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92 兄と弟

「いらっしゃいいらっしゃい、安いよー美味いよー」

「らっしゃーい、新鮮な野菜だよーもうすぐ売り切れだぞー」


 ガヤガヤと露天商のそんな呼びかけが飛び交うここは、鉱山都市と港町の間にある街の市場だ。

 周囲が農村で囲まれているそこは、持ち込まれた食材やなんかで市場の露店が賑わうそうなのだ。


「すげぇ賑わいだねゼン兄ちゃん」


 そんな中、俺はダイゴと買い物兼散歩にと市場を一緒に歩いている。


 最初は一昨日モフモフ係になる程寂しい思いをさせていたっぽいルナを誘ったのだが、素気無く断られた……。

 もう満足したのだろうか?


 そしてルナは何故だか、代わりにダイゴを推薦してきたのでこんな状況だ。


 ローラとセリィとルナは別動隊で買い物中。


 メニューで何もかも揃える事も出来なくはないんだが、DP節約のためには現地の食材なんかも買った方が良い。

 それでわざわざ不味い物を買う必要はないのだが、この市場は新鮮な野菜やらが溢れているので当たりだろう。


 たまにはダイゴとのんびりも悪くないなと歩いているのだが、ダイゴは武器こそ持っていないが防具をきっちり装備しているので、ちびっこ冒険者という感じ。


 ちなみに迷子防止に手を握ろうとしたら断られた……キョロキョロと周囲を見回してて危ないんだけどなぁこいつ……。


「何か欲しい物があったら言えよダイゴ」

「肉!」


「それはルナ達が買って来る予定だ……ぶれないよなお前は」


「姉ちゃん達が買って来る肉が楽しみだ」


 この小さい体の何処にそんなに飯が入るのやら分からん。


「よく食うよなぁダイゴは」


「……いつ食えなくなるか分からなかったから……食える時に食うクセがついてんだよゼン兄ちゃん」


 ああ……なるほどね……。


 両親が亡くなって、幼い姉弟二人で母親の残したわずかな資産を頼りに暮らしていたみたいだしな、食費もギリギリに抑えてたのかもな……。


「今はいつでも腹一杯飯を食っていいからな、安心しろダイゴ」


 そう言ってダイゴの頭を撫でてやる、ダイゴはいつものように逃げる事はなくそれを受け入れている。

 おお逃げ出さないとか珍しい、ナデリコナデリコ。


「ゼン兄ちゃんには感謝してんだ、俺はもっと強くなって姉ちゃんを守る、んでゼン兄ちゃんにも恩を返すからね、って撫ですぎ! もう終わり!」


 ダイゴはひょいっと俺の手の射程範囲から逃れた、短い一時だった……残念。


「ダイゴはまだ子供なんだし、遊んでいてもいいんだぜ? 前も言ったが、お前が望むなら教会の庶民向けの教室とかに行ってもいいし、それか獣人の友達を探すとかな」


「前にも言っただろ、読み書き計算は今姉ちゃんに教わってるし、友達は……大きくなったら冒険者の友達を探すから大丈夫だよ」


 ……ここら辺がなぁ……ちょっと心配な所なんだよな。

 9歳のガキなんだし、もっと生意気に遊びまくってもいいんだがな……。

 まぁそんな暇もない境遇になっていたってのがあるんだろうけどさ。


「もう勉強しているのか……よしダイゴ、計算の練習だ、あそこの店のあの赤い果物7個と大きな葉野菜3個を買ったら全部でいくらになる?」


 俺は露店の一つを指さしながらダイゴに質問する。


「え? ええ……えーと、って値段書いてねーじゃんかゼン兄ちゃん! あれじゃ分かんないよ……」


「それは聞いてみりゃいいのさ、そして高いと思ったら値段交渉してみればいい、ほらこれ使って今言った分を買ってみろ、ちゃんと自分で値段を計算しないと商人にごまかされる事があるから気をつけろよ」


