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第9話 6組の鳴沢さんⅢ②






 定年近い家政婦さんの後任として、現われた鳴沢真由保さん。


 わたしは彼女の心もようを読み取ろうとしたのだけれど。




 そこへ、食堂に入ってきた男性の声が。



「おや? 今日からだったかね? ただいま。みんな」



 わたしの後ろに、暖斗くんのパパ、梅園博胤(うめぞのひろたね)さんが立っていた。着こなしたスーツとハーフのオーバーコートが似合う、口ひげをたくわえたオジサマ。


 外出から帰ってこられたんだ。


「あ、こんばんは。お義父様(とうさま)

「こんばんは。愛依さん」


 お義父様は帽子を取りながら、紳士然にみんなと挨拶を交わす。そして、最後に真由保さんに声をかけた。


「‥‥どうだろう? 無理にウチに就職しなくても、合わなければ遠慮なく断ってくれていい。まあしばらくは、近場の手頃なバイト先だとでも思ってくれればね」


 真由保さんは素早く腰を折って頭を下げた。


「とんでもございません。こ、このようなお話をいただき、母ともども大変ありがたく思っております。一生懸命やらせていただきます!」


「ああ、そんなに初日から気張らなくても。‥‥そうだ。暖斗とは同級生だけど、この真由保さんは私が折り入ってお願いしてここで働いてもらっている。ないとは思うが、くれぐれも彼女を下に見るようなことは無いように。同級生なのだから」


 その場にいた家族みんな頷いていたよ。やっぱりこの家は、とってもいい空気が流れる家だ。


「‥‥夕食は‥‥真由保さんと、お母様の分も取り分けなさい」


 そうだった。梅園家の家政婦特典。伊央里さんもそうだけど、作った夕ご飯のおかずをまかないとして持って帰れるんだった。家族分。彼女の家は近いし、これは大きな特典よね。


 真由保さんは「そんな!? 初日でまだ何もしてないのにいただいては!?」って困ってる。


 と、それを聞いたお義母様(かあさま)第一夫人(ファースト)梨乃(りの)さんも困った顔をしだした。


「‥‥‥‥あ、そうね。どうしましょう?」

「ん? どうした? 不都合があるのか?」


「いえ。あなた。‥‥先日から愛依さんがお料理の作る量を計算してくれるようになって、ものすごく正確にピッタリ作るようになったのよ。余りや廃棄が減って大助かりだのだけど、急にふたり分を分けるとなると」


 あ、そうだった。わたしが計算して、ピッタリ作ってるんだった。え? わたし戦犯?


「まあ今日はいいじゃないか。皆で少しずつ捻出すれば。『無い』と言うより『分け合う』ことを考えよう。子供たちはお菓子を食べてもいいぞ?」


 その言葉に、年少組から「わあっ」と歓声が上がった。


 いつもながら素敵な方だ。べびたんはこの方の思想や考え方に、やっぱり強い薫陶を受けている。

 空中戦艦ラポルトの、メンバーみんなで催した「第二回、宴」。その中でべびたんの口から語られた「6組の鳴沢さん」エピソード。


 べびたんと鳴沢さんの、というよりは、その顛末を収拾したこのお義父様が主役のようなお話だ。


 懐かしいなあ。まだあの頃は旅の始まりで、遠慮する女子と唯一男子のべびたんがどうやったら打ち解けるか? なんて牧歌的な議題を話し合ってたね。


 なんかあの旅を思い出して、胸が切なくなっちゃったよ。



 そこへ麻妃ちゃんが すすすっと寄ってきた。‥‥あれ? ‥‥夕食のおかずが足りなくなるの、いつの間にか飛び入りしている麻妃ちゃんが戦犯じゃない?


「まあまあそんなコトより。気づいた? 愛依?」


 常に何かしゃべってる彼女も、さすがに人の家ではわきまえている。ここには天敵のひよりお姉様もいるし。


 で、言いたいことはすぐにわかったよ。わたしも実は、真由保さん――彼女の表情を図らずも観察してた最中だったから。



「あのさあ。こんなこと頼むのもなんなんだけど。あの子がこの家で働くのに不都合がないように、ふたりでフォローしてあげてよ?」


 と、べびたんも戻ってきた。わたしと麻妃ちゃんは顔を見合わせて笑う。



「いやぁ~。それは杞憂ってヤツじゃないかな? ぬっくん」

「そうね。大丈夫だと思う。‥‥あ、わたし達がそれに協力しない、って意味じゃないよ?」


「え? なに? どういう意味?」



「だってそうじゃん? あ、ぬっくんじゃあわからんか。くひひ」

「ね~~。たぶん彼女から『辞める』っていうことは、ないと思うわ」


「なんだよふたりとも」



「アレはな? 『恋する乙女』のカオだゼ☆ ぬっくんも憶えといたほうがいいよ」

「医学的に言うと、心拍の増加、からの血流量の増加。毛細血管の拡張、女性ホルモンの循環。瞳孔散大、涙量の増加」


「‥‥‥‥察した。どうせ『男子の僕には知覚できない案件』なんだろ? ま、いいよ? まゆほちゃんが大丈夫そうならさ」




 そう。


 両手を前で組み、恐縮しながら丁寧に頭を下げている真由保さん。


 顔を上げたその視線、潤む瞳が見つめるその先には。




 暖斗くんパパ。梅園さんの姿があった。


 わたしが婚前同居(コハビテシオン)で嫁いだ家、梅園家。


 そこに加わったわたしの同級生、鳴沢真由保さん。


 どうやら。





 わたしの恋のライバルには、ならなさそうです。






※第一部で、うっすら伏線張ってた分の、回収です。

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