【短編】かつて一世を風靡した《ツンデレ》という属性は、現在北川さんという天使のような甘々ヒロインによってその生存を確認されている。
前半400文字程は主人公による導入です。
本編を早く読みたい方は、※まで飛んで大丈夫です!
皆さんは《ツンデレ》と聞くと、どんなキャラクターを思い浮かべるだろか。
シャ○?逢坂 ○河?ア○ア?
おっと、俺は釘宮病患者では無いから安心して欲しい。
とにかくだ。
彼女らツンデレというキャラクターは、中野二○同様に、好きになるまで時間が掛かってしまう──しかしデレた瞬間、その沼から抜け出せないという、ある種の麻薬の様な魅力が詰まった属性である。
そんな属性も、今や一線で活躍する機会は、めきめきと減って来ている。
やはり好きになれるまで時間が掛かるというのは、大きなデメリットなのかも知れない。
だからこそ、信じて推し続けた彼女達がデレた瞬間、俺達キモオタは愉悦の頂きへと舞い上がるのだが──
長々と語ってしまったな、そろそろ結論を言おう。
俺は声を大にして言いたい。
結局はツンデレが最強だと。
そしてこれは、俺の後ろに座る北川さんという、天使のような甘々ツンデレヒロインとの物語である──
※
高校1年生の6月27日。
1時間目の授業が始まる少し前の教室。
「北川さん、ノート見してくんない?」
「……ヤです。東山君、今月これで何回目ですか?」
俺の些細なお願いを、開口一番突っぱねてくれたのが、後ろの席の北川 麗音さん。
口調は大人しく、肩まで伸びたボブっぽい黒髪の美人。
そして言うまでも無く、その控え目な口調とは裏腹に、基本的にツンツンしておられる。
ちなみに、東山君とは俺の事。東山 真広が俺のフルネームだ。
──早速出たな、本日一発目のツンが。
しかし、俺がノートを借りるのも致し方無い事情がある。
「仕方無いじゃん。俺、体調崩しやすくて……こないだも授業休んじゃったしさ」
「だから……その自己管理の甘さをですね、反省して下さいと言って──あっ!」
「へへ、あと5分もしない内に先生来ちゃうから借りるね!」
「……もう、勝手にしてください」
半ば無理矢理に、北川さんが机に広げていたノートを奪った。
端からこの光景を見た場合、俺へのヘイトは凄まじい事だろうとは理解している。
しかしだ。
北川さんはツンデレだ。
当然、このような公衆の面前でデレる事は無い。
ならば一体どこにデレがあるのか──その答えがこのノートにある。
とても綺麗な字で綴られたノートは、一見して普通だが、パラパラと白紙のページを捲り、最後のページを開くと──
『6/3 東山君が突然ノートを貸してと言ってきました。何て事でしょう、好きな人に……恥ずかしい……』
『6/6 また東山君がノートを……しかも昨日は学校を休んで……心配です』
『6/10 また!?段々腹が立って来ました。私がこんなに心配してるのにすぐに体調を崩して……東山君が居ないとぽっかりと前が空いて寂しいんですから……』
『6/20 えぇ、もう諦めました。次は絶対に貸しません。……でも、ノートを見せる為に東山君とお話出来るのは幸せですから、反省していたら貸してあげてもいいですね』
お分かり頂けるだろうか?
北川さんは逐一何があって、その瞬間どう思ったのかを、書き留めている女の子だったのだ。
それも俺には、これを見られていないと思っている。なんて可愛いんだ。
そして今日、6/27。
一体次にノートを借りる時には、どんなコメントが付いているのだろうか。
想像しただけでニヤニヤしてしまう!
「……東山君、ノート書き写してないですよね?」
俺の背中にツン、と柔らかい指先が当たる。
ぞくぞくしたせいで、裏返った声で返事をしちゃったじゃないか。
「い、いや写してるってば!ほら、もう終わるしさ!」
俺は本当に書き写しているという証拠を見せる為に、ガバッと後ろを振り返りノートを見せた。
「ち、近い……!あ、本当ですねちゃんと書いてますね」
「だろ!」
まぁ本当は、先に別の友達に見して貰ってたんだけどね。
だってゆっくり最後のページを見たいし!
