71 ゼンの資質
夕飯も終わり、パチパチと簡易竈の焚火が音を立てる中、俺はぐったりと地面に寝転んでいた……。
「マスター行儀悪い」
ルナからの指摘が飛ぶも今は起き上がれない。
「大丈夫ですか? ゼンさんお腹でも痛くなっちゃった?」
ローラさんが心配そうに俺を覗き込んで来るが……いーえ、貴方のせいです。
そんな彼女の肌はツヤツヤしている。
俺があげた化粧水や乳液だけの効果ではないのだろう……ローラさんは商売すると肌艶が良くなるという特殊能力を持っているみたいだ。
今日は朝からずっと移動する荷馬車の御者席で商談していて……。
守竜酒の値段交渉が主で開始値がオークションで落としたと言っていた銀貨76枚だったのだが……何故か銀貨38枚まで下がってしまった。
交渉怖い、交渉怖い、交渉怖い、ガクガクブルブル。
頑張ったんだよ、俺は頑張ったんだ! 何せドリル嬢に売った銀貨30枚よりは高いからね!
おかしいんだよ……普通に会話しているはずなのに樽酒の元値を推測されちゃうんだよね……不思議だよね?
「あーうーん……ちょっとやりすぎたかもです、御免なさいゼンさん、ゼンさんの様子があまりにも……その……」
ローラさんが何故か頬を赤くしながら謝ってきた。
いやまぁあれは商人同士の駆け引きだから……俺はむくりと体を起こして地面に座り直す。
「謝るという事は仕入れ値はもっと上がると?」
謝ってきたローラさんに確認を取る
「いえ、それはきっちりお話しした事なので変えません、鉱山都市に着いた時点で買えるだけ買わせて頂く契約はそのままですよ」
口約束な契約だが破っちゃいけない物もある。
商人だからね、信頼は何よりも大事にしないとな……。
「はいゼンさん、どーぞ」
そして何故かローラさんが銀貨を渡してくる……ナンデ? お小遣いナンデ?
……一応受け取っておくけども。
「また歌の注文ですか?」
「ああいえ、商談でゼンさんを追い込んだ時の弱った姿を見たら、なんかこう……胸がドキドキでキュンキュンしちゃいまして……えへへ、ドキドキさせてくれたので推しに投げ銭です!」
「はぁ……ありがとう? ございます?」
正直なんと返事すればいいのか分からなかった。
このローラさんは元々こうなんだよね? 俺のせいでこうなったんじゃないよね?
「ふふ、せっかくなので歌もいいですか? あの……また低い声でお願いします……はいこれ」
そして追加の銀貨を出しながら、そんなお願いをしてくるローラさん。
いや……だから歌くらいは金なんぞくれなくても、あ、ありがとうございます。
厚意を無駄にするのも失礼だからね、銀貨は受け取るけども。
「了解です、ではまだ披露していないとっておきのやつを!」
人魚達との宴で披露しようと思っていた、一番良い出来な歌を披露しちゃう事にした。
だってもうここ数日で銀貨30枚くらい? 貰っているんだもの……。
俺がギターを出すとローラさんとルナの小さな拍手が野営地に響く、それでは聞いてください。
……。
……。
「ふにゃぁっぁ……しゃいこうですぅぅ……」
俺が歌い上げた後には、何故かローラさんが軟体動物のごとくフニャフニャと、地面に寝転んで眠ってしまっている。
「さすがレジェンドヒモマスター、サスレヒマス」
小さな拍手を鳴らしながらルナがそんな事を言ってくる。
語呂が悪いから他の言い方にしてくれ、新種の魚みたいじゃねーか。
「そんなに良い歌だったか?」
「歌? マスターの低音ボイスは人族女性にとってお酒のような物」
ん?
