94 ドリル嬢とお話
「やはり貴族になる気はないと?」
「はい、国に縛られると交易で他の国に行くのも難しくなりますし」
「そうね……もとよりそこまで期待していた訳でもないし、この話はこれで終わりにするわ」
「ありがとうございますドリル様」
ポカポカと暖かい日差しな貿易港タタンタ。
そんな、この国でも有数の交易地の代官であるドリル嬢との会談中で……いや、お茶会か?
大きなお屋敷の広い庭、周囲の樹木やらも良く手入れをされている東屋。
そんなそよ風の気持ちよい場所で、ドリル嬢とお茶を飲みながら話をしている。
側にはドリル嬢のナナメ後ろに立つ執事さんがいて、さらに少し離れた位置にメイドがいる。
元々『守竜酒』の扱いの事で尋ねたんだよね。
まぁいきなりドリル嬢と話が出来るとは思っていなくて、部下の人にローラやセリィの顔見せが出来れば良かった。
『守竜酒』の持ち込みを、『ダンゼン商会』の商会員である彼女らがやる時もありますよ、って話をしに行った。
ローラの商業ギルドタグにもうちの商会の一員だという印がついたし、一度関係者に顔見せしておけば大丈夫だろって思ったんだ。
そんな感じでお屋敷を尋ねたら……ドリル嬢に即お呼ばれした。
ローラやルナはすでに顔見せも終わっているので、港の方の露天市に向かうと言っていた。
……あいつら逃げやがった!
ずるいよー、俺も連れていってくれよー……。
ドリル嬢はそんなに悪い子じゃないんだけど、やっぱりお貴族様だから緊張するんだよなぁ。
言質とかとらせる訳にいかねーしさぁ、それに必殺技も持っているし……。
いやいやいや! もう下からウルウル目おねだり攻撃は効かないからな?
リア達にはあんまり効果のなかった攻撃だったし、俺も頑張って跳ね返してみせる!
「それでねゼン……」
「はいドリル様」
ドリル嬢が俺を呼ぶが、続きの言葉は出て来なかった。
?
「どうしましたドリル様」
「いえね、貴方が持ち込んでくれた『守竜酒』がちょっとした騒動を起こしていてね」
あー、俺が考えていた以上……10倍以上の値段になったからな……ドリル嬢も実家に送るって言ってたし……。
実家って公爵様にって事だよな? そこで騒動? 聞きたくねぇけど聞かない訳にも……。
「……一体どんな事に?」
場合によっては隣国に逃げちゃおう。
「ほら、鉱山都市のオークションの話とかを聞きつけた私の身内がね、公爵家のためになるのならば私が動くとか言い出したのよ」
「な、なるほど?」
それって、鉱山都市の外で俺達を襲おうとした元貴族と同じような考えを持っている可能性があるか?
「なので供給源、ゼンの事ね」
「はい……」
「ゼンを押さえるべきだって」
「そうですか……」
これは逃走決定かね……。
「なので家の役に立ててない自分が嫁に行くって姉が言い出してね……」
「ん?」
おや? なんか話の方向が……。
「まったくあの姉ときたらいつも突拍子もない事を……所でゼンは私の姉との結婚に興味ある? 体調を崩しやすいけれども美人だわよ?」
公爵家の役に立てないというと言うくらいの体調の崩しやすさって……お姉さんは何かの病気なのかね?
……まぁ貴族の立場が欲しいだけの奴になら嬉しい話なんだろうけどさ。
「まったく興味の欠片もないですね」
「そうよねぇ……私との婚約ですら断るゼンだものね……姉にだって勝ち目があるとも思えないのよね」
「はぁ」
ナチュラルに自分が姉より上だと言っているのか?
いやまぁ金髪ツインテドリルも似合ってはいるし、美少女だし、髪先のドリドリも素晴らしいとは思うけどな。
「守竜様の知り合いに迷惑をかける訳にもいかないので、ゼンへの正式な紹介は勿論断ったし、それに今取引している真珠を使った細工物を、その姉に渡す事で話を逸らしてはみたんだけど……」
「なるほど?」
正式なって……貴族から正式に紹介された……見合い? って断れない物だよねそれ……。
グッジョブドリル嬢! 貴方ならきっとやってくれると信じていた。
そして話を逸らすのに真珠か……女性は装飾品で釣れっていう事かね。
「その真珠の細工物に……姉以外の女性陣が釣れちゃってね……お母様まで私に便りを出してきたの……」
「あ、はい」
うん、まぁ……そうなる事もあるよね?