 そう言って、ダイゴに銅貨の詰まった財布を渡す。


「俺が買うの!? わ、わかった……えっと、すいませーん!」


 その露店の商人は夫婦だし、今は他に客もいないから多少の事は付き合ってくれるだろう。


 俺はダイゴの後ろを守るように立ちながら、夫婦に向かって身振りでちょっと付き合ってやってとお願いをする。


 露天商の夫婦も俺の身振りで理解してくれたようで、ダイゴと会話を初めてくれた。


 ダイゴは必死になって計算しつつ交渉しているつもりなのだろうが、露天商の夫婦は微笑ましくダイゴを見ながら……わざと難しい交渉や計算を入れて翻弄している。


 ……三つ買ったら次の一つを割引とか言われても難しいよな。

 ダイゴはパニックになりつつも、自分の指を使って計算して頑張っている。


 ……まぁ計算間違っているけど。


 ……。


 ……。


「まいどどうもー」

「ありがとうね坊や」


「割引ありがとう、おじちゃん、おばちゃん」


 ダイゴの買い物も終わり荷物を受け取った。

 露天商の夫婦は楽し気にダイゴに声をかけてくる。

 ダイゴも達成感があるのか元気に返事しているね……だけども。


 ……ダイゴ、そこはお兄さんとお姉さんと言うべきだったな、微妙な年齢の相手だし。

 ほら……結構若い奥さんの口元が引きつっているぞ……。


 手を振りながらその露店を離れるダイゴ。


 その横を歩きながら、ささっと〈インベントリ〉に荷物を仕舞ってしまう俺。

 ちなみに値段の方はというと、ダイゴが交渉してちょこっと割り引いて貰っていた。


 まぁ俺が、長々とつき合わせてもらったお礼にと、ダイゴが見ていない隙に夫婦にチップを渡したけどね。


「そうだゼン兄ちゃん、これ返す」


 ダイゴが銅貨の入った財布を返してくる……その時に俺は周囲からの視線や悪意を強く感じた。

 俺に財布を渡したダイゴも尻尾が項垂れている……気づいたかな?


「気づいてるのか? ダイゴ」

「うん……俺は〈気配感知〉と〈悪意感知〉があるから……」


 俺は悪意の発生源を横目で確認してからダイゴに話し掛けた。


 悪意をこちらに向けてくる相手はボロボロの服を着た獣人の兄妹で、上の男の子はダイゴと同じくらいの歳っぽく、妹っぽい子はずいぶんと痩せこけている。


 ダイゴから渡された財布に鋭い視線を寄せ、その後にダイゴに向けて憎しみの目を向けている。


 ふーむ……俺はダイゴを連れて市場のフードコート的な場所へと連れて行き、適当な食事を大量に購入すると、誰でも使ってよいテーブル席へと二人してついた。

 遠目にまだこちらを伺う幼い獣人を感じつつも、ダイゴと会話していく。


「あんなに憎しみの籠った目で見てくる相手を助けたいか?」


「分かんない……でも自分の昔と今の状況を思うと……悲しくなってくるんだ、なぁゼン兄ちゃん、俺はどうしたらいいかな?」


「……そうだなぁ……ほっておくのが一番だな」

「そんな!」


 ダイゴはびっくりした表情で俺を見てくる。

 俺のセリフが信じられないという表情だ。


「俺は聖人でもなんでもないただの商人だ、セリィとダイゴを雇ったのは、たまたま常識を知る人材が欲しかったからで、まぁ……ダイゴは運が良かったとも言えるな」


 そう言って、露店で買った飲み物を一口飲んだ。


「運? 俺は運が良かっただけなの?」

「ああそうだ、そもそも誰かを助けるなんてのは割に合わない事なんだよ」


「割りって言われても……」

「そうだな、例えば、今ダイゴがあの兄妹に施しをしたとしよう、飯をあげたり小遣いで貰っている自分の金をあげたりな」


「うん」

「そうしたら……たぶんあの兄妹の兄はお前の事を憎むぞ」


「なん……で? ご飯を貰ったのに?」


 ……ダイゴやセリィは元々商業都市でそれなりに裕福な暮らしをしていた素地があるからな……基本的に善良なんだよな……。


「あーいうのはこう思うんだよ『何で俺は同情されないといけないんだ、あいつは同じ獣人で歳も同じくらいなのに! この違いはなんでだ!』ってな」

「そんな……」


 ふーむ、ちょっと大げさに言い過ぎかな?

