第59話
誤字報告等ありがとうございます。
突然続きが書きたくなって、こちらに移設しました。
ここから亀更新になります。気長にお付き合い頂けると嬉しいです。
ヴィオラが第一王子の執務室に入ると、恐ろしいほど美しい双眸が出迎えてくれた。だが、ヴィオラは悪役令嬢だ。そんなものに負ける訳には行かないから、負けじと微笑むのだ。
この美しすぎる双眸の持ち主は、第一王子付きの執務官だ。ヴィオラと同じ銀の髪をもち、その瞳は宝石をはめ込んだかのような輝きを持つサファイヤブルーだ。黙って書類を片付けていく様は、機械人形にしか見えない。なにしろ、第一王子の執務室の机は螺鈿細工が施された白を基調とした家具で統一されているからだ。陽の光を反射して、どうにも眩しくて仕方がない。そのせいで、白い肌がさらに白く見え、螺鈿細工からの光が目に痛いのだ。
ヴィオラは伏し目がちに俯いて、静かにお茶を淹れる。何しても、ワゴンの金属も光を反射して目が痛い。
「お茶にございます」
ヴィオラはそう告げて、まずは執務官の前にカップを置いた。
「ありがとう」
そう、口を開いた途端、機械人形に血が通い、表情のある人間となる。
「おいしいよ、ヴィオラ。うん、合格だ」
「ありがとうございます。セシル様」
そう言葉を交わしてから、ヴィオラは第一王子であるウェンスにもお茶を入れる。
「どうぞ、ウェンス様」
誰が見ても完璧な所作でお茶を入れ、ウェンスの邪魔にならないようにカップを置く。
「本日はオレンジ風味のフィナンシェにございます」
事務仕事で疲れた頭を癒すため、少しの甘味を添えている。これはヴィオラのセンスが試されるところだ。
「うん。今日も美しいね」
ヴィオラが、置いたカップを眺め、そして隣に置かれた菓子を見る。美しい陶器の皿に載せられた菓子、そこに添えられた銀食器は曇りなく光沢を放っている。
「ああ、今日も僕の視界は美しい」
そう感嘆の声を上げ、ウェンスは美しい所作でカップからお茶を飲み、銀食器をを使い菓子を口に運ぶ。
ヴィオラは黙ってその様子を眺めるだけだ。口を開いて余計な言葉は決して発してはいけない。なぜなら面倒だからだ。この第一王子ウェンスは、とにかくめんどくさいのだ。
先程から口にしている言葉から概ね推測できるのだけれど、噂の範囲でヴィオラの耳に入って来る事柄は、疑いしか湧いてこないようなことばかりだった。
曰く、バルデラ国第一王子ウェンスは、美しくないものを許さない。「僕の妻が美しくないなんて許せないよ」という発言をして某国のお姫様との縁談を台無しにした。とか、国王主催のパーティで「美しくないものを見つめながらダンスなんてできない」と言い放ち、誰とも踊らなかった。とか、護衛騎士を「見苦しい」と言い放ち解雇したとか。
もしそれが真実なら呆れ果ててしまうのだけれど、どうにも真実味が日に日にに増してくる。なぜなら、この部屋にいるのはヴィオラとセシルとウェンスだけだからだ。セシルの顔を見れば嫌でも納得するし、自慢じゃないけどヴィオラだって顔には自信がある。何しろ、元王太子の婚約者だ。礼儀作法で誰かに劣るつもりは無い。
それに、ここに来た初日、この部屋から「お前のような顔が、なぜ僕の視界にいるっ」と言う叫び声とともに、転がるように部屋から追い出された侍女を見てしまったからだ。その侍女は伯爵家の娘でいかにも貴族のご令嬢らしい顔をしていた。別段ブサイクという訳ではなく、綺麗に結い上げられた髪に、きっちりと化粧を施して、いかにも行儀見習いです。と言った風貌だった。
当然、本人だって自分に自信があっただろう。自分は第一王子のお眼鏡に叶う。そう自負して行ったのだろう。だがしかし、結果は惨敗。茶を入れる前に顔を上げたウェンスに「お前のような顔が僕の視界に入ってくるなぁ」と叫ばれ、あえなくセシルにつまみ出されてしまったのだ。そして、ちょうどその時新人研修さながらに侍女長に城内を案内されていたヴィオラが通りかかったのだ。
ウェンスがお気に召さなかった侍女を放り出したその手で、セシルはヴィオラの肩を掴んだ。そして「あなた、素晴らしいです」そう言うと、侍女長と素早くアイコンタクトを交わし、そのままヴィオラを第一王子ウェンスの執務室に引きずり込んだのだ。重要な事なので二度言わせてもらう。セシルはヴィオラを引きずり込んだのだ。
そして、ヴィオラは今しがた聞いたばかりの情報を素早く処理し、隙のない笑顔を貼り付け美しい挨拶をして見せた。なにも言われないことを是と解釈し、ヴィオラは美しい所作で茶を入れた。それを一口飲んだ後、ウェンスが「うん、君は僕の視界に入ってもいいよ」と言ったのだった。
そんな経緯でヴィオラは第一王子ウェンス付きの侍女となった。初日に第一王子付きの侍女になるなんていきなりの大出世だ。当然羨ましがられ、嫉妬や妬みの集中砲火となったけれど、ヴィオラはそれらを一蹴した。
「やはり、美しすぎるって罪なのね」
そう言って、ヴィオラがアルカイックスマイルを見せれば、いっせいに視線をそらされた。これぞ王太子妃教育の賜物である。そうしてヴィオラは心の中でガッツポーズをしてのだった。
なんかね、なんで第一王子がいないんだろう?って考え出したらこんな人物が出来上がった次第なのです。多分アルベルトと仲がいいと思います。