北川さんは、俺の方を上目遣いで見つめ、おずおずと口を開いた。
「あ、あの言うのを忘れていましたが、ノートの最後のページは開かないで下さいね……」
「え。あ……あぁ分かった」
……ごめん、もう見てる。むしろそこが楽しみ。
「それともう終わるなら返して下さい。本当、や~れやれです」
「なんだそれ、可愛いな」
あ、つい恥ずかしい事を言ってしまった。
だって本当に、両手をやれやれとしているんだもの。可愛いすぎんだろう!
フラグの立っている女の子なら、普通はここで「なっ何を!?」とか、「人前で可愛いとか言うな……」と、モジモジしたりしそうなもんだ。
だが北川さんは違う。
「馬鹿にしてるんですか?いいから早くノートを返して下さい!」
「あ、ありがと」
「ふんっ、次は無いですからね」
北川さんにノートを返したタイミングで、次の国語の教師がやって来た。
号令を済ませ、教師が今日の授業範囲を確認し始めた。
本来であればこのタイミングでノートを書く生徒など居ないだろう。
だって黒板には何も書かれていないのだから。
しかし俺の後ろからは、何かを書き殴る様な……ペンを走らせている音が聞こえている。
俺は好奇心に駆られ、ゆっくりとそっと慎重に、絶対にバレないように後ろを振り返った。
「か、可愛いって……!東山君が……私を……!あわわわわ……!!」
……物凄くテンパった北川さんが、ひたすらに何かを書き連ねている。
「ふへへ……ずるいですよ~東山君……仕方ないから次も貸してあげますか~」
何てチョロいんだ、北川さん……
──俺は北川さんの観察をここまでにするべきだった。
「! ……なに見てるんですか」
「へっ!?い、いや別に……」
俺の視線に気付いた北川さんは、慌ててノートをその小さな体で覆い隠した。
まるで、リスが自らが拾って来た木の実を隠すかの様なその仕草は、猛烈に愛でたくなる可愛いらしさだ。
「おい、東山。北川とイチャつくのは構わんが休み時間にしろよ」
『イチャ……!?』
教師に注意を受けた俺と北川さんは、ユニゾンをかます。
「なら授業始めるから前向け前」
『はい……』
俺はすぐに前を向いて、授業をきちんと受ける事にした。
後ろからもの凄い勢いで、何かを書き連ねるペンの音を聞きながら──
そもそも、北川さんにノートを見せて貰うようになったのは、俺も北川さんの事が好きだからだ。だって超可愛いし。
男子高校生が惚れる理由なんてそんなものだろ?
そして、何か理由を付けて接触をば!と考えた結果がこの名付けて『ノート大作戦』だった。
北川さんはクラスでも1,2を争う美少女で、男子の中ではその清楚な見た目と、基本冷たい彼女の対応から「悪魔的な女神だ!!」と、訳の分からない呼び方をされている。
何人も彼女にアタックしてはフラれ、その度に「ふんっ、迷惑です!!」と、冷ややかな視線を送られては、また彼女の沼に落ちていく。……お前らにデレる事は無いから、信じて推し続けるのは止めろと言いたい。
このような憐れな連中を見ているから思うが、何故俺にはああもデレた一面を見せてくれるのだろうか?
正直、2回目にノートを借りた時、好きな人にとか書かれていたのを見た瞬間、心臓が跳ねあがったぞ。
……何かしたっけな?フラグが立つような事は何も無かった気がするけど……
俺はすぐに風邪は引くし、熱は出すしで、教室に来れない事もしばしばだからなぁ……
強いて彼女との思い出を語るなら、入学式の日に少し喋った事があったような……って程度なんだよなぁ。
しかも、どれだけ熱が出ようとも必ず入学式には出る!!
って無茶をしたら、結局学校に着いてすぐ保健室へ直行だったんだよな。
おかげで記憶も曖昧で……
ふと、朧気な記憶の扉を無理やりこじ開けようとした時だ。
後ろからカチャッ、と何かが地面へと落ちる音がした。
──北川さん、ペンでも落としたのか?これは会話を作るチャンス!?
そう思って急いで後ろを振り返ると──
「えっ、き……北川さん!?めちゃめちゃ顔赤いよ!?」
「……東山、君……授業中ですよ……静か……に……」
言い終える前に、北川さんはそのまま机に突っ伏してしまった。
「北川さん!!」
「おい、東山?北川がどうかしたのか?」
国語の教師が俺達の異変に気付き、慌てて近寄って来た。
「先生、北川さんが……!」
「落ち着け。見た感じ熱が出たんだろ。ほら、さっさと保健室に連れてってやれ。そして後で死ぬ程俺に感謝しろよ」
「は……はい!」
ナイスアシストだ先生!
