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第5話 才能の置き場①

 




 紘和62年9月6日(日) 午後。


「さて問題です。三温糖は何グラムでしょう?」


「えっと 1200グラム」


 わたしは即答する。質問した彼は満面の笑みだ。


「正解。さすが『超計算』のギフト持ち」


「ふふふ。そんな。これは普通の暗算よ?」


 わたしとべびたんは目を合わせ、思わずまた笑みをこぼした。


 犬とうさぎのアップリケのピンクエプロンと、「シェ・コアラシ」と瀟洒な筆記体で書かれた黒いエプロン。そのふたつがくっついたり離れたりしている。


「だよねーフツーの暗算だよねー」


「ちゃんとすーちんの分も焼くから、見張らなくても大丈夫だよ?」


 すーちんと彼に呼ばれた声の主、梅園すずさんはジト目で作業台の上に顔を乗せている。

 ここはべびたんの家の中央棟。食堂北側の厨房だ。


 べびたんのひとつ年上。高校2年で彼の異母姉、わたしにとっては義理の姉にあたる。




 今日は午後から、空いた厨房でべびたんと一緒にパウンドケーキを作っている。‥‥あ、わたしが教わっている、って言ったほうが正確かな?


「い~じゃん見てたって。私だってよく手伝ったじゃん?」


「え? すーちんはほぼ食べる専門じゃ‥‥?」


 わたしが計量した砂糖を渡すと、彼は直径40センチくらいのボウルにそれを落とした。

 ステンレス製の直径40センチほどのそれの、室内を映す内面を茶色い三温糖がすべっていく。


「うっさいもう! どうせ私がいるのがお邪魔なんでしょ?」


「そこまでは言ってないって」


 彼女は梅園家の三女だ。第一席(ファースト)の梅園梨乃お義母様の3人いる娘の一番下の方。ふたりは「すーちん」「はーくん」と呼び合うくらいに仲が良い。昔の写真を見せてもらったけど、いつもすずさんがべびたんの隣にいた。


「じゃあ少しは言ってるってコトじゃん!」


 すずさんは思いっきりほっぺたを膨らませている。まあ、最愛の弟のお相手として突如わたしが現われてしまったのだから、無理もないとも思っている。


「こらすず。ふたりの邪魔しちゃ悪いでしょ?」


「見てるだけだも~ん。それすら不可~?」


 通りかかった部活帰りのましろ姉様、第一席(ファースト)家の二女に首根っこを掴まれて退出するすずさん。


「すーちん。前みたいにとはいかないけど、色々よろしく頼むよ」


「うっさい。はーくんにそう言われるのが一番ムカつく~!」


 そのセリフを残してすずさんは、お姉様に連れてかれた。



「悪いヤツとかじゃないんだ。ごめんね。愛依」


「ううん。わかってるよ」


 得てして、こういう時の男子は女同士の感情のもつれや複雑に絡んだ人間関係には戦力としてアテにならない。

 けど、べびたんはこの家でわたしがイヤな思いをすることがないか? おそらく全力で気にかけてくれている。


 わたしはそれだけで十分うれしい。





「お、うまい上手い。才能あるんじゃない?」


「え~才能? ないよ。実家でさんざん家事やってただけよ」


「僕はただ単に好きで始めただけだよ。バイト先でプロのパティシエに囲まれてると迂闊に才能なんて言えないなあ」


「そうなの? ふふ」


 彼は常温に戻した発酵バターにヘラを入れ、さっくり合わせながら。


「師匠に言われたんだ。『オマエ本気で製菓製パンやんのか?』って」


 混ぜ終わると電動ミキサーで攪拌していく。


「『たぶんなりません。趣味にしときます』って答えといた」


 ガガ~~。ほぐされて三温糖と馴染んだバターは、ミキサーの動きに合わせて細かいシワ模様を描いていった。黄色と茶色が合わさって何色になるかと思ったら、白みがかってきた。糖は溶け、バターは空気を含んで白くふくらんでいくそうだ。


「それでいいの? べびたん?」


「確かに好きだけど、一生の職にするかというと、ね」


 空気をたっぷり含んだペーストに、軽く溶いた全卵を3回に分けて入れ、さらに攪拌。


 この国は男子の生まれが少ない。だからこの家のように、ひとりの男性が4人の女性を娶るのが普通だ。他国の人からは「ハーレムだ」「男は何もしなくてもモテるからな」なんて言われたりする。


 確かにそういう面はあるよ。でも、そればかりでもなくて。


「これは、ここだけの秘密だよ?」


 彼にそっと囁かれて背中に電気が走る。ケーキの生地に入れる香料のことだ。ラポルトではネタばらししていた気もするけれど。


「ふたりだけの秘密」それに反応してしまう。そう、わたしはとても単純。


 作業は進む。牛乳で溶いたコーヒー、蜂蜜を加え粉振り器を用意する。小麦粉とアーモンドプードル、ベーキングパウダーをあらかじめ混ぜ合わせたものを、生地の上から振りかけていく。わたしの役目だ。


「僕には師匠みたいな根性はないよ。そこまで世間に逆らう気概、というか」



 粉振り器から舞い落ちた白い粉が、まるで雪のように生地に降り積もっていって。それを切るような手際で生地に混ぜ込んでいく彼。回転するステンレスのボウルの中で、白と茶色がグラデーションを描いていった。


「ここが要所なんだ。粉と生地を混ぜる時、なるべく気泡を生かしたい。混ぜすぎてもダメなんだよ」


 べびたんがケーキを作る時は楽しそうで、それを見ているわたしも楽しい。けど今とか、時おり真剣な表情を見せてもくれる。わたしはそれもすき。



 わたしとの婚前同居(コハビ)が始まったべびたんには、早くも「次のお相手」のお話がちょくちょく舞い込むらしい。


 まああの戦争で活躍しすぎたから? 撃墜王で名誉騎士様だもんね。


 でも、それが彼を悩ませている。


 この国では定期のムーブだよ。べびたんのお義父様だって4年間隔くらいで娶ってるし。お嫁さんが決まったらもう「次」の出会いをしておかないと、間に合わない。


 まあ「(エピオン)方式」ではなく「同時(タフトクロノ)」なんて方式もあるけどね。後者は確実に女子の心証悪いよ。通称「n股婚」。


 わたしとの関係が今はすべて、と考えていてくれる彼の、悩みのタネだ。




 さっきの話。この国の男子は「ハーレム」でうらやましいか?


 わたしが見ている限り、そうは言い切れない気がするよ。彼みたいに初婚から第二婚に行くのに抵抗がある人は少なからずいるし。


 何より男子の絶対数が少ないから、当然一人ひとりの肩にかかる義務や責任もそれだけ大きくなる。兵役もあるし戦争になったら国や女子を守らなければならないし。


 職業選択もそうだよ。べびたんの師匠さんがそうだったように、男子がパティシエになるには世間の逆風はあまりに強い。


「そんな女子でもできる仕事は女子にやらせておけ」


 国民内で男子の出生比率が低いと、50年前にはコンプラ案件だったこんなセリフがもはや常識になってしまっている。憲法の職業選択の自由はそのままなんだけど、もう選択できない空気なんです。


「じゃあ国防どうすんだ!? 自分だけそんな我がまま許されるのか!」


 こう言ってくる人が必ずいる。‥‥‥‥いえ、炎上案件だわ。



 それでも「才能」があれば別なのかな?





 ケーキ生地に降り積もる白色を見ながら、ぼうっと考えてしまった。





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