 いや……まぁ実際そういう奴もいるしな……。


 感謝の心や善良な心ってのは幼い頃からの境遇や教育で育まれる物だしなぁ……。

 俺も、セリィが根っからのスラムの子なら雇わなかったと思うしな……たぶん。


「だからよ、何かしたいなら相手の人生を変えるくらいの覚悟を持ってやるか……それとも一切の見返りなくやるかのどっちかにしとけ」

「見返りなく?」


「感謝されるだろうとか、そういう事は考えずにって事だ、ほら、食わないなら行くぞ」

「あ、うん……」


 少し涙を流しているダイゴを促してテーブルから離れる俺。

 それに大人しく付いて来ていたダイゴがふと何かに気付く。


「ゼン兄ちゃん、たくさん買った屋台のご飯、テーブルに忘れてるよ」


 そう言いながらダイゴは後ろを振り返ったが、何かを見たのかサッと前に向き直る。


「ああそうだったな、しまった! ついつい()()()()()()()()()も一緒に置き忘れたが……今戻っても無くなってそうだし、諦めて行こうぜダイゴ」


 ダイゴの歩みが止まり俺を見上げてくる。


「ゼン兄ちゃんそれって……」


 そしてまたチラっと後ろを見たダイゴ。


 俺も釣られてそちらを見たが、沢山の食べ物と革袋の財布を持って裏通りへと駆けていく獣人の兄妹がいるだけで、テーブルの上には何も残ってなかった。


 俺は立ち止まったままのダイゴへと手を伸ばし。


「ほら行くぞダイゴ、ルナ達と合流しよう」


 ダイゴは俺の方へと視線を戻すと……。


「……うん!」


 そう元気よく返事をし、俺の手を取って握りしめてきた。


「目に涙が残っているぞダイゴ、そのままだと姉ちゃん達に心配されちまうな」


 ダイゴは手を握っていない空いている方の腕で、目のあたりをゴシゴシっと拭うと。


「泣いてないよ! 嘘言わないでよゼン兄ちゃん!」


「はは、すまんすまん、そういや、ルナ達は何を買っているのか楽しみだなダイゴ」


「たくさんのお肉がいいな! あと……他の姉ちゃん達にお酒かなぁ?」


 ダイゴは、ホムラや、リアや、スイレンさんや、ラハさん達も皆姉ちゃん呼びなんだよな……。


 あいつらもほんのりとダイゴを気にしているから……最強の姉がたくさんいるんだよなぁこいつには、たぶん本人は分かっていないんだろうけど。


「あいつらが飲むと底なしだもんなぁ……現地の安い酒も混ぜないとな……」


「でもゼン兄ちゃんは姉ちゃん達からお小遣い貰ってるよね? あれでもデーピー足りないの?」


 DPな。


 ふむ、今日は弟に色々と教育する日になりそうだな。


「なぁダイゴ」

「何?」


「人からの厚意は素直に受け取れよ、遠慮しちゃだめだ、ありがとうと感謝の言葉は忘れずにな、くれるというのだから貰うのが礼儀だ、そうする事で相手も嬉しいんだ」


「そういう物なの? うーん……分かったよゼン兄ちゃん!」


 うむうむ、うちの爺ちゃんも人からの厚意は素直に受けろと良く言ってたしな、こうやって教育は受け継がれていくんだろうな。


 さっきのスラムの子ではないけれど、幼い頃からの教育って大事だよなぁ……ダイゴにも色々教えてやらないとな! 頑張ろう俺!


 ……。


 ……。


 ――


 ――


 後日、セリィからダイゴの教育に関して怒られた。


 どの部分についてなのかは良く分からなかったが……今後ダイゴに何かを教えるのなら、セリィが内容を審査する事になった……解せぬ……。

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[一言] 途中からヒモの心得になってたからしゃーないw
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