とはさすがにこの時は思えなかった。
今は北川さんが心配だ。
許しも出たので、俺は北川さんの肩を支えながら教室を出た。
クラス中の男子全員の、妬み嫉みの視線を一身に受けながら──
※
夢を見ていました。
私と少し離れた隣の方で、校門に向かって道路を歩いているのは……東山君……?
それも目が半開きで、とてもフラフラしています。
あ、分かりました。これ、入学式の時ですね。
まだ3ヵ月前の事なのに、もう既に懐かしいですね。
ふふ。東山君の制服も、妙に綺麗で変な感じです。
あ、東山君がこけました。
逆に、よくそんなにフラフラでここまで無事に来れましたね……
もうっ、仕方の無い人です──
私はあの時と同じ行動を取りました。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
「……ゼェ……ゼェ……ありがとう……大丈夫だよ……」
手を差しのべると、二度程私の手を掴み損ねながらも、三度目にしてようやくきちんと立ち上がれました。
しかし、ここは道路の真ん中。
こんなに悠長にしているのは危険だったのです。
一台の乗用車が、通学路だと言うのに猛烈なスピードで走って来ました。
「っ!?」
スマホを見ているのか、私達に接近している事に気付いていないようでした。
あ、これは駄目です。せめてこの方だけでも──
タキサイキア現象と呼ばれる、危険が迫った時に起こるスローモーションな世界の中で、私は東山君だけでも救おうと、彼の体に触れた瞬間でした。
「きゃあっ!」
私の体を暖かい何かが覆い、道路の端の方へと転がりました。
車も通り過ぎ、一体何があったのか理解が追い付かない頭で、必死に状況を確認すると──
「……大丈……夫……か……うっ……」
私に抱き付いたまま、意識を失ったのが東山君でした。
そうです。東山君が助けてくれたのです。
「……暖かい……」
……ドキドキと、心臓がうるさいのはきっとこの状況のせいです。
私は急いで東山君を保健室へと運び、その日は東山君とは話すこと無く、終わりました。
それから学校が始まってからは、お礼を言いたくて、ずっと東山君と接触の機会を伺っていたのですが……
……東山君、凄く体が弱いみたいで、中々お話の機会はありませんでした。
学校に登校しても、すぐに保健室へ御用となりますし……
でも、そうして私はこの3ヵ月の間、ずっと東山君を見てきました。
彼のカッコいい所、可愛い所、お茶目な所、そして優しい所を。
私が東山君を好きになってしまうのは、仕方の無い事でした。
だから、ノートを見せて欲しいと言われた時、私は喜んでノートを渡しました。
え?別にツンツンしながら渡してませんよ?
それはもう笑顔で、「はい、東山君頑張って下さいね!」って渡しましたよ?
それから何度か同じ様に頼まれたので、その度にその時の想いを綴っているのは、彼には内緒です。
だって、こんなに彼の事を好きだって知られたら、私死んじゃいます……
でもいつか、この想いを伝えたいです。
もしも東山君と二人きりになれる時があれば、その時こそ──
「ん……ここは……?」
「あ、起きた?北川さん」
※
昼休み。速攻で昼食を食べた後、俺が保健室で寝ている北川さんの元へ着くと、丁度彼女が目覚めた所だった。
「大丈夫?たぶん、俺の風邪が移ったのかも……ごめんな」
「東山君……い、いえ人に体調管理がとか言っていたのに恥ずかしい限りです……」
「そんな事ねーって!俺のせいなんだから」
「違います。私が──」
言い合う俺達の顔は段々と近付いていた。
そして、気付いた時には鼻先が触れ合う程の距離に。
「東山君……離れないんですか……?」
「そう言う北川さんこそ……」
じっと、俺の瞳を見つめて、何故だが距離を取ろうとしない北川さん。
こ、こんなのキスだって出来る近さ──
「ふふ、顔が赤いですよ東山君」
「き、北川さんだって……!」
「それは風邪のせ……いや、東山君のせいです」
「そりゃ風邪引いたのは俺のせいだけど……」
「違いますよ。東山君が私の目の前に居るから、私の顔は赤くなっているんですよ」
「え?それってどういう──」
触れ合う程に近い俺の手を取り、北川さんはぼそっと呟いた。
「こ、こういう事です……」
北川さんは真っ赤な顔で、俯きながら俺の両手に、自分の両手を重ねている。
えっと……ごめんつまりどういう事……?
