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第10話 スイーツと恋の甘味。②





 紘国に。


 ネットの百科事典に「気候は極めて温暖で」って書かれるみなと市に。


 規格外で季節外れの超ド級寒波が襲来した、今日。



 待ち合わせで体と指先を冷やしたわたしを、彼はまずその体温で暖めてくれた。


 思えばあの「ふれあい体験乗艦」の時も、わたしがまず彼の手のぬくもりを求めたのが始まりだった。


 彼の手はあたたかい。‥‥‥‥どうしようもないほどに。



 そんな彼と「婚前同居(コハビテシオン)」で絆された日々。



 わたしは今日も実感する。

 わたしの背に置かれた、彼の両手はあたたかい。

 わたしが頬をこすりつける、彼の胸はあたたかい。


 彼が包んでくれたこの、ダッフルコートの中は。




 えも言えぬほどの‥‥‥‥愛おしい居場所だった。




 ***




「いいの? まだたくさん残ってるよ?」



 町のカフェ。少し小洒落(こじゃ)れている。


 あれからわたし達はやっと動いて、予定していたカフェまでやって来ていた。


 わたしが見つけて、べびたんにせがんでいた、木の風合いを生かしたかわいいお店。

 予想通り落ち着いたいい雰囲気で、高校生のわたし達にはちょっとまだ早いかな? って印象もある。


 でもとにかく内装、小物、スイーツの上飾り、全部が店主さんのセンスなのか、統一されていてオシャレでカワイイ。


 あ、天井の梁の上から猫のぬいぐるみがのぞいてる。うふふ。

 え~~。なんで? あなたはそこで何してるの?




 ふたりでホットコーヒーを頼むと、まずはシュークリームとプリン、それとメニューの中からケーキをひとつだけ選んで注文した。


 新しく開拓した初見の店では、彼はいつもそうする。


 べびたん曰く、シュークリームはパティシエの基本性能、シュー皮の焼成能力と生クリーム、カスタードクリームの出来を判別するため。あとコスパがいいから。


 プリンも似たような理由。「蒸す」、「流す」系の能力を見極めるため。


 で、あとは、作り手のセンスを感じながら、目に止まった好きなカットケーキをひとつ頼む。


 そう。ぜんぶ「ふたりでひとつずつ」。


 味のハズレを警戒して慎重だから、ではあるのだけれど、ケチくさいなんて言わないでね? お金はあると言えばあるんだけど、そうじゃないの。




 べびたんと一緒に選んで、ひとつのものをふたりで分けあうのが、うれしいから。


 どっちがどこを食べるか言い合いながらフォークを入れるのが、楽しいから。





 で、いつものようにあれこれ語りながら食べ進めたんだけど。


「スイーツ作る男子」、「パティシエの卵」のべびたんのお口には、どうやら今回は合わなかったらしい。創作ケーキを残したよ。あれれ?


 わたしはこの「ピスタチオムースと木苺のタルト」、大絶賛だったんだけど?


 ピスタチオの濃厚なムースに独特の風味も生きていて、その上に木苺の酸味が乗って、いい感じのスパイスになっていて。

 見た目的にも濃い紅色と黄緑、チョコスポンジの焦げ茶がキレイだよ。上飾りも色鮮やかだし。


 バイトで一日ケーキ作って、舌が飽きたのかな? 試食しすぎたとか?




 スイーツ専門家の彼と、素人のわたし。

 視点は違えど、今までのデート、ほとんど同意見のはずだったんだけど?


 まあ、そういう時もあるか。おかげでべびたんが権利放棄した分、多めにいただけるからヨシ!


 そう切り替えて淡い萌黄色のムースを口に運んだ刹那。

 彼がわたしに耳打ちしようとしているのが目に入った。


 何? 「食べたら太るよ?」とか言う気かな? 半笑いだし。


「ん? なぁに?」

「愛依さ。このケーキ気に入ったみたいだね?」

「そうよ。おいしいもん。べびたんはそうでもないみたいね?」


 わたしの何気ない問いに、意外な答えが返ってきた。



「違うよ。ここのスイーツはたぶん、どれを食べても絶品だ。また来ようね」

「え? じゃあ、なんでこんなに多く残したの???」




 瞬間。





「だって。愛依が幸せそうに食べるから」





 うわ、うわわわわわ!?


 耳元で甘くささやかれ。





 激しく熔ける。








 ‥‥‥‥まったくこの人は。


 わたしの急所に「刺さる」言葉を放ってくる。


 こんな日常会話の文脈の中で。


 なんてこと? この古民家風のステキな椅子が無かったら、わたしは腰が砕けていたわ。


 やめて。心の準備なしに、急にこんなこと言わないで。‥‥しかも真顔で。



 体を貫く電流に、一瞬我を忘れてしまう。



「そう? ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥じゃ、遠慮なく」



 このセリフの「‥‥‥‥」の分だけ、立て直すのに時間がかかっちゃった。

 わたしは澄まし顔を作って、タルトの残りを美味しくいただく。





 その奥歯で、甘さを二重に噛みしめながら‥‥‥‥!!





 食べ終えて前を見る。紙ナプキンで口もとを押さえながら。


「ごちそうさま。お待たせ」

「いえいえ」


 彼の笑顔が、少し据わった視線に変わっていた。わたしの顔をじっと見入っている。




 ‥‥‥‥わかってる。



 彼がこういう顔をしている時は、この後のデートのどこかで、わたしをぎゅっとハグすることを考えている。そういういつもの表情だ。



 待ち合わせた時にも抱かれたけど、あれは、わたしを温めるため。


 このあと待ちかまえている抱擁は、気持ちを乗せたもの。



 いじわる。‥‥‥‥わたしが拒めないのを。さっきのあなたのセリフで熔かされたのを気づいているくせに。それを見透かしたまま抱きしめる気よ。





 カフェの窓の外。夜の深まりと、しんとした寒さ。




 彼を待っていた時の、身も凍る寒さを思い出す。



 熱いコーヒーを体に流し入れて、その肌に残る記憶を打ち消そうとしたけれど。




 気づいた。実はもう。




 もう震える心配はない。だって。





 わたしはこの後、この町の人気(ひとけ)のない何処かで。







 コートの中でぎゅっと抱きしめられ、たぶんうっすらと汗ばむのだから。






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