そうかぁ別な物が釣れちゃったかぁ……。
「それで悪いのだけど、一時的にでもいいから真珠の取引量を増やすようにマーメイド族に交渉してくれないかしら?」
「あー、細工用の真珠が足りないと?」
「真珠在庫のほとんどを、港から船で離れる交易商人に流した後だったからね……前にうちの者がマーメイド達との取引の時に一応聞いてみたのだけど、マーメイドの族長から取引内容は変えるなと命令されているみたいだったし……」
人間相手の取引だと、ドリル嬢は大丈夫だけどその部下が悪さをしないとも限らないし、値段や取引量は変えない方が良いってマリーに言っておいたっけか……なるほど。
「それじゃぁ、後でマーメイド族に酒を売る時に聞いておきますね、ドリル様」
「ありがとう、よろしくねお願いするわ、所でゼン、……マーメイド達もお酒が好きなの?」
ドリル嬢的に大事なお話が済んだのだろう。
なんとなく雑談モードに入った気がする。
表情もさっきまでの厳しい物からリラックスした物に変わっているし。
姉の話が途中っぽかったけどいいのかね?
真珠を渡して諦めてくれたって事だよね?
「ええそうですね、彼女達もお酒は大好きみたいです」
「やっぱり『守竜酒』が好きなのかしら?」
「ああいえ、マーメイド達にも個人差はありますが、どちらかというと他のお酒の方を好んでいますね」
「へぇ……他のお酒ねぇ、守竜様は勿論『守竜酒』がお好きなのよね?」
ホムラの好きな酒か……あいつはなぁ……。
「えっと……あの方はお酒なら大抵の物がお好きなようで……『守竜酒』はそれなりの味で量が多いからそこそこお気に入り、という程度じゃないかと」
「え、そうなの? ま、まぁ継続購入されていらっしゃるのならお好きなのでしょうし……『守竜酒』の名を取り下げる程ではないかしら?」
「ええ、毎回会うたびに購入されてますので、お好きな事に違いはないかと」
「ならいいわ、でも……他のお酒も好きな可能性があるのね? ゼンが商うそれらを見せて貰う事は可能かしら?」
うへ、そうきたかぁ……うーん、樽酒は外側が藁縄と紙で植物製だし、本体が木の樽だから良かったんだが、さすがにアルミ缶やらの酒は見せられないよな?
俺が少し考えていると、ドリル嬢の後ろに立っていた執事さんが声をかけてきた。
「お悩みですかなゼン殿」
「ん? ああうん、出していいものなのかなって……」
「御安心ください、毒見は我らがきっちり致しますので」
いや、そういう心配をしているんじゃねーから!
……って我らってなんだよ……貴方は一人しかいないよね?
またお屋敷中の人間を集めるつもりじゃないよね?
毒見だけで『守竜酒』樽の半分である18リットル近くを飲まれた事は忘れてないからね?
「私は飲めないから……正直大人がなんであそこまでお酒に拘るのかは良く分からないのよねぇ……」
ドリル嬢はまだ11歳だし、酒はまだ早いよな。
ふーむ、それなら……俺はダンジョンコアの能力を使ってコア部屋の守りをしているウッドゴーレムに命令を出した。
コア近くからダンジョン内の配下には念話のような物で連絡する事が出来る。
まぁDP消費するけど。
ウッドゴーレムが準備してくれている間にドリル嬢に話し掛けよう。
「ドリル様、酒精の入っていない酒を飲んでみますか?」
「ほぇ? お酒の入っていないお酒って……空の器でも出すのかしら? 謎かけか何か?」
意味が分からかったのかドリル嬢は冒頭にちょっと可愛らしい声を出していた。
「いえ、私の故郷では子供用に酒精は入っていないが見た目を酒に似せた飲み物があるのです」
「へー、ゼンの故郷にはそんな物があるのねぇ、確かに社交パーティとかで大人が飲んでいるお酒に興味を惹かれる子供とかいるものね、そんな時にそういう物があったら便利かも、いいわ、試してみましょう」
コア部屋に出したアルミ缶の飲み物をウッドゴーレムがガラスの器に移しておいてくれた。
デキャンタとか言うらしいねそのガラスの器。
そうして準備した物をコアインベントリに入れてから俺の前のテーブルに出す。
俺が空間系能力持ちな事は、ドリル嬢はすでに知っているから大丈夫。
そうして二つのデキャンタをテーブルに出す。
飲む用の器は……細めのワイングラスにでもしておこう。
「いかがですかドリル様、これはこちらが酒精入り、もう片方が酒精なしの飲み物です」
そう示して見せた二つのデキャンタの中身は、梅酒サワーとノンアルの炭酸梅ジュースだ。
見た目はほぼ同じで、炭酸がプツプツと泡を作りデキャンタの中で弾けている。
「すごい透明度のガラスね……これだけでもひと財産じゃないかしら……」
ドリル嬢はガラスの方に注目しちゃっているな。
そういやこの貿易港でも輸入物のガラスを見かけたが、まだまだ洗練されてなくて、ルナがスルーしてたっけか。
「ええ、せっかくドリル様に飲んで頂くので、隣の大陸の中でも質の良いガラス製品を出してみました」
ワイングラスの方なんか一個20DPで安めなんだが、ここはそう言うしかなかった。
こことは違う大陸の中でも質が良い物だと言っておけば、確認する事も出来ないし大丈夫だろ。
「まぁ……ふふ……ありがとうゼン、それで見た目が似ているこの二つが別の飲み物なのね……琥珀色で泡が下から上に流れていて……すごく奇麗ね……」
「色が濃いですが……発泡性の白ワインでしょうか? このガラスの器だと非常に映えますな」
執事さんが称賛しているが、これはブドウの白ワインではなく梅だ。
「これは梅という果実を使った酒と飲み物です、ドリル様」
「ウメ? 爺は聞いた事ある?」
爺と呼ばれる程には年のいっていない執事に、梅の事を聞いているドリル嬢。
「たしか東の国に……梅酒というのがあったと思いますので、それと同じ物なのではないでしょうかドリエール様」
「ドリル様、炭酸が……泡成分が抜けてしまう前に飲んでみませんか?」
「では私が毒見をば!」
執事さんがさっと前に出てくる……毒見なのに元気いいな……。
トクトクトクッ、梅サワーの入っているデキャンタから液体の流れる音がする、トクトクトクッ……いつまで入れているの?
