88 魔女の研究とペット用食品
「じゃ行きますよー〈ルーム〉」
マジョリーさんのダンジョンである迷いの森の中央部にある地下ダンジョン。
その奥底にある倉庫のような石壁の部屋に俺の〈ルーム〉の〈入口〉は設置してあるのだが、今はそれを開いたり閉じたりを繰り返している。
その石材で出来た部屋には荷物とかはなく、目立つのはマジョリーさんがさっき床に設置した魔法陣らしき物が光っているのみである。
〈入口〉である扉がその魔法陣の上に出現したり消えたりしている。
何かを調べているいるマジョリーさんは、ブツブツ言いながら魔法を使ったりで俺には一切構ってこない。
魔法陣から少し離れた石タイルの床にあぐらを組んで座っている俺は、一定時間ごとに〈ルーム〉を使うのみだ。
今までこんなに連続して使う事のなかったスキルなんだけども、発動にちょこっと魔力を使っているかなーという感覚しかないので特に消耗する事はない。
それをマジョリーさんに伝えたらショックを受けて『有り得ないから……』と言ってまたブツブツと思考の海に潜っていった。
俺はあんまり細かい事を考えてなかったけど、空間に扉を開けるコストが安すぎるのかねぇ?
神様がくれたスキルだからそういう物なんだと思っているんだけどね。
「ふぁーぁぁあ」
「にゃぁ~」
欠伸をしながら〈ルーム〉を使っていた俺の頭の上に、猫っぽい鳴き声をあげつつ俺の背中や肩を足場にして、クロさんがトトトンッと駆けあがって飛び乗ってくる。
今は黒猫な姿のクロさんだけど、絶対に〈人化〉スキルとか持っていると思うんだよなぁ……。
本人が猫として見られたいって事なのかもだけど、折角なんだし会話してコミュニケーションをとってみたいもんだよね。
「ゼン君! ちょっと扉を出しっぱなしにして貰える?」
マジョリーさんが俺にそう声をかけてきたので、スキルの連続使用を一旦止めて扉を魔法陣の真ん中に出しっぱなしにする。
ちなみにこの研究の時は〈ルーム〉内に一時的にダンジョン部屋をいくつか増設して、コアとの間にはウッドゴーレムなんかの防衛戦力を配置している。
まぁマジョリーさんが本気を出したら一瞬で突破されるとは思うけど、親しき仲でもちゃんと警戒はしなさいと、俺の保護者であるドリアードなダンジョンマスターのリアに念入りに忠告されているからな。
『貴方がコアを掌握されて従属したらルナちゃんも一緒に〈魔法狂い〉の下に行っちゃうのよ? もしそうなるのならルナちゃんだけ私の所属に移してから行きなさい』
ってね……。
あれ? おかしいな? 俺の事を心配した忠告じゃない気がしてきた……。
そのとき横にいたラハさんの体さんは、俺の手を両手で握ってきて、私も心配ですって感じの身振りを精一杯してくれたんだよね……。
ほんっとーにあの人は良い女……体さんだよなぁ。
てか『良い体』だよなぁって表現はすごく下衆に聞こえるんだが、実際に体さんだから仕方ないと思わないか?
