69 買取交渉と負けない熱意
「そんな訳ないじゃないの! この剣も込みの値段なのよ?」
ローラさんの大きな声が冒険者の装備品を扱っているお店に響く。
他のお客さんもこちらをチラチラと見てきている。
「勘弁してくれよ嬢ちゃん、ここらだと良すぎる剣も売れないんだよ、ダンジョンとかが近くにあるなら別なんだけどな」
武器や防具を扱う店の主人も疲れている声を出し始めた。
「へぇ……成程、ならこの剣は他で売るとして……それ以外でおいくらに?」
ローラさんが買取品を並べているテーブルから野盗のボスが持っていた剣だけを外す。
「まてよ、その剣があるからこの値段なのであって、それを売らないなら大幅に下げるしかねぇぜ?」
店の主人がその行動に即座に待ったをかける。
「あらおかしいわね? 売れない剣だから高い値段をつけられないって先程聞いたんだけど? 私の聞き違いかしら? それならいらないはずよねぇ?」
ローラさんが勝ち誇った表情で相手を挑発している、勉強になるなぁ……。
「むぐっ……くそ! 若い嬢ちゃんだから油断した……分かった俺の負けだよ、じゃぁこれくらいな」
そう言って何やら手の指を何本か立ててローラさんに見せている。
商談に負けたような雰囲気を店主が出しているし、ローラさんが勝ったのかな?
「あはは、冗談でしょ? その値段は普通なら商談を開始する値段じゃないの、こちらが若いと思ってナメてる? 別に売るお店はここじゃなくても良いんですけど?」
そう言いながらローラさんも指を何本か立てたりしている。
「おま! ふざけんなよ、それじゃ儲けが出ないだろ! さすがにこれくらいだろ」
「あらあら、最初と違って随分簡単に上がってきたわねぇ、ならもっと上がるわよね? これで」
ローラさんと店の店主のやり取りは続く……どうやらさっきの店主の負けた雰囲気は演技だったみたいだ。
さくっと売ってさくっと移動とはならんのね。
「ふぁぁっ」
俺はローラさんのナナメ後ろに立ちながら欠伸をもらす。
……。
お昼前にこの街についた俺達はまず野盗の持ち物を売り払いに行った。
交渉はまかせてと言っていたローラさんだが、やつらの服や雑貨は捨て値でさくっと売り払う。
値段交渉する時間に利益が見合わないって判断なんだろうね。
ちなみにルナは荷馬車で荷物や馬を見張りながらお留守番。
最初は俺が荷物の見張りでも良いと言ったんだが、女性だけだと舐められるからついて来てくれと、ローラさんにボーナスの大銅貨を渡されながら頼まれた。
……ついて来てもらうボーナスだそうで……訳の分からない名目のお小遣いを貰うのも懐かしい感じなので素直に貰っておいた。
そしてやってきた武器や防具を買取もしているお店だ。
俺なんて最初に提示された値段でも、そんなもんなのかなって思っちゃったんだけど、すでにその値段の倍近くになっている……。
鎧とかはサイズのせいもあって安いみたいだけど、武器は中古でもそこそこ高いんだね。
野盗達の野営ポイントにあった予備武器を含めると、そこそこの値段になりそうだ。
……。
……。
「はい、確かに、良い取引をしてくださりありがとうございます」
「ああ……お嬢ちゃん、あんたその歳ですげぇな……まぁまぁ楽しかったよ」
おっと、どうやら商談が終わったみたいで、出された硬貨の数を確認してから革袋に入れているローラさんと、なにかこうライバルとの試合が終わったかのような状態の店の主人が挨拶をかわしていた。
「お待たせしましたゼンさん、戻りましょう!」
お金を懐に仕舞ったローラさんは、後ろにいた俺の方へ振り返ってツヤツヤとした肌と良い笑顔でそう言ってきた。
値段交渉をしたら肌艶が良くなるんだね、知らなかったなぁ……化粧水いらないかな?
「お疲れ様ローラさん」
俺はローラさんのナナメ後ろをキープしてお店の外へと向かう。
その時に、店にいたお客さんでこちらをチラチラと見てきた相手をギロッっと睨みつけるのを忘れない。
だってその冒険者に〈悪意感知〉が反応したんだもん。
ローラさんがお金を貰ったあたりで悪意が強くなったからなぁ……まぁそういう事なんだろう。
なら俺が殺気をぶつけるくらい……いいよね?