えーとなんじゃそら……。
普段の会話だと歌う時ほど低音は出さないけども……そんな事は……あーいや……日本だったら心当たりがあるような……でもそれならなんでこっちの世界に来てからは……。
あ。
「こっちの世界の人族の女性とこんなに長く一緒にいるのはローラさんが初めてだったわ……そうか俺の声は人族の女性に好かれる声だったって事か?」
「私やリア姉様達もその声が好き、でも私はナビゲーターホムンクルスで姉様達はあれだから……、人間種以外にはあんまり効かない、マスターの元いた場所ではどうだった?」
ローラさんは寝ていると思うが、少し言葉を濁してルナは聞いてきた。
日本では、か……確かに俺の声が原因だと理解をしたなら思い当たる事が……。
「カラオケ……あー歌を皆で歌う施設に良く誘われていたかもだ、中にはお金を払って来る女性もいたな……そんな訳で大学生の頃はお小遣いに困った事はなかったんだが」
てっきり俺の歌が上手すぎて投げ銭を貰っているのかと思っていたんだが……。
声の質? の問題だったのか? ……うーん……よくわかんね。
「それなら俺は、もう人族の前で低音ボイスの歌はやめておいた方がいいのかなぁ……こんな世界だと魅了とか暗示とか言われて迫害されそう?」
「マスターの資質は男性には響かない、なのでそこまでの話ではない、女性のみに効果があってしかも――」
ルナの返事の途中でローラさんがガバッっと起き上がった、うわ! びっくりした……寝てたんじゃないのかこの人。
「ゼンさん、歌うのやめちゃ駄目です! それとも今のは私が見た夢の中の話?」
少し寝ぼけているローラさん、その前に俺がルナとしていた会話は覚えてないようだ、あぶな。
「起きたんですねローラさん、ルナと歌は控えた方がいいかなって話をしてたんですよ」
「えええええ! なんでですか!? 私の投げ銭が足りませんでしたか? それなら! これで! お願いですからー歌うのをやめるなんて言わないでくーだーさーいー」
ローラさんが俺の腰に抱き着いてきながら懇願してくる。
ちなみにその前に俺の手には大銀貨が乗せられた、いやいやいや、別に金がどうのこうのの話じゃなくてね、まぁ貰っておくけども。
ちなみに大銀貨は銀貨10枚分になる。
ローラさん離して、離してくれませんかー、おーい……。
俺の腰に抱き着いて頭をお腹にグリグリしてくるローラさんが離れてくれないので、俺は仕方なく頭をポンポンしながら。
「分かりました、分かりましたから、これからも歌いますから、離れましょう? ね? ローラさんのお父さんに怒られるから、離れてー」
俺の言葉を聞いて理解してくれたのか、ローラさんは腰から腕を外して俺の目の前に座り直すと。
「本当ですね? 絶対ですよ? 嘘ついたら推し相手だから手加減していた値段交渉を本気でやり直しますからね?」
え? あれで手加減してたの? まじで?
「あ、はい」
ちょっと、いや、かなり怖かったので肯定の言葉のみ出す事にした俺だった。
「ふぅ……あの素敵な歌がもう聞けなくなるかもと思って、すっごくドキドキしちゃったじゃないですか! もう! ……もうっもう! ゼンさんったら……はい! ドキドキしたので投げ銭です!」
そうして銀貨を渡してくるローラさん。
……日本にいた頃を思い出すね……大学の同級生女子やら何やらを彷彿とさせる小遣いの渡し方だ。
ありがとうございます。
そしてしっかりと貰っていく俺だ。
厚意は素直に受けるべしと、爺ちゃんに教育されたしな。
しかし懐かしいなぁ……いつもよく分からない名目のお小遣いをくれたんだよなぁ。
俺が日本からいなくなっちゃったけど皆どうしているだろうか。
特にあいつは人の好き嫌い激しい奴だったし……元気にやっているだろうかねぇ……。
お読みいただき、ありがとうございます。
少しでも面白い、続きが読みたい、と思っていただけたなら
作品のブックマークと広告下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして評価していただけると嬉しいです
評価ボタンは、作者のモチベーションに繋がりますので、応援よろしくお願いします。




