第9話 6組の鳴沢さんⅢ①
紘和62年10月17日(土)
今日は土曜日、わたしとべびたん、ふたりともバイトの日。
わたしは準医師として、れんげ市海軍病院。
べびたんは駅前の洋菓子店、「シェ・コアラシ」の厨房。
お互い高校生になったとはいえ、この国には「若年就労者管理法」という厳しい法律がある。
男子の出生数が少ない、万年人手不足のこの国。政府が大々的に中学生、高校生のアルバイトを奨励するからには、いかがわしいお仕事やブラックなお店を取り締まる法律は否応なく厳しくなっているのです。
なので、例外を除いてわたし達は、暗くなる前には帰宅している、ということ。
今日も、お夕食の前には戻ってきて、離れで着替えてから食堂に向かう。
もうみんな集まって、配膳も終わろうとしていたんだけれど。
意外な方がいらっしゃいました。
「オッス! 愛依! おひさ~」
あ、この子じゃないよ。「意外な方」は。だって彼女は気がついたら普通にいるもん。
「なんだよ愛依。ウチが来たってのに反応薄いじゃん?」
口をとがらす麻妃ちゃんは置いといて。わたしは厨房の奥から出てきた女性に釘付けとなる。
「‥‥‥‥まゆほちゃん。あれ?」
べびたんがそう言う通り。そこにいたのは、この梅園家のすぐ近くに住んでいる、鳴沢さんでした。
「ど、どうも。お久しぶりです。暖斗くん。あ、あと逢初さん‥‥」
ものすごく申し訳なさそうに挨拶されてしまった。わたしも慌てて返す。
彼女は暖斗くんの幼馴染み、鳴沢真由保さん。色白でつぶらな瞳、黒髪を後ろでひとつに束ねている、とってもおとなしそうな女の子。
彼女のエピソードは、ラポルト乗艦中にべびたんの回想話で聞いたよ。それからわたしも彼女を認識するようにはなったけど、結局べびたんともわたしともそんなに絡みは無かったかな。
「小屋敷小OGが増えたな~。へっへ~♪」
麻妃ちゃんはもう事情を知ってるみたいだね?
わたしは「う? もしかしてべびたんのお嫁さん候補?」とか考えちゃう。そこへ。
「あ~~。愛依さんも。土曜日だけ入ってもらうんです」
と、この家の家政婦の伊央里さんが、彼女の後ろから登場。
「私ももうそろそろなんで。後任の子をだんな様と相談してたんですわ。そうしたらだんな様。前々から声をかけてる子がいると」
そうだった。ラポルト乗艦時からべびたんは「家のお手伝いさんがそろそろ定年」って言ってたような。伊央里さんまだまだ元気そうだけど、確かに引き継ぎとか、後任は早くて悪いことないよね?
「だんな様、暖斗くんのご両親は、昔から近所付き合いで色々私たち母娘を気にかけてくださいまして。今回も私の就職先の候補のひとつとして、梅園家のメイドを用意してくださいまして」
ものすごい恐縮して、硬いしゃべりの真由保さん。――仕方ないか。彼女にとっては就職先での試用期間みたいなものだし。今日はその初日だし。
なるほど。確か家は2軒となり、彼女がここでバイトすれば「若年就労者管理法」の適用範囲内になるから、住民税の減額措置がGETできる。
みなと市って、人手を近隣市町村に流失させたくないから、若年者が同じみなと市で就労するのを推奨してるのよね。さっきみたいな特典をぶら下げて。
まあ、どの市町村もそれだけ深刻で必死だ、ってことなんだけど。
あ、わたしは適用外ね。となりのれんげ市だし。わたしの場合は、みなと市の小児科より先にメンターとなる小児科長に出会って、声をかけられていたから。
あと、準医師の時給が高いから、住民税の減額とかは狙わなくても大丈夫、ということもある。
同級生の女の子がメイドとしてこの家に入る。正直想定外だった。わたしより新参者が来るとは思ってなかったから。
それにちょっとだけ勘ぐる。もしかして? ラポルトの時にべびたんから彼女との思い出話を聞いてたし。もしかして暖斗くんのお嫁さん候補に、なったりするのかな?
ちょうとわたしの目の前で、べびたんと真由保さんが思い出語りをしている。‥‥話の内容から察するに、やっぱり彼女はべびたんとは疎遠になっていたみたい。
彼女の表情を推し量る。瞳は? 肌は? 仕草は?
恋する乙女のサインがあるのか?
暖斗くんのn番目の嫁の可能性。有りや? 無しや?
「‥‥‥‥あ!」
彼女がそう短く叫ぶと同時に、双眸に光が入った。そのほほに艶玉が輝き、慌てて前髪を気にし始める。
来た! これは恋する乙女のサイン! あなたやっぱり暖斗くんのことを‥‥!?
って一瞬思ったんだけど。
あれれ!?