なので俺は声を大にして言う、体さんは『凄く良い体だ!』と。
今度本人にもそう言って褒めておこう、きっと喜んでくれるはずだよね。
マジョリーさんはブツブツ言いながら魔法を使ったり扉を触ったりと忙しい。
その目はキラキラ……いや……ギラギラとしていて、ピンク髪ですっごい美人な魔女さんなのに少し怖い感じもする……さすが〈魔法狂い〉なんて二つ名がつくだけはあるね。
テシテシテシッ。
俺の頭の上に乗ったクロさんが、上から右前足を俺の眉あたりに伸ばし、その柔らかい肉球でテシテシと叩いてくる。
「なんですかクロさん?」
俺からクロさん本体が見える訳でもないが、ほんの少し視線を上に上げて用事を聞いてみる。
「ナァー」
俺の問いかけに対して、クロさんはテシテシと俺の眉辺りを叩きながらそう鳴き声をあげる。
いやまぁなんとなく何が言いたいか分かるよ? 分かるけども……。
「何が言いたいのか分からないので言葉で言ってくださいよクロさん」
「フシューー」
クロさんの反応はテシテシからダシダシになった。
叩く威力が多少上がろうとも痛くはない……まぁ昨日のあれを要求しているんだろうなとは思う。
昨日俺がイクスさんを椅子にしてしまうという、酔っ払いな失態を犯してしまった宴の時に、ご飯を食べ終えて毛づくろいをしながら、〈入口〉の向こうで暇つぶしをしていたクロさんの姿が目に入った。
お酒は好きじゃないみたいなのでつまらないのかなーと思って、デザート代わりにちょっと変わり種な品を出してあげたんだ。
そう。
異世界日本のペット用食品だ。
それほど高い物でもないしと10個入りで8DPの物をプレゼントしたんだ。
それをクロさんの目の前にお近づきの印と言って置いたのだが、クロさんははチラっと俺のプレゼントを見て匂いを嗅ぐと、すぐ興味なさげに欠伸してその場で寝始めてしまったんだよね。
包装されてるし匂いじゃ分からんよね……。
その時の俺は酔っぱらってたしクロさんに詳しい内容を説明する事はせず、すぐイクス座椅子に戻って宴を楽しんだから、クロさんがそれをいつ食べたのかは知らないんだけど。
あれってペットの猫が延々と欲しがるという謳い文句の商品だからな……。
デシデシデシッチクッ。
「イタ! 爪は出さないでくださいよクロさん……昨日のおやつ的な物がまた欲しいって事で合っていますか?」
「ナァ~~ァ」
爪を出されるとさすがに痛い。
しょうがないのでクロさんに予想した内容を聞いてみたら、ご機嫌な鳴き声で返事をしてきた。
うーん、でもなぁ……。
「あれはお近づきの印としてプレゼントした物なので」
とクロさんへ返事をしたら、俺の眉あたりへのダシダシ攻撃が激しくなった。
おでこへの攻撃が止まらないので、しょうがねぇなぁと、インベントリから昨日クロさんにあげたペット用食品を一つ出して渡してあげる。
頭上にいる猫にあげるのは結構むずかしいな……。
「ニャァ~」
クロさんは嬉しそうな鳴き声をあげると、それを自分の〈インベントリ〉にしまったようだ。
そして俺のオデコを再びテシテシッとしてくる。
追加要求っぽい。
「いやいやいや、さすがにタダで無限にあげる訳にはいきませんよ?」
俺は甘い男じゃないからさ。
セリィやダイゴ達にだって無料であげるおやつは一日に二回までって決めてるんだぜ?
それ以上欲しいならお金を出して買えと言ってある。
まぁセリィやダイゴはおやつとか食べる習慣がなかったせいなのか、自分のお金で買うって事まではしないみたいだけども……。
それにマーメイド達へ出す酒なんかは、ご飯の時に無料で出している分以上に欲しいなら、真珠の売り上げから買って貰っているしな!
まぁ勿論俺が主催する宴の時は無料で振る舞っているけどね。
つまり……やっぱり俺は甘い男じゃないんです! そう……俺は商売人でもありますから!
