第55話
華美でなく、それでいて質素になりすぎず、さりげなく家紋の入った馬車に乗りヴィオラは砦へと向かった。昨夜キチンと牽制しておいたから、お義兄様ことアルベルトはお仕事だ。そんなわけでヴィオラは邸のメイドを伴っている。まぁ、メイドをひとり連れていくのは貴族の令嬢としては妥当な事だ。
「はじめまして、ヴィオラ・セレネルと申します」
出迎えてくれたのは砦の管理長補佐官だった。当たり前だが、令嬢一人を出迎えるのにトップが出てくることなんてないのだが、それでも補佐官だ。やはり領主の義妹ということだからだろう。
案内された応接室で、ヴィオラが先日の出来事を説明し礼を述べると、管理長は恐縮した。
「申し訳ないのですが、該当する騎士を特定出来ていないのです。ヴィオラ様の一件は報告には上がっております」
「お気になさらないで、正体を隠していたのは私なのですから」
それはそうだ、領主の経営するカフェでならず者を成敗したのなら業務の一環として処理される。だが、あとから助けた相手が実は領主の義妹でした。なんて、話が違う。しかも本人がお礼に来るなんて予想していなかったわけだ。砦側としては領主からちょっとしたお礼の品でも届くかな?程度に思っていたのだ。
「騎士たちは日報を書いておりますので、対応したものを報告することをお約束いたしましょう」
「嬉しいわ。やはり、本人に直接お礼を言いたいもの」
ヴィオラが満面の笑みでそういえば、管理長も内心安堵した。先触れをされていたのに該当の騎士を見つけられていなかった事を、叱責されずに済んだのだ。もっとも、管理長は今回演習に来ている騎士たちの顔と名前を全て覚えてなどいない。把握しているのは人数ぐらいだ。これは急いで騎士団長に報告しなくてはならない。
「えーっと、急かす訳では無いのですが、騎士様たちの演習を見学してもよろしいかしら?」
「も、もちろんです」
管理長は立ち上がり返事をした。そんなに力を込めて返事をしてくれなくても良かったのだけど。
「嬉しいわ。あと、明日も来ても宜しくて?」
「もちろんでございます」
「良かった。沢山のご令嬢がいらしていたから…少し心配でしたの」
ヴィオラがほんの少しだけ俯いてそう言えば、管理長は内心大慌てだ。これは、領主の義妹殿が恋煩いをしているに違い。助けてくれた騎士に恋をしてしまったのだ。管理長はそう解釈をして、ヴィオラを演習場に案内した。




