第6話 お夜食。①
その日の夜もふたりでお勉強。いつもの離れで、です。
となりのべびたんは‥‥‥‥うん。すごく集中してる様子、なんだけど、今日はわたしのほうが――――。
50分後。勉強終了。
「どうしたの? 愛依」
「ん? 何でもないよ?」
「‥‥そう? いやいつもと違くない?」
「‥‥‥‥うん」
見破られてる。我ながら修行が足りない。
彼に心配をかけてしまうので、正直に話すことにした。
「‥‥おなか‥‥‥‥空いちゃった。実は」
「ええ?」
べびたんは少し驚いた様子だった。理由を伝える。
わたしのギフト「超計算」は、ちょっとだけ人より脳のエネルギーを消費するみたい。あくまで体感だけど。食いしん坊とかじゃないよ。スマホだってアプリ起動させっぱなしだと、電池減るの早いじゃん。
だから夜お勉強するとおなかが空く。今までは実家住みだったから小腹用のアメとか用意してたけど、嫁いでからは用意してなかったのです。
「夕食も×0.8じゃあ足りないんじゃない?」
う、言われてしまった。昼間の発注の件で、梅園家全員にべびたんを1とした食事量係数を設定していることをバラしてしまった。そしてわたしは見栄を張って「0.8」って言っちゃったんだね。ホントは「0.83719」です。ごめんなさい。
「あ、べびたんは今は『1.1』だよ。高校入って体動かしてるし、食べ盛りだもんね」
「僕はいいけどさ。食堂にまだ何か残ってるかな‥‥」
「え? いいの?」
「ぜんぜん。異母姉たちは普通に冷蔵庫漁ってるよ。部活やってるしさ」
彼が不意にわたしの手をつかんで、歩きだす。食堂へ向かうんだ。
「え? 今から? こんな時間にダメ、ダメダメ。太っちゃうよう」
――――と言いつつ、来ちゃった。午後23時30分。
この時間だと中央棟はまっ暗だった。各家には簡単なキッチン備えてあるからね。
「愛依。昼間のパウンドケーキ残ってるよ」
確かに! あの後焼きたてケーキは粗熱を取り、わたしの手でラッピング包装の上にリボンをかけていた。
明日、家族のみんなに配る予定。
小さい子たちはべびたんのパウンドケーキを「ぱうぱう」、「はるとにいたまのぱうぱう」と呼ぶよ。ふふっ♪ めちゃくちゃカワイイ。
べびたんはまっ暗な中を一直線で灯りのスイッチに進む。――自分の家だから当たり前か。そして、さっきわたしがラッピングしたケーキを手に取った。
若草色の少し光沢のあるリボンと「ホームメイド」と素朴に書かれたシール。ケーキを包む透明なセロファンには黒マジックで上げる人の名前が書き込んである。
「はい。これは愛依の分」
「え? ‥‥‥‥いいの?」
唐突にパウンドケーキをもらってしまった。
「いやまあ。愛依に手伝わせといて、『あげる』ってのも変なんだけど」
ううん。そんなことない。‥‥‥‥‥‥すごくうれしい。
そして彼はその奥から、生地余りで余分に焼きあがったケーキを引っぱり出してきた。
わたしは胸に自分の分をしっかりキープしながら、そのパウンドケーキを注視してしまう。
ふんわりしっとりおいしそう。
うう。食べたい。
見たら余計食べたい。
自分で生地から作って焼き上げまで手をかけたんだから、その映像で脳内がいっぱいになる。
あのオーブンから出した瞬間の、水気を含んだバターとお砂糖の焼けた香りを思い出してしまう。
「え~ん。でもガマンよ」
僅かに残った理性が抵抗を試みたけど。
「ちょうどいいや。コレ仕上げちゃお? 愛依?」
悪魔――――もとい、べびたんがステンレスボウルに入った黒い物体を持ってきた。
え!? それって!? それ今から作るの!?
‥‥‥‥‥‥それは、細かく刻まれた板チョコレートだった。
※この男本当に女性の敵。悪魔です。