という事でそんなにホイホイとプレゼントなんて渡さないんだよ。
……ラハさんの体さんやスイレンさんには色々とお世話になっているから、マニキュアをあげたりお酒をあげたりはするけどさ。
それはまぁお世話になっているという理由が存在するから当然の行為だし。
リアやホムラはお小遣いをくれるからなぁ……そういやマジョリーさんもお小遣いを結構くれたし何かあげた方がいいかもか……。
ドンッ。
そんな音が響く……俺があぐらをかいた姿勢のまま後方に倒れて床に背中を叩きつけた音だ。
「イタタッ」
起き上がって元の体勢に戻る俺、背中も痛いがおでこあたりが一番痛い。
クロさんが俺の頭の上で思いっきり踏み込みをして飛んだみたいだ……。
黒猫な見た目だけども、クロさんはたぶん……俺とルナとファンファンあたりで組んで戦っても勝てない相手だと思う。
そのクロさんが本気ではないだろうけど、かなり強めに踏み込んだのならそりゃすごい衝撃と反作用があるってものだよね。イテテ……。
クロさんは魔法陣の中にいるマジョリーさんの方へと飛んで……空中でニョキニョキ大きくなって人の姿で着地していた。
やっぱり〈人化〉持ちか。
クロさんの〈人化〉した見た目だが、背丈は小学生の中ほどくらい。
サラサラとしていて長い黒髪を姫カットにしていて、頭の上には黒い猫耳、そして黒のゴスロリちっくな服を着ていて。
スカートのお尻部分から黒い尻尾も飛び出ていて、ユラユラと機嫌良さげに揺れている。
靴は黒い革靴で靴下は……あーたぶん白いタイツかな?
猫耳ゴスロリコスプレをしている美少女小学生って感じだね。
んでクロさんは背伸びをして、両手をマジョリーさんに差し出して何かをねだっているようだ。
マジョリーさんから何かを受け取ったクロさんは、その〈人化〉した猫耳ゴスロリ小学生な姿で俺の前まで駆けてきて、その手に握った何かを俺に見せてくる。
「……」
「……」
クロさんが持っているのは銀貨だね、でもこちらに差し出したまま何も言わない。
〈人化〉したんだから言葉を話すのかと思って待っているんだけど……。
「ん」
クロさんが初めて口に出した言葉は短音だった。
そして銀貨を俺の頬っぺたにグリグリと押し付けてくる……。
……グリグリするのやめて! ……分かった、分かりましたから!
「俺の頬にグリグリしないでください……はい、これでお買い上げという事でいいですか?」
銀貨を受け取ってクロさんに確認を取る。
「コクコクッ」
俺の問いかけに頭を上下にふりふりと頷くクロさん……コクコクって口に出しているじゃん……。
銀貨一枚か……異世界の物を販売する時は利益もちゃんと乗せろってリアから言われてるからな……原価の倍くらいと考えて……。
こないだのやつを5箱くらいか? あーでもどうせなら選んで貰うか。
「じゃぁクロさん、どれがいいか選んでくださいよ」
そう言って異世界日本のペット食品の購入画面を、コアメニューを第三者へと視覚化するモードにして見せてあげる。
「にゃっ!」
クロさんがその猫目を大きく開いてびっくりすると、空中に浮かんで見えるコアメニューへと飛び込んでいく。
って触れないから勿論すり抜ける訳で、そのままドサッっとあぐら座りをしている俺の膝上へと飛び込む形になる訳だ。
仕方ないのでそのままクロさんの姿勢を整えてあげて、俺のあぐらの上に座らせてメニューを見せる事にした、俺を椅子代わりにしたクロさんの後ろから一つ一つ商品の説明をしてあげる。
俺の説明に一喜一憂しているのか伸ばした足を上下にパタパタして喜んでいるクロさん。
尻尾も俺のお腹あたりでニョロニョロ動くのでちょっとくすぐったいかもしれない。
そうしてクロさんは、魚介系や鳥系の猫缶や、ジャーキーっぽい物や、所謂キャットフードなんて呼ばれる大袋に入った物なんかを選んでいく……。
「あの……クロさん? 明らかに予算オーバーなんですけど……」
クロさんの言う通りに物品を予約していくと、支払合計DPがすでに100を超えていた……。
銀貨一枚だと予算が50DP以内ですよ、と注意してあげる。
「ウナァァ……」
悲しそうな唸り声をあげながら選んだ商品の取捨選択をしているクロさん。
しかしまったく品物は減らず、むしろさらに欲しい候補が増えていく……。
しょうがないなぁ……。
「選べそうにないならしょうがない、今日はクロさんが人化した可愛い姿を俺に見せてくれたお礼って事で予算不足分は俺が出しますよ」
「ゼンッ!? ほんとにゃ?」
あらま、クロさんが下から仰け反るようにして俺を見上げてくる。
初めて俺の名前を呼んでくれたかも?