毒見なんだから一口でいいよね? なんでワイングラスに並々と注いでいるんだよ!
ったくこの屋敷の奴らは……。
ゴクリと一口飲んでウンウンと頷き、そしてゴクゴクとワイングラスの中身を飲み干していく執事。
表情は真剣そのものだが、毒見の量じゃないだろそれは。
「ふぅ……なるほどこれは素晴らしい、大人の女性に人気が出そうな味ですな、では次に……」
トクッ。
炭酸梅ジュースの方は一口分だけ移す執事だった……あんたほんとさぁ!
ドリル嬢も呆れた目であんたを見ている事に気付いてる?
ゴクッと梅ジュースを一飲みした執事が。
「ふむ……確かに風味は似てますな、見た目の美しさといい、これも中々」
そう言った執事は、何故か近くにいたメイドにハンドサインを送る。
何してんの? ……ねぇ、何してんの!?
メイドのうちの一人がゆっくりと……すごいゆっくりと歩いて近づいてきた。
のんびり屋さんかな?
って、うわぁ……よく見たらすっげぇ美少女だ。
さすが公爵家に仕えるメイドさんだねぇ……金髪ロングの髪に白いホワイトブリムが映えて……ルナに迫るくらいの美人さんじゃね?
でもちょっと線が細い感じで、ルナに備わっている健康的な美しさは持ってなさげだねぇ。
なのでルナの勝ちだな。
執事はそのメイドさんに梅ジュースを勧めていた……ねぇ……毒見って二回も三回もやる必要あるー?
まぁいいけどさ、ドリル嬢も呆れた目でそれを……見てないね、何やら優しい目つきでそれを見守っている。
メイドには優しいのか? うんまぁ気持ちは分かる。
俺も女性には優しくする物だって教わったし。
美味しい美味しいと喜ぶメイドさんは見た目より幼っぽい言動で……なんかすっごい可愛いな。
毒見も終わったのか執事がドリル嬢にも梅ジュースを渡している。
……そういやさ、ドリル嬢は酒を飲まない訳だし、梅酒サワーの毒見って必要なかったんじゃね?
「どうですかドリル様、本当は冷たくした方が美味しいと思うんですけどね」
「あ、それなら私が」
メイドさんが一歩前に出て来て軽く手を振ると、デキャンタとドリル嬢が持っているワイングラスが汗をかいてきた……え?
って、もしかして物を冷やす魔法か!?
おれはそっとデキャンタを触ると、ほどよく冷えた状態になっていた。
……このメイドさん氷系魔法使いだ……。
さすが公爵家、メイドさんにも貴重な魔法使いがいるとは……。
そしてドリル嬢も炭酸梅ジュースを飲んで気に入り、そのまま軽く雑談してお話合いは終わった。
……。
……。
俺が帰る時に炭酸梅ジュースが美味しいので少し売ってくれと、ドリル嬢に下からウルウル目攻撃で頼まれた。
アルミ缶のやつだから移すのが面倒なんだけど……今度また来た時に持ってきますよと、約束を交わす事になった。
アルミ缶のままじゃ駄目だし、陶器瓶に詰めて渡すのがいいかねぇ? 何か考えないとな。
ちなみにその時、執事が小さな声で『チョロイ』と言ったのは聞こえてるからな?
俺は前と違って〈聞き耳〉スキル持ちだからね?
覚えとけよ、今度は酒の毒見役を他の人にするようにドリル嬢に進言してやるからな!
とまぁ思ったよりも何事もなくお茶会みたいな雑談は終わった。
ドリル嬢達が使った複数のワイングラスとデキャンタはプレゼントする事にした。
なぜかって、メイドやドリル嬢が口をつけた物を回収するのはちょっと気が引けたからね。
というかすでにあの執事は、俺とドリル嬢の雑談中に一人で梅サワーの方を飲み干してやがった……。
さてと、ルナ達と合流してからマーメイドに交渉しに行く振りをしないとなー。
一回都市の外に出るかねぇ……。
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