殺気と言ったけどまぁ〈気迫レベル3〉という自分の戦意を相手にぶつけるスキルを使っている。
このスキルはお互いの強さの差によって効果が変わる。
つまりレベルが30を超えている俺が、本気でこれをそこらの相手に使うとどうなるか?
スカウトとかシーフとか呼ばれる軽装の冒険者っぽい格好をした男が、それを証明してみせてくれました。
顔から汗が吹き出して震えているね。
その冒険者からの悪意も消えてなくなったし……これなら後は放置でいいか。
店を出てローラさんのナナメ後ろを歩いて行く。
「次は商業ギルドで何か良い出物がないか見ていきましょう、資金も入りましたしねー」
ふんふんふーんと、楽し気に鼻歌を歌いながら元気よく歩いていくローラさん。
そのうちの一割は俺の物だって事は覚えていますか?
「やはりお酒を中心に見ていくんですか? ローラさん」
街のメイン通りを歩きながらローラさんに話を振っていく、特に誰かが店からついて来るような事はなさそうで良かった。
「そうですねー、鉱山都市でお金を持っているのはドワーフ族ですし、彼らの欲しがる物が一番でしょう、ふふ……『守竜酒』がいくらの値をつけるのか、楽しみです」
成程な、なんで商材が酒ばっかりなのか不思議だったんだが、ドワーフを相手にする事を考えていたのか?
……珍しい酒とか、他の商人も同じ事を考えそうだけど大丈夫かねぇ……。
……。
……。
結局商業ギルドやら他のお店やらを回ったけども、ローラさんが納得のいく物はなかった。
あっても値段の折り合いがつかなかったりね。
そして俺達は街を出て街道へと進む。
夕方に街の壁の外へと出て行く俺達を、門番をしていた衛兵さん達も心配してくれたのだが。
ローラさんだけはまったく心配せずに大丈夫だと胸を張っていた。
その自信は何処から来るんだろうか?
結局ほとんど距離を稼げずに、街から少し離れた空き地で野営する事に。
昨日と同じに枯れ枝を集め、簡易竈を作り、馬の世話をしたりと作業していく。
街を出る時に買っていた新鮮な野菜なんかを使ったスープをルナが作ってくれる。
最初はローラさんがやってたんだけど……うん、もう契約は食材の準備だけって事にして貰った。
そうしていつもの美味しいスープと堅いパンを食べ終えた頃に、ローラさんから金を渡された。
ああ、分け前か、すっかり忘れていたかも。
「ローラさん、あの剣ってそんなに高かったんですか?」
装備類を売った分け前は1割のはずなのに俺が貰った額が銀貨20枚を超えているんだもの、つまり全部で銀貨200枚以上ってことだろ?
「そうですね、他の武器はまぁそこそこでしたが、あの剣だけは良い鉄を使った……たぶんドワーフが打った剣だと思います」
確か同じ鉄でもドワーフが打った剣だと値段が高くなるって話だよな?
「へー、それが分かるなんてローラさんは目利きなんですね、俺なんて商売人なのにさっぱりでしたよ、尊敬します」
パチパチと軽く拍手をしながらローラさんを褒めていく。
才能のある人は尊敬するわまじで。
正直ゴミみたいなもんだと思ってたんで、メニューを使った簡易鑑定もしてなかったからな。
あれは鑑定するだけでもDPを消費しちゃうしよ。
「いや、その、そんなに褒められるとちょっと恥ずかしいです、目利きはお父さんに厳しく仕込まれただけで、確信はなかったんですけど……交渉相手の反応を見て自分の予想は当たっているかなーと思いまして、えへへ」
わぉ、完全な確信のない状況で、はったりかまして値段交渉してたのかこの人、すげーな……。
いきなりアホな額の借金をしかけたり、酒癖が悪かったり、お漏らしをしたりする天然ポンコツ娘だと思ってたんだが、すこしだけ見直そう。
「あ、どーも」
俺がローラさんを見直していると、何故か俺の前に銀貨が差し出されたので、それを受け取りお礼を言う。
「褒めてくれてドキドキしたので推しに投げ銭です! それでその、昨日みたいに歌って貰っていいですか?」
ああ、吟遊詩人を所望した銀貨だったのね。
「良いですよ、昨日みたいな歌でいいですか?」
俺がローラさんにそう問いかけると彼女は何故かルナをチラチラと見始める……なんぞ?
ルナはローラさんに向けてグッドマークを見せて頷いてみせている、なに?