「ええ、なので今選んでた奴で決定しちゃっていいですか?」
「ウナァァァァ~~」
クロさんが人の姿で少し上を向き喜びの鳴き声をあげる、おっけーって事でいいんだよね?
そんな訳で、クロさんが欲しがった物を全て予約に入れたら200DPくらいになった……。
まいいか、決定してポチッっとな。
ドサドサっと購入した物が俺とクロさんの目の前に出て来た、クロさんは俺の膝から降りて荷物の側に座ると……早速とばかりに包装をあけて食べ始めた。
って……自分の〈インベントリ〉に仕舞ったりしないのか?
欲望に忠実な所は獣っぽいなぁ。
そんな獣可愛いクロさんだが、石畳の上に直接座るのはよくないな、せっかくのゴスロリ服が汚れちゃう。
と思ったが砂埃とかが服に付いてるようには見えないな……あー、ルナやセリィ達の着ているメイド服なんかと同じで〈清浄〉付与付きかも?
そんな風にジャーキーをカジカジしているクロさんを微笑ましく眺めていると、俺の頭上から声がかかる。
「……ねぇゼン君、今……何をしたの?」
声をしたほうを見ると、俺の横にいつのまにかマジョリーさんが立っていて、こちらをキラキラ……いや、ギラギラとした目で見ていた。
「えっと? クロさんと商売兼プレゼント的な? えーと?」
何をしていたと言われても答えに困る俺だった。
「私のダンジョンで自分のコアメニューを開いて、さらに購入した商品が私のダンジョンに出て来たように見えたのだけど?」
あ……。
そういやラハさんもすっげー驚いてたっけかこの使い方……はは……。
……やっちまった!
「え、えーとあはは」
「うふふふふふふ、ゼン君ってば本当に楽しい子よねぇ……」
「そ、そうですか? ありがとうございますマジョリーさん」
「今日の約束ではもうすぐ研究時間の終わりだったんだけど……延長……いいかしら?」
「そろそろご飯を食べに一度俺の家に帰ろうかなって思っているんですが……」
「ここで食べればいいじゃない、他の子も歓迎するわよ? 本当にあの〈ルーム〉っていうのはすごいわよね、疑似転移……ふふ、うふふふふふ、しかも他者のダンジョンで自分のコアメニューを開く? ごめんなさい、最低でも概要を聞かないと私の心の疼きが……ね? いいでしょ? ゼーンーくーん?」
はは……まぁ……しゃーねぇか。
このマジョリーさんの表情だと、断った瞬間に……いや勿論そんな事はしないとは思うんだが。
昔日本で似た表情の子に数日軟禁された事があってなぁ……あの時はお互いにちょっとした誤解があっただけだとは思うんだけど……。
「あーじゃぁルナ達も呼んで、ここで飯を食いながら説明って感じでいいですか?」
「ありがとうゼン君! あ、そうだこれ、延長ありがとうって事でど~ぞ~」
マジョリーさんがお小遣いな魔石を俺に渡してきたので素直に受け取っておく、あざーっす。
うむ、この魔石の大きさや輝き具合だと……3万DPはするとみた!
こんな延長なら嬉しいだけだなーと思った俺である。
お読みいただき、ありがとうございます。
少しでも面白い、続きが読みたい、と思っていただけたなら
作品のブックマークと広告下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして評価していただけると嬉しいです
評価ボタンは、作者のモチベーションに繋がりますので、応援よろしくお願いします。
 