俺の事を好きだって事でいいと思うんだけど……違った時のダメージが半端じゃない!
いっそ、こういう時はキスくらいしてくれたら分かりやすいのに!
でもあのノートに、俺の事を好きだって書いてあったし……いや、一応確認をば……
「北川さん……それってつまり……」
「そういう事です……」
「えっと、つまりあれだよね。俺に貸してくれたノートに書いてあった事と同じって意味だよね……?」
「え?ノート?????」
……あ、しまった。
北川さんは、ノートの最後のページに、自らの想いを綴っているのを、俺が知っている事を知らなかったんだ。
数秒の間、固まる俺達。
先に硬直から回復したのは北川さんだった。
「と、ととと、東山君……もしかして……ノートの最後の……ペ、ページを……?」
……言い訳はしないでおこう。
黙ってこっそり見ていた俺が悪い……
「ごめん、北川さん!実は今日見るなって言われる前から見てました!!」
「な、な、ななな……!!!」
北川さんは見たことが無い程にテンパり、綺麗な髪の毛をグシャグシャにして、廊下に響き渡る程の声で──
「あぁぁあぁああああああーーーーーーーーー!!!!!!!」
「ごめーーーーーん!!!!!」
頭を抱えて大絶叫をかました北川さんは、ぶるぶると体を震えさせている。
そして赤い顔のまま、涙を滲ませた瞳で俺の事を、上目遣いで見つめた。
「……全部、見たんですよね……?」
「う、うん……」
「……なら、私の気持ちも……?」
「や、やっぱり好──」
「あぁぁあぁああああああーーーーーーーーー!!!!!!!」
「ごめーーーーーん!!!!!」
いよいよ北川さんは、ベッドのシーツを被って隠れてしまった。どうしよう……
「あ、あの北川さん……」
「み、見ないで下さい……いっそ殺して下さい……」
「い、嫌だよ!俺だって気持ちは同じなんだから!」
「え?」
「あっ」
俺の言葉を聞いた瞬間、ぴょこっと顔を出した北川さんと目が合った。
俺、いま何を……同じ気持ちだって……こんなの告白したようなもの──
「あぁぁあぁああああああーーーーーーーーー!!!!!!!」
「すみません、そのリアクションもういいです」
……俺の時は冷たいのね。
ふざけてしまったが、俺の気持ちが同じなのは本当だ。
……良し、男は度胸。覚悟を決めよう。
「北川さん、さっきの言葉は本当。俺も君の事が──」
「ま、待って下さい!こ、心の準備が……!」
好きだ、と言おうとした瞬間、止められてしまった。
北川さんは、シーツを握り締めながら、ひっひっふぅーとしている。
……ラマーズ法はこの場面で有効なのか……?
幾許かしてから「……よしっ」と、拳を胸の前で握り込んだ北川さんは、意を決した顔をしていた。
「と、東山君、先に私の方から言わせて下さい!」
「え、う、うん」
何ともテンポの悪い俺達だった。
「……憶えてますか?入学式に私を助けてくれた事」
「え?何の事?」
「やっぱり忘れてましたか。フラフラでしたもんね」
「な、何かごめん……」
告白をされると思ったら、思いがけない話をされてしまったので、微妙な返事を返してしまった。
北川さんは続きを口にしながら、俺の方へと近付いて来る。
「……東山君はこうやって私を助けてくれました。本当にありがとうございました」
ベッドから降り、俺の目の前に立った彼女は、ぎゅっと優しく俺を抱き締めた。
「き、北川さん!?」
「……ずっとお礼を言いたかったんです。それと──」
俺の背中の方で、何か……ノートを書いている様な音が聞こえる。
こんな時にも心の内をノートに!?
しかし、ペンの音が止まると、北川さんは俺の体からそっと離れ──
「──このページだけは……見ていいですよ」
俺から視線を外しながら、耳まで顔を赤く染め、北川さんはいつものノート──それも最後のページを俺の目の前に見せつけてきた。
今日の授業中に書かれていたであろう文章の下、そこにはこう綴られている。
『6/27 東山真広君、私は君が大好きです。付き合って欲しいです』
俺は、北川さんがノートを持った手とは反対の、左手にあるペンを貸して貰い、その下にこう記した。
『俺も大好きです。俺と付き合って下さい』
北川さんはノートを見つめた後、俺の顔を見上げ天使のように微笑んでいた──
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