くわした。
正確には日の落ちた商店街に、歩く彼女の後ろ姿を私が見つけて、麻妃に訊いたんだよ。
「あ~れ~? 昨日の夕ご飯の時は、バイト先から電話が来て、ぬっくんは1日バイトの予定が入ったハズだゼ☆」
「聞こえてたよ。でも愛依ちゃんのあの恰好」
彼女は、白と水色のワンピースの上にボア素材のハーフコートを着てたけど、ちょっと薄手で寒そうだった。
ま、今日が特段に寒すぎるんだけど。
「あ~。でもアレは愛依の勝負服だな~。秋バージョンの」
「て、ことは?」
「ぬっくんとデート? こんな時間から? こんな寒さで?」
でもはーくんがケーキ作ってる「シェ・コアラシ」は夜20時まででしょ?
今18時過ぎだよ。
「いやいや。確かに昨日はバイトが入って、今日のデートは流れたハズだよ。愛依も1日勉強するって言ってた。あの離れで」
離れ?
「待った麻妃。はーくんってさ。夜勉強で愛依ちゃんの離れに通ってるんだよ?」
「あ! ウチはソレ見落としてたわ」
たぶんだけど、昨日の夜離れの家で、ふたりは一緒に勉強した。そこではーくんと愛依ちゃんは予定を組んだんだ。「バイトが終わった夕方に落ち合おう」とかって。
思わずわたし達も「シェ・コアラシ」へ歩いていく。――予想通り、18時台なのに洋菓子店のシャッターが半分降りていた。
「あれだ。寒波だ。寒すぎるとか電車が止まるかも、とかの理由で、今日は早じまいなんだ」
名探偵麻妃。
そういえばみんな家路へ急いでいる感じがする。
愛依ちゃんはお店の向かいの、自販機の影に隠れるようにいて、寒そうにしていた。
「確定だな」
同感だ。だけど親友。そうするとひとつ問題が発生する。
「だとしてさあ。私らの行動キモくない?」
「だよなあ。尾行とノゾキみたいになってるゼ☆」
「私そういうのはな~~」
「ウチも性分じゃない。そこはウチら似た者同士」
「‥‥興味がない、って言うと嘘にはなるけどさ~~」
「まあ状況的には100%デートでしょ?」
そんな感じでグダグタしてた私らの体の間を、ヤバい冷たさの風が吹き抜ける。
これ体温一瞬で持ってかれるぞ?
と、愛依ちゃんを見たら、手足を動かしてめっちゃ寒そうにしてた。あ!?
「麻妃! あのコ!」
「うえ? 生足だ。今日の気温で!?」
あんた、そりゃ寒いって。
愛依ちゃんは寒そうにしながらも、健気にアホ暖斗を待ち続ける。アイツまだバイト終わらんのか? 早よせい!!
「愛依は天然なんだよな~~。服装に特に顕著に」って麻妃が半ば呆れていた。
日は落ちた。
そのせいでちょっとどころでは無くどんどん寒くなるし、こんなノゾキみたいなのも趣味じゃないし。そのまま帰っても良かったんだけど。
「よっしゃ。このままじゃ愛依が凍える。差し入れすっか」
私の相方が言いだした。
「は? ストーカーしてたのバレるし」
「偶然見かけたのは真実。『奇遇だゼ☆』って正直に言えばいい」
「なんでまた差し入れなんか?」
「このままだと単純に愛依が凍るから。熱い飲み物のひとつでも」
「さすがに愛依ちゃん気づくでしょ?」
「愛依は天才だけど天然だから。あったかい物与えたらそれに目が行く。気づかない」
出たよ。
麻妃に秒で論破された。彼女のこの、「小回りのきく機転」みたいなの、ホント昔からスゴかった。
あの「ぼくらの夏休み戦争、ガンジス島戦役」では、はーくんの乗る人型戦闘兵器を支援するドローン、KRMで大活躍だったんだ。
愛依ちゃんは「超計算と超記憶のギフト持ち」だけど、麻妃のこの頭の回転も別ベクトルでスゴイと思う。
事実、港湾の軍は、この子のKRMパイロットとしての才覚を見抜いていて、私ら梅園三姉妹に、麻妃が早く軍に来てくれないか頼みに来ている。
私は親友を売るみたいでヤだから断ったけど、ひより姉が引き受けていた。
たぶん、広く状況を読み取る能力とか、差し当たっての正解に即座にたどり着く能力とか。
我が親友がはーくんの相方になったのは、幼馴染みで阿吽の呼吸、ってだけじゃ無いんだなあ!!
と、言うワケで。
愛依さんに差し入れをするべく、最寄りのコンビニに入る。
かなり適当にホットドリンクを買って(そういうトコは私も麻妃も本当に適当。「ホットなら何でもいいんじゃね?」って)。
愛依ちゃんのところまで戻る。あれ?
そこには、はーくんひとりが立っていた。暖かそうなダッフルコート着て。
「あれ? 麻妃、愛依ちゃんいないじゃん?」
「行くな」
親友に止められた。なんで?
「なんでよ? 冷めるよ? 愛依ちゃんいないならはーくんにでも飲んでもらおうゼ☆」
私は陽気に、親友の口真似をして近寄ろうとしたんだけど。
「すず!」
肩を掴む手に力が入った。がくんと止まる私の身体が上下して、はーくんの足下に目が行く。
「‥‥‥‥‥‥‥‥!!」
こういう時の麻妃の即断、一瞬での状況把握、からの決断はスゴイ。きっとKRM駆っていた時もこんな感じだったろうね。
もし、「早押しで80点以上の答えを出し合うクイズ」、100点を競うんじゃなくて、「如何に早く80点以上の答えを探すか? のクイズ」があったら、あのギフト持ち愛依ちゃんにも勝つんだろうと、私は考えている。
麻妃が私を止めた理由。
不自然にふくらんだはーくんのダッフルコートからは、足が四本生えていた。彼の足と、さっき見た女物の生足だ。
異母弟の横顔の、柔和な眼差しがすべてを物語っていた。
「行こか」
麻妃が肩をたたく。さっき買ったドリンクを見せてきた。
「これどうするよ?」
「ウチらで飲む?」
「一本はね。残りは」
「とっときゃいんじゃね? 冷めたらまた温め直せばいいんだし」
そっか。そうだよね。
今日は10月にしては記録的に寒い。大寒波ってのは嘘じゃなかった。
すっかり冷えてしまったよ。でも。
温め直してもらえばいい。私もまた、まだ見ぬ誰かに。