ローラさんはルナから俺に顔を向けると。
「ああああああの……出来ればその……」
なんだろ……あー曲のリクエストとかかな?
「いいですよローラさん、レパートリーの中なら何でも聞きますから言ってください」
と言っても俺が歌えるレパートリーって、そんなにないんだけどね。
「何でも……って! いいんですか!? じゃ、じゃあ、私の横に座って耳元で囁くような低い声で歌ってください!」
……思ってたのとは違う要求だった。
まぁ歌う場所を指定されたくらいだからいいけど……。
そういや昔、日本でも女の子とカラオケに行った時に似たような事が良くあったっけか……。
耳元で歌って貰う事が、異世界を超えて流行っている可能性がワンチャンあるかも?
「了解しました」
俺はローラさんの真横に座り、ギターを出して弦の調整を……。
良し、ではいきます。
あ、囁くような歌い方だとルナに聞こえないけど……チラッっと見たルナは俺に頷いてみせると、荷物から出したように見せかけつつ自分の飲み物を出す。
そして、関係者以外不可視モードにしたメニューでアニメを見だした……。
ならばと俺はローラさんの耳元に向けて囁くような声で歌う、囁きだと低めの声にせざるを得ないのが難点だね。
……。
……。
ふぅ……こんなもんかな、何曲か歌い終えて、顔をローラさんの耳元から離してギターを仕舞った。
「聞いて頂きありがとうございました、どうでしたか? ローラさん」
俺の呼びかけに呆けていたローラさんがハッとして意識を取り戻す。
「しゅごかった……です……あのこれ……」
ローラさんはまた俺に向かって銀貨で投げ銭をしてくる。
さっき貰ったからいらんのだが、まぁくれるというなら貰っておくか。
「ありがとうローラさん」
歌が聞きたかったらいつでも言ってくださいね、という意味を籠めてニッコリ笑顔でお礼を言う俺だった。
ローラさんはルナの方へとふらふらとした足取りで向かい、とさっとルナの横に座り込みボソボソと内緒話を始める……まぁ聞こえちゃうんだけどね……。
ルナはメニューでアニメを見るのをやめてローラさんの相手をするようで。
『どうだった?』
『最高だったよルナちゃん、それに頼んだら何でも聞いてくれるって言ってくれたの』
そんな事は言ってません。
『それは違う』
『え? でもゼンさんは……』
ルナが即座に否定しておいてくれた。
ルナはちゃんと俺の事を理解してくれているようで良かった、俺の歌える曲の中でって説明してくれる事だろう。
『投げ銭の額によっては、という前提』
『なるほど! つまり私がもっと稼いで渡すお小遣いを増やせば……』
ルナの説明が明後日の方向に飛びやがった。
『マスターはきっと貴方の望みに応えてくれる』
『! 頑張るわ! 取り敢えず今回の野盗からの稼ぎが銀貨180枚以上あるんだけども……これくらいあれば安心よね』
望みったって、歌う事くらいなら頼んでくれたら別にタダでもやるんだけどな……まぁお小遣いくれるなら、それはそれで貰うけども。
『……マスターが貰うお小遣いは……お金に換算すると金貨でも足りないくらいになっている』
『ぇぇぇ! そんなにお金持ちのお婆ちゃん達がいるの!? ゼンさんってすごい一族なのね……負けられないわ!』
リアやホムラに貰ったDPを金に換算したらいくらになるだろ? 金貨数百枚は軽く超えるか?
『負けられない?』
『ええ! 推しに対する熱意ならば私は負けないもの! 後は……いっぱい稼ぐしかないわね! また野盗とか来ないかしら? ルナちゃんとゼンさんなら勝てるわよね?』
ちょっと待て、野盗が来て漏らしていた貴方は何処に行った。
『私達を倒すなら最低でも軍の大隊は必要』
『ほぇ? えぇ!? いやさすがにそれは……でもゼンさんの戦闘時の動きは凄かったし、あ、駄目、思い出したらまたあのカッコよさにドキドキがキュンキュンしてきちゃった、ちょっと投げ銭してくるわね!』
『イッテラッシャイ、幸せの基準は人それぞれ……』
ローラさんはルナとの内緒話を終えると、スクッと立ち上がり俺の方へ歩いてくる。
……。
空には満天の星と月明り、地には簡易竈で燃える焚火の明り。
その両方の明りに照らされたローラさんの表情は……生き生きとしていて楽し気でもあるせいか、非常に可愛らしかった。
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