第7話 聖人君子①
「「あ~。朝ごはん食べれない‥‥」」
翌日。梅園家の食堂。セリフがハモったので目を見合わせる、わたしとすずさん。
集中方式の家あるあるだけど、通勤通学のタイミングが集中する朝は、食堂とトイレは異常に混みあう。各家で簡単に済ます人もいる。
わたしは離れだから必ず食堂に来るし、すずさんは昔から食堂で食べる派だったらしい。いつもべびたんと一緒に食べてたんだって。
すずさんはこっちを向いて「やれやれだぜ‥‥」みたいな顔をしてた。別にわたしに悪意を向けた訳じゃないよ。今朝のわたし達は「同病相憐れむ」というか、共通の人間からの「被害者」、というか。お仲間なのです。
その訳は。
***
「‥‥‥‥‥‥何? 今変な声聞こえたけど?」
昨日の夜。午前0時すぎ。
べびたんに耳元で囁かれたわたしが、たまらず嬌声を上げたところで。
「‥‥ちょっとふたりで何やってんのよ? え~?」
すずさんに第一次接近遭遇していた。どうやら彼女は夜食をあさりに来たらしい。
「なんだすーちんか。びっくりした」
「『なんだ』って何よ? はーくんのばか」
さいわいわたし達ふたりはもう体を離していて、あの場面は見られてないはず。でも万が一‥‥‥‥と、わたしが「超計算」で言い訳を考え始めるのと同時に、べびたんが口を開いた。
「どうせ小腹が空いたんでしょ? ちょうどいいトコに来たね!」
「何? ってこの匂い! 今作ってたの?」
「ほれほれ食え」
「‥‥アンタねえ。婚前同居の愛依ちゃんの前で気安く他の女の子にさわんないの! いくら異母姉だからって――」
驚くすずさんを腕をつかんで引きこみ、イスに座らせて。
「いいから食べなよ~」
「満面の笑顔で言うな! こんな時間にコレ食べたら‥‥」
気の進まなそうなすずさんに、わたしと同じ物をあてがう悪魔。
「や。ダメだって! もう!」
「部活で腹空かしたのに、夕食控えたんでしょ?」
「そうだけど~~」
「すーちんいつも部活で遅いから、いっつもチョコ冷めてるじゃん? ほら。できたて!」
「それは香りでわかるよ~。え~~ん」
「余分にできたぱうぱうあるんだよ。すーちんの分とは別に。ほれほれ」
「え~~ん。誰か助けて‥‥‥‥‥‥ぐうう。チョコが染みてる~~。悔しい。悔しい!」
すずさんは悪魔の手に堕ちた。
「この悪魔! こんな時間にホットチョコ作って待ち構えて。卑怯者! 悪魔! 悪魔あぁぁ~~!」
フォークを止められない自らの手を呪いながら、目に涙を浮かべていた。
***
と、いう訳で、わたしとすずさん、揃って朝食が進まないのでした。
「いい? 愛依ちゃん。聖人君子とかじゃない! アイツの本質は悪魔だからね? 優しく見える分性質悪いんだから!!」
少な目の朝食を胃に押し込むと、そう言い捨ててすずさんは去っていった。
はい。肝に銘じます。
さ、わたしも学校行かなくちゃ。
***
聞いていなくても聞こえてしまう教室の声。
「え~~良かったじゃん? ○○君と?」
「うん。でも『まわりにはまだヒミツにしといて』ってなってて」
そんな会話なら、聞こえてしまうのも間が悪い。なにせわたしは「憶えたら忘れない女」だから。――と、お手洗いに立とうとしたのだけれど。
「○○君。他の子とも付きあってるって」
「え? ふた股? ふた股かあ。まあ『同時婚狙い』だって言えば通るけどさあ」
「で、私聞いたの? 『そうなの?』って。――そしたらさあ」
「そしたら?」
「『オレは敢えて正直に言うけど、ヨメを何人持つとか全員面倒見るとか、高校生でそこまで言い切るのムリだから』って」
「ヒドくない!? それ彼女に言う? ○○君ヤバいって‥‥」
「――でも2回目の結婚に抵抗ある男子、実は多いって」
「それはネットの記事。アンタそれは聞きわけが良すぎるよ。あ~もう。『彼氏持ち』ってだけで勝ち組なのにホントうまくいかない~」
ガールズトーク。高速で会話する彼女達からそっと離れた。
女子だけが増えてしまったこの国の現状だよ。外から見れば「男はハーレムで羨ましい」と言われるけど。
抵抗なく複数人の女性と婚姻する男性はいる。まあ大昔はこの国も「側室」とか「お妾さん」とか存在したそうだし、一夫一妻制時代の方が歴史的には短かったし。
言えば女子のほうが「結婚難民になるくらいなら、○○さんのn番目でも」的な風潮だ。わたし達は「重婚制度」が始まって第3世代。ラポルトの時もおしゃべりしたけど、急に「一夫一妻制」に戻されるほうが正直抵抗がある。
ちなみにさっき彼女が言ってたのは同時婚方式。同時期に一気に複数女性と婚姻すること。‥‥‥‥俗称「n股婚」。
その反対語が次方式。べびたん家みたいなのね。次の重婚まで4年くらい空ける感じ。
やり方によるけど、「n股婚」は女子の評判悪いよ。やっぱり。
聖人君子なら取らない選択よね?
***
「べびたん『お2人目』のお話来てたんじゃないの? どんな人?」
「う~ん」
夕食後。お風呂上がりのいつもの勉強タイム。そしていつもの彼の「う~ん」。
そう。べびたんも実は重婚には消極的。あ、実は、じゃないか。
でも学校で聞こえた○○君とは違うよね。違うと思う。
もうすぐ準医師になる立場として言わせてもらえば、男子が色々な女子に目移りするのは生物学的、医学的には間違いじゃない。
まあ女子からしたら聞きたくない事実なんだけど、大事なことだから敢えて言うよ。ひさびさのわたしの愛読書「ほら穴理論」からの引用です。
べびたんだって健全な思春期の高校生。わたし以外の女子にも興味はあるはず。‥‥だよね? そしてこの国の男子事情。お家の跡取りとか子孫繁栄って視点からも、それが望まれている。
先日べびたんのまわりの子のことで、取り乱したわたしが言うことじゃないんだけど。ふふふ。逆にべびたん噛んだらすっきりして、気持ちの整理がついたというのはある。
「そう? ご紹介の人は興味なかったのね? そういうお話は来ちゃうしね」
「僕は今、愛依のこと以外は頭に浮かばないんだ」
うれしい。女冥利につきる。
「でもじゃあ姫の沢さんとかは? 第二席のことも進めておかないと‥‥」
そのうれしさをしまって敢えてこう言う。次方式で結婚していくならもう次のお嫁さん候補とは出逢っておかないと。
姫の沢ゆめさん。ラポルトに乗ったかもしれなかった幻のメンバー。べびたんの幼馴染みでわたしなんかよりずっと前から、彼のことが好き。
「ひめちゃんか‥‥。うん。順当に行けばそうなるよね?」
「元気ないね。え? もしかして他に意中の子がいるの‥‥?」
わたしの胸がドクンと揺れた。